世界震災都市会議・福井震災50周年 (日本・福井)

視察日:1998年6月26日〜28日

 死者3,728人を出した福井震災から6月28日でちょうど50年目を迎えます。福井地震は戦後わずか3年しか経っていない1948年6月28日、まさに戦後復興の最中に起きました。福井市は、度重なる戦災、震災、水害震災会議イメージなどから不死鳥(フェニックス)のように立ち直ってきた歴史、風土、気質を持っています。
 福井震災50周年記念事業(主催:福井市)として福井市のフェニックス・プラザで開かれました「世界震災都市会議」に行ってきました。会議には、世界9カ国(アメリカ、インド、中国、フィリピン、ペルー、アルメニア、ニカラグア、アルジェリア、マケドニア)の中小都市首長と国内4市町(西宮市、新潟市、奥尻町、福井市)の首長ならびに約80名の地震防災専門家が参加され、「21世紀の中小都市における新しい地震防災と復興の指針を国際的な観点から探る」をテーマに議論、研究成果の発表がなされました。

 この世界震災都市会議は、国と国という枠組みではなく、中小都市同士の首長が集い、中小都市における地震防災を共に考えていこうという画期的というかたいへんユニークな国際会議です。
 世界震災都市会議は、3日間にわたって行われ、大きな流れを申しますと、初日は、過去の地震から学ぶという点に力点がおかれ、福井震災をはじめ参加された海外9カ国における震災体験からの復興が発表されました。2日目には、初日に発表されました過去の経験を生かし、国内外13の首長による中小都市防災におけるパネルディスカッションが行われ、そして最終日には今回の会議の成果を踏まえ「福井市宣言」が採択されました。また、2日目以降は、各国首長の会議と並行して、地震防災専門家による専門家会議も開かれました。

 会場には、専門家、自治体関係者をはじめ、一般市民、大震災会議イメージ学生、高校生など約3,500名の人であふれかえっていました。高校生から福井震災を体験されたお年寄りまで本当に幅広い年齢層の人が訪れていました。中でも、地元の高校生が半数近くの約1,800名も参加されており、福井震災というものを後世へ伝えていくということも含め、福井震災というものをしっかり学ぶ場としてたいへん有意義だったのではないかと思います。

 初日に福井震災の様子が上映されたのですが、かなり強烈なインパクトを受けました。アメリカのGHQが撮影したもので、効果音はつけてありましたが音声もなく白黒画像なのですが地震直後の悲惨な状況が十分伝わってきました。下の写真を見て頂きますと悲惨な状況が少しは伝わるかと思いますが、これは福井市内にあった大和百貨店の建物が倒壊してしまった姿です。
 上映時間は15分程度でしたが、3年前の阪神大震災の悲惨な映像がよみがえってきました。映像そのものは、白黒とカラーという違いはありますが、建物の倒壊等見ているとかなり類似しています。それもそのはず、福井地震も阪神大震災も同じ直下型地震です。マグニチュードも福井地震7.1、阪神大震災7.2とほぼ同数値となっています。皮肉なことに福井地震を期として気象庁震度階級に「震度7」が新たに設定され、その震度7が初めて使われたのが阪神大震災の時でした。このことは、地震国日本において、約3,700人の犠牲者を出した福井地震の経験がいままで生かされてこなかったことを表しているのではないでしょうか。
 今回の「世界震災都市会議」は、戦後の混乱期に起こったため研究、整理が十分に行われてこなかった福井地震を再度掘り起こし、過去の経験を今後の都市防災に生かしていこうという意味合いも強震災会議イメージい会議でした。

 最終日には、「自らの命は自分で守るという自助努力」「近隣都市、地域社会との連携」「被害を最小限(減災)にするまちづくり」「海外都市間における直接の国際協力」などを骨子とした「福井市宣言」が採択されました。
 また、「福井市宣言」とは別に今回世界震災都市会議に参加された国内外13都市における今後継続的な「情報交換」「人的交流」も合わせて合意されました。

 今回、世界震災都市会議に参加してみて、福井震災の非情なまでの惨禍、当時の日本社会へ与えた影響などについて、改めて理解できました。過去の地震の経験を今後の都市防災づくりに生かしていかなければいけないと強く感じた次第です。

 また、時を同じくして、福井県産業会館では「防災フェア」(福井県主催)が行われていました。時間的に行くことはできませんでしたが、こちらは地震体験ができたり、防災知識を問うクイズコーナーがあったりと体験型のゲーム感覚の多彩な催しがされていたようです。

 話変わりますが、阪神大震災(1995年1月17日地震発生)以降、各地にある活断層の保存・展示施設に足を運ぶ人が増えています。
 1998年4月に淡路島の北淡町に阪神大震災の原因ともなった野島断層の保存館がオープンしました。明石海峡大橋の開通も手伝って、オープン2カ月で年間予想の2.5倍を超える80万人の人が訪れました。保存館は、阪神大震災で地表に現われた断層を140メートルにわたって建物で覆っています。0.7〜1.5メートルの右横ずれ、20〜50センチの隆起、それに伴って大きくひび割れて崩れた道路、生け垣のずれなど地震直後の状態を生々しく伝えています。訪れた人は、この光景を見て驚きの声を上げる人が多いそうです。2000年までには、断層保存館の横に地震を疑似体験できる科学館もできる予定です。また野島断層は、早ければ今夏にも国の天然記念物に指定される運びとなっています。
 また、濃尾地震(1891年、マグニチュード8、死者7,273人)を引き起こした岐阜県の根尾谷断層でも、1992年に活断層観察館をオープンし、年間6万人の人が訪れています。1999年春には、立体眼鏡と起震装置を組み合わせ、濃尾地震が体験できる施設も完成します。

 本当に地震はいつやってくるかわかりません。「喉元過ぎれば・・・」というように我々はついつい忘れがちになりますが、常に地震への備えは必要です。世界震災都市会議が行われている最中にも、トルコで地震(1998年6月27日)が発生しました。死者116人に達し、負傷者も1,500人以上に上っている模様です。(6/29現在の日経新聞による)

 今一度、福井震災、阪神大震災による犠牲者のめい福をお祈りするとともに、ひとりひとりが震災が残したもの、またそこから学んでいく姿勢が求められています。これからも地震はどこかで起こります。将来に向け、都市をどう整備し、次の世代へ何を伝えていくかを考えてみる必要があるのでしょう。

 地震についての必要最低限の備え・知識につきましては、「地震一口メモ」にまとめてありますので、併せてご覧いただきたくと思います。

By Nagura

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