世界遺産の平等院がある宇治を訪ねて (日本・京都)

2006年5月1日

 京都の奥座敷とも言える京都府宇治市(人口192,221人、75,514世帯、面積67.55平方キロメートル:平成18年6月1日宇治川にかかる橋現在)を訪ねてきました。一番上の画像は、源氏物語「宇治十帖」の舞台となった宇治川と宇治川にかかる風情のある朝霧橋を写したものです。橋の向こうに見える山は仏徳山(大吉山)です。山頂には展望台もあります。また、この朝霧橋を渡ったところに、「宇治十帖」のモニュメントがあります。写真上からはゆったり見えますが、宇治川の流れは、思ったより、けっこう早かったです。

 紫式部によって描かれた悲恋の王朝絵巻「源氏物語」は全編五十四帖からなっていますが、そのうち最後の十帖が宇治を主な舞台にしていることから、通称「宇治十帖」と呼ばれています。第四十五帖の「橋姫(はしひめ)」から始まり、最後の第五十四帖の「夢浮橋(ゆめのうきはし)」までが宇治を舞台で、橋姫は、宇治橋西詰にある橋姫神社が橋姫の古跡です。夢浮橋は、宇治橋西詰の南側に古跡があります。

 宇治川は、日本最大の湖「琵琶湖」を源としています。宇治川は淀川水系で、天ケ瀬ダム上流部から桂川、木津川合流部付近までを宇治川といいます。ちなみに、宇治川の上流部では瀬田川と呼ばれ、桂川、木津川合流後は、淀川と呼ばれ、大阪湾に注ぎます。琵琶湖から大阪湾までの淀川水系は、距離(幹線流路延長)にして75.1キロメートル、流域面積として8,240キロ平方メートルあり、流域人口は約1,100万人おります。それだけ、琵琶湖の水が生活を支えています。

 上から2番目の画像は、宇治のメインとも言える「平等院の鳳凰堂(ほうおうどう)を写したものです。1994年には、ユネスコの世界宇治平等院の鳳凰堂文化遺産にも登録されました。皆さんがよく使われる10円玉にも描かれていますので、親しみのある優雅な建造物と思います。平等院鳳凰堂が描かれた10円玉の製造開始は、昭和26年で、現在も変わらず使われています。図柄に選ばれた理由は、日本の代表的な文化財で、なおかつ建物に特徴があるからだそうです。画像からもご覧いただけると思いますが、平等院鳳凰堂の阿字池(あじいけ)の前のベストポジションで記念撮影をする人で賑わっていました。また、紙幣では、1万円札のモチーフとして画像上では点のように見えますが、鳳凰堂の屋根の両側に飾ってある鳳凰が描かれています。

 平等院は、永承7年(1052年)に、藤原道長の別荘を、その子頼通が寺に改めたのが始まりです。翼を広げる鳳凰のように優美な姿でたたずむ鳳凰堂は、980年以上もの昔、平安貴族が夢見た極楽浄土を表したもので、周囲に広がる浄土式庭園は史跡名勝に指定されています。鳳凰堂の前の阿字池の向こうを彼岸(浄土)に見立てています。時代背景として、永承7年(1052年)は、末法(まっぽう)初年にあたるとされ、末法思想が貴族や僧侶らの心をとらえ、極楽往生を願う浄土信仰が社会の各層に広く流行していました。

 上から3番目の画像は、宇治橋から平等院の正門に続く、平等院表参道を写したものです。この表参道には、土産物屋、飲食店など数々軒を連ねています。なかでも、やはりお茶処だけあり宇治茶を扱っているお店が宇治平等院参道目につきます。表参道の画像でも、2軒の宇治茶の老舗の店が並んでおり、手前が高村三光園で、奥が伊藤久右衛門です。観光客が立ち止まっているのが伺えると思います。観光客をみていますと、老若男女など幅広く見られ、目立つのはおばちゃんたちの団体ですが、若い女性グループもけっこう見られました。宇治の抹茶をたっぷり使った「抹茶ソフトクリーム」のお店の前では、若い女性たちの行列ができていました。

 伊藤久右衛門は、ここ表参道の平等院通り店だけでなく、宇治橋を渡った北側に本店もあります。今年(2006年)3月に本店新築10周年を機にリニューアルしたばかりで、食事や抹茶パフェなどが楽しめる茶房が店内に隣接しています。本店で茶そばと抹茶と和菓子がセットになった源氏物語セットを食べてきましたが、なかなか美味でした。店内は、土産物を買う人や買い物後に食事や抹茶パフェを堪能している人で込み合ったいました。また、この伊藤久右衛門は、ネット上でも展開しており、ネット販売でお茶だけでなく、お茶を使った人気スイーツも購入でき、ネットの売り上げもかなり伸びているようです。

