津島神社の門前町として
栄えてきた津島市を訪ねて
(日本・愛知)

視察日:2012年11月4日

 津島神社の門前町として栄えてきた津島市(人口65,686人、25,529世帯、面積25.08平方キロメートル:平成25年2月津島神社1日現在)を訪ねてきました。今回、津島駅前の中心市街地商店街のイベント「つし丸フェスタ」を楽しむとともに、津島神社を中心とした古い町並みや由緒ある名所・旧跡などまち歩きをしてきました。

 つし丸フェスタは、2年前にも行ったことがあり、その時の模様を視察レポート「津島市のつし丸フェスタを訪ねて」で紹介しておりますので、合わせてお読み頂けましたらと思います。今回の視察レポートは、長い「時」をくぐり抜けてきた津島の歴史や文化を中心に述べていき、その後に、つし丸フェスタの2年前と変わった点や商店街における旬な事業・イベントなどの取り組みを紹介していきます。

 津島市は、名古屋市の西、約15キロのところに位置し、電車なら名古屋駅から20分少しで行くことができます。江戸時代までは、現在の名古屋を中心とする尾張国に属していました。今回の視察レポートのタイトルにも付けているように、津島の歴史は古く、津島神社の門前町として栄えてきました。一番上の画像は、津島神社の大鳥居を写したものです。行った時は11月の初旬だけに、津島神社は七五三で訪れる親子連れでごった返していました。車も多く、大鳥居の下を車と子どもたちが歩いている様子がご覧頂けると思います。

 追って紹介していきますが、津島は津島神社の門前町として、一時は尾張一豊かな町として知られていました。また、津島は「信長の台所」とも呼ばれています。ちなみに、津島商工会議所が主管している津島の歴史のご当地検定の名前は「信長の台所歴史検定・津島の達人」です。

 津島神社は、1,450年もの長い歴史を誇り、欽明天皇元年(西暦540年)に鎮座したと言われています。津島神社は別名、牛頭天王(ごずてん御神木(大イチョウ)のう)といわれ、人々の厄災、疫病から守る神様として建速須佐之男命(すさのおのみこと)が祀られており、多くの人々の信仰を集めています。「西の八坂神社、東の津島神社」と並び称され、この牛頭天王は、京都の祇園祭で有名な八坂神社(通称:祇園さん)と同じ神様で、八坂神社は主に西国に広まりましたが、津島神社は、東国に広がり、全国に3,000余あるといわれる「天王社」の総本社です。

 先ほど津島が「信長の台所」と述べましたが、そのいわれを少し歴史を紐解きながら紹介していきます。まず、信長の織田家以前の津島が尾張一豊かになっていった背景をみていきます。津島は、鎌倉時代から木曽三川(濃尾平野を流れる木曽川、長良川、揖斐川の3つの川の総称)を渡って、尾張と伊勢を結ぶ要衝の津島湊として発展してきました。今では、その当時の津島湊としての面影はありませんが、なごりとして「天王川公園」が残っています。上から3番目の画像は、天王川公園を写したものです。画像からご覧いただけるように、現在は水の流れのある河川ではありませんが、大きな池となって、当時の川のなごりを残しています。

 天王川という水運が津島を尾張でも有数の商業都市に押し上げた原動力と言えます。織田信長の祖父、織田信定は津島の北西約4キロの所にある勝幡城の城主でしたが、大永4年(1524年)に津島を支配下に入れました。当時、尾張一豊かな町・津島を支配下におくことで、織田家は、尾張の実力者として力を持つようになっていきます。織田信長は天文3年(1534年)に勝幡城で生まれ、たびたび津島の町に出かけ、天王祭りを見物したり、女踊りをしたと言われています。津島の町が信長の経済感覚を植え付け、彼の人間形成に大きな影響を与えたと言われています。そして、信長はこの津島の財力を背景に尾張を統一したと言われています。それゆえに、津島が「信長の台所」と言われています。

 天王川が現在のような大きな池になってしまった背景をみていきますと、徳川家康が九男義直に尾張藩を設立させ、尾張を水害から守るために築いた天王川公園「お囲い堤」のために、天王川の水深が浅くなり、湊としての機能を失いました。さらに、天王川の上流にあたる日光川の流れを変え、三宅川に流し、さらに庄内川の河口に通したために、天王川はその役割を失い、次第に埋め立てられていきました。

 上記のような経緯で天王川は、現在、天王川公園として天王川の名残りを残す大きな池のみとなっています。天王川公園は、自然豊かな市民にとっての憩いの場となっています。また、天王川公園は、「日本の歴史公園100選」にも選ばれています。今回、大きな池の周りを1周歩いてきましたが、ランニングをしている人たちとけっこう行き交いました。毎年12月には、ここで津島天王川マラソン大会が開かれており、1周約700メートルの大きな池を使って、3周の部、5周の部などの部門があるそうです。

