天神橋筋商店街 〜 HEP FIVE (日本・大阪)

視察日:1999年3月1日

 大阪市北区の東部に位置する北は長柄橋、南は中之島までの約2.6キロもの間に延々と見事に一直線上に続く日本一長い商店街“天神橋天神橋3丁目商店街イメージ筋商店街”を歩いてきました。この天神橋地域は、大阪天満宮をはじめ、歴史的・文化的遺産が多く存在する大阪の顔とも言える地域です。天神橋筋商店街は、大阪天満宮の門前町として自然発生的に形成され、300年の伝統と近代化へと革新をとげながら大阪を代表する商店街として発展してきています。毎年夏に行われる日本三大祭の一つとして有名な“天神祭”の舞台となるのが、ここ大阪天満宮です。

 天神橋筋商店街は、9つの商店街と2つの市場が一体となって集積しています。今回は、南にあたる中之島の方から入り、途中大阪天満宮に寄り(お参り)ながら北に向けて、天神橋一丁目商店街、天神橋二丁目商店街、天神橋三丁目商店街、天神橋筋四番街商店街、天神橋五丁目商店街、天六商店街、天七商店街の順に見ていきました。(折り返し帰りに天神橋二丁目商店街の入り口にあたる地下鉄・南森駅まで戻ってきました)この間、天神橋一丁目商店街から天七商店街までは先程も述べましたが見事に一直線です。天神橋一丁目商店街の一部と天七商店街以外は、アーケードがかけられています。
 大阪天満宮は、天神橋一丁目商店街から天神橋二丁目商店街に入った辺りの右側(東側)にあります。上から2番目の画像が大阪天満宮を写したものです。夕方の5時過ぎころに行ったのですが、境内では、けっこう子供たちが元気よく遊んでおり、子供たちの声が境内にこだまして、何か昔懐かしい風情が感じられました。また、おじさん、若い女性、サラリーマン風の人たちがお参りしており、私もつられて思わずお参りしてきました。ちなみに大阪天満宮は菅原道真公を祭った“学問の神様”です。

 今回、実際にこの天神橋筋商店街を歩いてみるまでは大阪天満宮イメージ、新聞紙上(特に日経流通新聞)、テレビ映像などででよく取り上げられています天神橋三丁目商店街の取り組みしかよく知りませんでした。しかし、実際に歩いて見ますと、天神橋三丁目商店街と天神橋筋四番街商店街を境にして北地区(天神橋筋四番街商店街〜天六商店街)と南地区(天神橋一丁目商店街〜天神橋三丁目商店街)に分けますと、かなり雰囲気の違いが感じられました。詳細は後で述べますが、大きくJR天満駅を中心とした北地区は、にぎわいが感じられ、官公庁地域に近い南地区は苦戦している状態を跳ね返そうと取り組んでいる意気込みが感じられました。

 ここで天神橋三丁目商店街を詳しく見ていきます。まず一番上の画像を見て頂きますとわかりますが、天神橋三丁目商店街には、天満宮をテーマにしたアーケード上部に鳥居のモチーフが幾重にもかけられています。この天神橋三丁目商店街のアーケードは、平成9年(1997年)11月にリニューアルされたもので、多くの新聞紙上の写真や小渕恵三首相が訪れた時の背景の映像にも使われていましたので、記憶に新しい方もいらっしゃることと思います。一番上の画像は、青い鳥居が写っていますが、もちろん通常イメージする赤い鳥居もあります。また、上から3番目の画像で少し見られますが、緑の鳥居も見られました。まさに今流行のMacintoshの“iMAC”のような色揃えがされているような感じでした。
 次に天神橋三丁目商店街の取り組みを見ていきます。行った時は残念ながら見ることができませんでしたが、三輪車(自転車)に屋台を取り付けた移動店舗「天三おかげ屋台」が商店街の中に現れ、突然の奇抜な店に浪速っ子も驚いているようです。この移動店舗「天三おかげ屋台」は夫婦橋イメージ、移動は商店街の中に限定されていますが、1日5,000円を払えば、誰でも天三おかげ屋台を使って商売を始めれるのが特徴です。その他では、昨年から「大阪弁講座」「1日丁稚(でっち)体験」などのイベントも行われており、にぎわい復活のために意欲的にがんばっている元気のある商店街です。

 また、今では、全国で“プレミアム商品券”が発行されていますが、ここ天神橋筋商店街全体で行っている“プレミアム商品券”の取り組みはユニークであり、心意気が感じられます。プレミアム分を自治体等の補助を受けるところが多い中、天神橋筋商店街では、昨年(1998年)11月24日に自治体の補助を受けない商店街負担の20%上乗せという高額のプレミアム商品券を売り出しました。用意した1千万円分は2日間で完売したということです。自治体の援助を受けなかったため、随所に独自のアイデアを織り込めたようです。中でも、額面を200円という小額にし、食堂や喫茶店でも気軽に利用できるようにしたこともあり、発売後1カ月半で、9割以上が使われたということです。