 平等院の北側には、宇治川が流れており、その宇治川の真ん中には中州があります。中州は、中の島という公園になっており、詳しく見ていきますと、この中の島公園は、二つの島からなっています。上流側が塔の島で、下流側が橘島です。冒頭で紹介しました一番上の画像は、その中の島から平等院の対岸側を写宇治上神社したものです。そして、その朝霧橋を渡った対岸に宇治神社があります。祭神は応神天皇の皇子・菟道雅郎子(うじのわきいらつこ)とされています。流造りの本殿は鎌倉時代に建立されたもので、他にも木造狛犬や白色尉面など貴重な文化財が伝わっています。

 宇治神社の境内を通り抜けて、山の方に散策道を登っていきますと、山裾にひっそりと上から4番目の画像の宇治上神社(うじがみじんじゃ)があります。宇治上神社は、平等院と同様に世界遺産に登録されています。上から4番目の画像は、宇治上神社の本殿を写したもので、この本殿は、平安時代後期の建築とされており、現存する神社建築では我が国最古です。また、拝殿は鎌倉時代前期の建物で、本殿とともに国宝に指定されています。宇治上神社には、応神天皇、仁徳天皇、菟道雅郎子の三神が祀られています。明治時代までは隣接する先ほど紹介しました宇治神社と二社一体で、平等院の鎮守社として崇められたそうです。境内には、「宇治七名水」のうち唯一現存する桐原水が湧いています。

 上から5番目の画像は、黄檗山萬福寺(おうばくさんまんぷくじ)の総門を写したものです。萬福寺は、宇治駅より北側(京都側)の黄檗駅から徒歩5分のところにあります。萬福寺は、1654年(江戸時代)、中国の福健省から渡来された隠元禅師が後水尾法皇や徳川四代将軍家綱公の尊崇を得て、1661年に開創された代表的禅宗伽藍の寺院です。日本三禅宗(臨済宗、曹洞宗、黄檗宗萬福寺の総門)の一つ、黄檗宗の大本山です。中国の名僧を原点とする黄檗宗だけに、上から5番目の画像の総門からも中国風の門構えがご覧頂けます。萬福寺の建造物は、中国の明朝様式を取り入れた伽藍配置で、創建当初の姿そのままを今日に伝える寺院としては、日本では他に例がなく、代表的な禅宗伽藍建築群として重要文化財に指定されています。

 萬福寺の境内は、本当に広く、主要建物23棟、回廊、額、聯(れん)などが国の重要文化財に指定されています。大きな魚の形の上から5番目の画像は、開版(かいぱん)と呼ばれるもので時を報ずるものとして今も使われています。この魚板の開版は、木魚の原形ともなっています。画像上では、開版の後に人も写っていますので、その大きさがご覧いただけると思います。また、当山は修行僧のための禅の専門道場ですが、一般(民間企業、各種団体、学校等)の方のための坐禅研修も行っています。個人の方には、随時坐禅会を行っています。

 冒頭で「宇治十帖」の源氏物語の話題を出しましたが、源氏物語の世界を紹介する「宇治市源氏物語ミュージアム」もあります。行った時は、ちょうど休館日で残念ながら入ることができませんでした。宇治市源氏物語ミュージアムは、先ほど紹介しました宇治上神社の近くにあります。宇治市源氏物語ミュージアムでは、主人公の光源氏が暮らした六条院の1000分の1の模型や「宇治十帖」の橋姫の一場萬福寺の開版面を再現したコーナー、クイズやゲームを楽しみながら源氏物語に親しむコーナー、篠田正浩監督作品の映画「浮舟」の上映などで物語を体感することができるようです。

 あと、この界隈には、「三室戸寺(みむろとじ)」「興聖寺(こうしょうじ)」「あがた神社」などあります。三室戸寺は、西国観音霊場10番の札所で、大庭園のツツジ、紫陽花、石楠花、蓮など四季折々に花が咲き、花の寺として有名です。興聖寺も花が有名で、琴坂と呼ばれる参道は、5月はヤマブキ、秋は紅葉の名所として知られ、宇治12景のひとつに数えられています。あがた神社は、良縁、安産祈願として有名な神社です。祭神は木花開耶姫(このはなさくやひめ)で6月5日から6日未明にかけて行われる県祭りは暗夜の奇祭といわれ、初夏の宇治の風物詩となっています。

 最後に、旬の話題として、今年(2006年)の宇治公園の宇治川畔で行われる宇治川花火大会は、2006年8月10日(木)で、19時30分から打ち上げが開始(荒天順延あり)されます。また、夏の風物詩の宇治川の鵜飼が、今年(2006年)は、2006年6月24日(土)から始まっており、2006年9月24日(日)まで楽しめます。日本で3人目の女性鵜匠に続いて、今年(2006年)新たに4人目の女性鵜匠(見習い)がデビューしています。是非、皆さんも世界遺産を堪能しながら、1000年近く昔の優雅な世界を巡ってみられてはいかがでしょうか。

By Nagura

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