 自然豊かという観点では、天王川公園の藤が有名で、毎年4月から5月にかけて藤まつりが開催され多くの方々で賑わいます。天王川公園の藤棚は、なんと長さ275メートル、面積約5,034平方メートルあり、テレビの中継でしか見たことがありませんが、本当に見事なものです。また、天王川公園は藤だけでなく、春の桜、初夏のスイレン、秋の紅葉、冬の雪景色など季節ごとに楽しむことができます。あと、前回の視察レポートでも紹介しましたが、天王川公園で最も有名なものとして、500年以上の歴史を誇る「天王祭」があります。天王川を舞台にした船祭で、上から3番目の画像に見える大きな池に提灯をつけた船が5艘浮かび、豪華絢爛な水上絵巻が繰り広げられます。天王祭は、厳島神社の「管弦祭」、住吉大社の「住吉祭」とともに日本三大船祭の一つとして有名で、国指定重要無形民俗文化財に選ばれています。

 上から2番目の画像は、大鳥居から参道を50メートルほど東に行ったところにある津島神社の御神木(ごしんぼく)の大いちょうを写し津島のグルメ商品たものです。画像からも見事な大いちょうがご覧頂けると思います。樹齢がおよそ400年で、高さ30メートル、根まわり10メートル、枝張り東西へ20メートル、南北18メートルとなんとも堂々として見事です。見ているだけでも元気を頂くような木です。この大いちょうが400年余り津島の歴史を見てきたと思うと感慨深いものがあります。さらに、大いちょうは、もう1本あり、一番上の画像の大鳥居の左側にあります。

 最後に、商店街のイベント「つし丸フェスタ」の模様と現在、商店街が置かれている現状を踏まえ、商店街の取り組みなどを紹介していきます。2年前と同様に、100円商店街の取り組みと大ジャンケン大会の取り組みは行われていました。子どもたちを中心に、親子連れ、おばさんのグループなど商店街界隈を巡る人たちで賑わっていました。100円商店街など商店街の取り組みは、あとで、現在の商店街の置かれた状況踏まえ述べていきます。まず、今回、新たな取り組みとして商店街が取り組んだ他との連携・協働という取り組みを紹介していきます。

 今回のつし丸フェスタは、さらなるチャレンジとして“協働・連携”という視点の第一歩として取り組んでいました。具体的には、商店街を取り巻く地域の方々と一緒になって商店街およびまちを盛り上げていこうという取り組みです。“協働・連携”というのは、言うことは簡単ですが、一長一短にできるものではなく、地道に一緒に汗をかきながら信頼関係を築いていくもので、今回は、顔合わせというか、きっかけづくりであったように思います。

 上から4番目の画像は、津島の食・グルメの数々を写したものです。これらの商品は、津島駅構内にある津島総ジャンケンキング合案内所で販売されており、そこの運営を津島のまちづくりを考える市民団体のNPOまちづくり津島が行っています。今回、商店街とNPOまちづくり津島が連携する形で、商店街内で、津島の食・グルメの数々を紹介しながら、津島駅構内の津島総合案内所への誘導、回遊性を生み出していました。

 実際に、津島総合案内所で「津島生姜(ジンジャー)カレー」と「うつけもの」などを買って、家で食べてみましたが、なかなか美味でした。「津島生姜(ジンジャー)カレー」は、上から4番目の画像上からも積み上げられた商品を見ることができますが、生姜をふんだんに使ってあり、その他、名古屋コーチンとごずみそ(津島神社に奉納されている豆味噌)の旨みが加わって、生姜の辛さがなんとも美味でした。生姜がふんだんに入っているので、小さな子どもには少し食べづらいかも知れませんが、大人のカレーといった感じです。

 「うつけもの」は、この地域で古くから食べられているかりもり(青瓜)を使った漬物です。こずみそを使った味噌漬けで、まろやかな味で、こちらは子どもでも食べられます。漬物そのものよりネーミングが面白くて思わず買ってしまいました。織田信長が幼少の頃、奇抜な行動や言動から周囲の者からは「尾張の大うつけ」と呼ばれており、「つけもの」と「尾張の大うつけ」を絡めて「うつけもの」と名付けたようです。

 その他、協働・連携という視点では、商店街を取り巻くエリアには、冒頭で紹介した津島神社はじめ、神社仏閣がたくさんあり、お寺との連携です。その中の一つの蓮台寺の境内・駐車場で、同日開催で、きまぐれ市が行われていました。きまぐれ市は、手づくりやこだわりの品が並んでいる市で、当日、覗いてきましたが20店舗ほどがテントを張って販売していました。今回、商店街のつし丸フェスタと蓮台寺のきまぐれ市の回遊性を生み出し、お互いのお客さんが流れるようにする試みとして、商店街のお店を回ってジャンケンするジャンケンのポイントをきまぐれ市に設ける試みが行われていました。今回は互いのお客さんが行き来する回遊性を生み出すまでには、ほど遠い状態でしたが、互いの主催者同士が互いの取り組みを理解するとともに、互いに顔を合わせることができたことが今後の展開につながる大きな成果だったと思います。