 それでは、先程の天神橋三丁目商店街と天神橋筋四番街商店街を境にして北地区(天神橋筋四番街商店街〜天六商店街)と南地区(天神橋一丁目商店街〜天神橋三丁目商店街)に分けて話を進めていきます。
 月曜日の夕方の午後5時〜6時にかけて歩いたのですが、それぞれの商店街には、帰宅するサラリーマン、OLが多い中、学生、若い女性、おばさん、高齢者など幅広い客層が見られ、自転車を利用されていらっしゃる方も目立ちました。天神橋三丁目商店街と天神橋筋四番街商店街の間には、阪神高速の高架(下には道路)が通って分断されており、ここを境に人の流れが違っているように感じました。北地区は、JR天満駅を中心として人通りも多く、店内にもけっこう人が入っていました。特に天神橋五丁目ヘップファイブイメージ商店街、天六商店街は、アーケード幅も狭い上、なおかつ通路にはみだし陳列がされており、呼び込みの声もあり、ごちゃごちゃしていて大阪らしい活気が感じられました。逆に南地区は、歩いている人は同様にそれなりに多いのですが、歩くスピードが早くいかにも通過客という感じで、店内にもあまりお客さんがみられませんでした。このような状態を打開しようと、天神橋三丁目商店街ではいろいろな取り組みが行われいるのが伺えた次第です。

 やはり、天神橋三丁目商店街と天神橋筋四番街商店街の間で、道路により分断され連続性が失われていることが、人の流れをここで止めているように感じました。昨年(1998年)3月に大阪商工会議所と天神橋筋商店街によってまとめられました「天神橋筋商店街振興モデル事業計画」の報告書に寄りますと、天神橋三丁目商店街と天神橋筋四番街商店街の間の事業計画も示されており、なかなか歴史ある由緒ある場所のようです。
 もともと、天神橋三丁目商店街と天神橋筋四番街商店街の間には、堀川があり、昭和初期まで夫婦橋という橋が架かっていたようです。そしてその夫婦橋にも数々の伝説があり、夫婦池に架かっていた橋ということが起こりのようです。昔、この辺りに仲睦まじい若夫婦が住んでおり、生活が苦しいので夫は3年後に必ず戻ってくるからと誓って出稼ぎに出ました。その間、妻は待ち続けましたが、約束の期限が過ぎても帰って来ないので、変心を嘆いて夫婦池に飛び込み水死してしまいます。その後に今は豊かになって夫が戻ってくるのですが、妻の死を大変悲しみ、後を追って入水したという伝説が「芦分船」という古い本に出ています。何とも、悲劇の伝説ですが、上から3番目の画像が、以前夫婦橋が架かっていたところを写したものです。
 先程の事業計画では、欄干、橋柱などで夫婦橋を復元し、新しい名所、空間づくりの計画が示されています。現在は、夫婦橋の柱碑が建っているのみで、上に阪神高速が通っているため、薄暗いです。昔のにぎやかだった当時の雰囲気を偲ばせる夫婦橋を整備して、明るくスポット的に照明で演出し、人々が集まるマグネット効果で天神橋三丁目商店街と天神橋筋四番街商店街をつなぎあわせて欲しいものです。

 最近は、百貨店、大型スーパー、専門店など見ましても、すべて整然として“いたせりつくせり”のオペレーションがされており、非常に心地は良いのですが、ある意味“のんびり感”というか雑隈性が感じられなくなっているように思います。今、活性化が叫ばれている商店街ですが、必要最低限の心地良さへの整備は必要ですが、“のんびり感”という強みとなる本来持っている良さは失わずにいって欲しいものです。

 帰りがけに、昨年(1998年)11月末に大阪の繁華街・梅田にオープンしましたHEP FIVE(ヘップファイブ)を覗いてきました。ヘップファイブは、旧阪急ファイブの建て替えにより、若い世代を対象とした先端的なファッション、雑貨を扱う店舗と飲食、ジョイポリスなどのアミューズメント施設に生まれ変わっています。最も大きな特徴が、ビルの屋上に大観覧車が載っていることです。昔、よく百貨店の屋上にあった観覧車とは違い、直径75メートルもあり、地上7階から観覧車に乗るのですが、観覧車が最高点に達する高さは、何と地上から106メートルにもなります。
 上から4番目の画像が、ヘップファイブ内の巨大なクジラが泳ぐ6層の吹き抜け部分のアトリウムを写したものです。ちなみに、写真の中で見られる巨大なクジラのオブジェ含め空間演出を行ったのは、元米米クラブのメーンボーカリストの石井竜也さんです。

 行った時は、午後6時半ころでしたが、若い世代を対象としたということだけあり、若い女性で込み合っていました。店内のところどころにいる案内係らしき人も、ビジュアル系の若い男性で“こんにちわ”などと声を掛けていたり、まさに若い女性にターゲットを絞った仕掛けが伺えました。7階にあるオープンカフェを兼ねたスターバックスも満席の状態でした。ヘップファイブは、「新しもん好き」の大阪人気質もあってか開業2カ月で入場者数400万人を記録したということです。都心部に出現したテーマパークともいえるヘップファイブは、若者に受け入れられているようです。

By Nagura

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