 もう一つ協働・連携という視点では、2年前から行っているシルバーの方々との連携で、ジャンケン大会でジャンキングに挑戦するにあたって、歴史ポイントでジャンケンしないとその権利を得ることができない仕組みになっており、歴史ポイントには、歴史に詳しい地元の長老のシルバー人材センターの方にお願いしています。今年、2年ぶりにつし丸フェスタに行きましたが、同じ方が同じポイントで行っていました。歴史ポイントは神社仏閣など5カ所にあり、実際にその5カ所を回ってシルバーの長老の方々と話してきましたが、商店街が全盛期だった頃から知っており、子どもたちにふれあえるこのイベントをお手伝いすることを楽しみにしているとおっしゃっていました。

 上から5番目の画像は、ジャンケンキングに挑戦している子どもを写したものです。お店や歴史ポイントでジャンケンして勝つとポイントがもらえ、そのポイントをためるとジャンケンキングに挑戦できます。ジャンケンキングに挑戦してもらえる数々の景品も用意されていました。先ほどの歴史ポイントを一つ紹介しますと、清正公社(せいしょうこうしゃ)という神社が歴史ポイントになっており、子どもたちは神社の歴史を聞いて学ぶとともにジャンケンをします。清正公社は、戦国時代の武将・加藤清正が少年時代に叔父の家に寄寓して頃、深夜に賊が侵入したとき、清正が鬼の面をかぶって現れると賊は驚いて逃げ去ったという逸話があるのがこの神社です。ちなみに、津島で秋にある鬼祭は、清正が鬼の面をかぶって、鬼退治を模した行列が町を練り歩きます。

 今回、つし丸フェスタにおいて、2年前と同様に100円商店街の取り組みが行われていました。100円商店街とは、簡単に言えば、100円相当の商品やサービスをお店ごとに店頭に並べたり、掲げたりして、商店街というストリート全体をわくわくするような100円ショップに見立てる仕掛けづくりです。詳細は、前回の視察レポートを合わせてお読み頂けましたらと思います。取り組みの思いとしては、商店街のお店というのは、入りたくても、入ると何か買わないといけないのかなという思いもあり入りにくいという面があるので、まず、店頭でお買い求めやすい手に取りやすい100円相当の商品を店頭に並べ、お店に入ってもらうきっかけづくりのようなものです。ちなみに、100円商店街は、2004年に山形県新庄市ではじまり、今では、全国100近い商店街で行われています。

 今、商店街関係者の間で、商店街活性化の三種の神器と呼ばれている取り組みをご存知でしょうか。三種の神器というのは、津島の商店街でも行っている「100円商店街」はじめ「まちゼミ」「バル」の3つです。「まちゼミ」とは、商店主がもっている技・ノウハウをお客さんにお店でゼミ形式で教える取り組みです。また、「バル」とは、現在、いろいろな派生的な取り組みが行われていますが、簡単に言えば、地域の飲食店が自慢の料理一皿とワンドリンクを用意して、お客さんがそれらの店を安価で「はしご」するという飲み食べ歩きイベントです。バルとは、バー(bar)のスペイン語読みで、スペインの街角にある気軽な立ち飲み酒屋のことを指します。今では、まちなかの合コンイベントの「街コン」が有名ですが、企画を行うプレーヤー側となる飲食店は同じですので、「バル」の派生的なイベントとも言えます。

 上記の三種の神器で共通しているのは、お店に一度、足を運んで頂く(入りたくても入りにくかったお店に一歩入ってもらう)、そしてお店の商品やサービスを知ってもらい、会話を交わすことで店主の人柄も知ってもらうことが根底にあり、お店・店主のファンになってもらい、次回の来店につなげていく狙いがあります。これまでは、多くの商店街が闇雲にまちなかに集客するイベントを行ってきて、まちにはたくさんの人が来るが、肝心のお店には入ってくれないという状況に落ち入ってしまうところが多かったのではないでしょうか。そのことに、商店街の方々が真摯に気づき、三種の神器のようなしっかりお店に呼び込むという目的をもった取り組みに変わりつつあるように思います。

 特に地方の商店街は、シャッター通りと呼ばれるほど疲弊しているところが多くみられますが、三種の神器が全国的に流行っている様子を見ていると、活性化に向けて商店街独自の力による反転攻勢が出てきているとも伺えます。しかし、闇雲に三種の神器を何となく真似てやってみたところでうまくいくものでもありません。そこには、商人(あきんど)の本気度、魂がこもってないと訪れるお客さんにその思いが伝わらず、うまくいかないと思います。仮にうまくいったとしても、一発屋で終わってしまって長続きはしないと思います。三種の神器を単にマネするだけでなく、自分たちの地域・商店街に合ったやり方を工夫して考えてやっていくことが肝心です。また、三種の神器は素晴らしい取り組みにしても、さらに、もっとそれ以上の取り組みをやってみようという強い意気込みがないとこの疲弊した商店街の状況をなかなか打破することができないと思います。是非とも、商店街の皆さんには、潮目が変わろうとしている今が踏ん張り時でもあり、頑張っていただきたいと思っております。

 そういう意味では、今回、紹介しました津島駅を中心とした津島の商店街も頑張っていますので、1,450年もの歴史のある津島神社はじめ、信長の台所と言われた当時の面影を残す蔵などの古い町並み、湊町の川の面影を残す天王川公園などを巡りながら商店街にも立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

By Nagura

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