一店逸品の取り組みで有名な
静岡呉服町名店街を訪ねて 
(日本・静岡)

2005年3月25日

 静岡県静岡市(人口709,949人、275,803世帯:平成17年3月末現在、面積1,374.05平方キロメートル)を訪ねて参りま静岡駅前した。一番上の画像は、静岡駅から繁華街の商店街部分を写したものです。静岡市は、平成15年4月に旧清水市と合併して現在に至っています。そして、平成17年4月1日に政令指定都市に移行しました。

 上から6番目の画像は、登録有形文化財にも登録されている静岡市役所の本館を写したものです。1934年(昭和9年)に建造され、鉄筋コンクリート造4階建ての上に2層の塔屋を重ね望楼を置き、塔頂にドームをのせているのが画像上から伺えます。なかなか美しいスペイン風デザインの建物です。

 政令指定都市とは、大都市における行政運営を効率的に行うために創設されたものです。市民生活やまちづくりに関わりの深い事務や権限を道府県から大都市に移譲し、市民福祉の向上を図ろうとするものです。

 政令指定都市の要件として、地方自治法で「政令で指定する人口50万以上の市」と規定されています。運用上の人口要件としては、近い将来100万人が見込めることとしており、実際には現在の政令指定都市がいずれも80万人以上で指定されているため「80万人以上」が指定の目安となっていました。しかし、合併市町村に対する優遇策で、大規模な合併の場合に限り人口要件を緩和する措置があり、合併し静岡呉服町名店街て人口70万人になった新静岡市が政令指定都市に移行しました。中核市からの移行第一号として全国的にも注目されています。静岡市は、札幌市、仙台市、千葉市、さいたま市、川崎市、横浜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、広島市、北九州市、福岡市に次いで14番目の政令指定都市になります。

 少し静岡市の歴史を紐解いてみますと、静岡市は、奈良時代に国府が置かれ、戦国時代には今川義元の城下町として栄え、江戸時代に入ると徳川家康が隠居後に入城しました。家康はこの地で大御所として幕府政治の采配をふるい、そして時は二百数十年流れ、幕府倒壊後は、最後の将軍徳川慶喜が移住するなど、徳川家ゆかりの城下町として発展してきた歴史性豊かな都市と言えます。特に1607年から1616年までの家康による大御所政治の時代は、当時の「駿府」が日本の首都機能の一翼を担い、この当時の江戸の人口が15万人に対して、駿府は12万人ともいわれており、江戸に匹敵する規模でした。

 前置きが長くなってしまいましたが、静岡には次世代を担う商店街リーダーを対象とした静岡県商店街リーダー交流会(主催:静岡県商工会議所連合会)における講演に招かれていってきました。ちなみに、講演のテーマは、「商店街コミュニティ(地域)ビジネスについて 〜地域に根ざした商店街こそコミュニティ(地域)ビジネスを〜」です。コミュニティ(地域)ビジネスとは何か静岡呉服町名店街、なぜ商店街にコミュニティ(地域)ビジネスなのか、事例紹介、商店街がコミュニティ(地域)ビジネスをする場合の手法・留意点等について幅広くわかりやすくお話させて頂きました。

 講演に合わせて、静岡駅周辺の商店街を巡ってきました。そのなかでも、今回の視察レポートでは、全国的に一店逸品運動で有名な静岡呉服町名店街を中心に紹介していきます。一店逸品運動とは、説明するまでもありませんが、名前の通り、各お店が自信を持ってお薦めできる自慢の商品やサービスをお客様に提供していこうというものです。呉服町名店街を隅から隅まで歩いてきましたが、空き店舗が見当たらなく、歩いている人も多くにぎわいが感じられる商店街でした。静岡駅近隣に広がる商店街という立地の良さもありますが、様々な努力の成果が実っていると言えます。そのなかの一つが一店逸品運動です。何が素晴らしいかと言えば、一店逸品運動という活動を継続して10年以上続けている点です。

 いろいろな商店街が活性化に向けて、今回取り上げる一店逸品運動やカード化事業など行っていますが、成功しているところは、とことん極めていることを見逃してはいけません。先進の取り組みを行っている商店街を視察して、そこの商店街でうまくいっているからといって、ただ単に自分たちの商店街に取り入れただけではうまくいくものではありません。成功している商店街というのは、いろいろと試行錯誤してきた結果であり、その他、さらに地域性や風土なども加味して相乗静岡呉服町名店街効果となっているところが多いです。一番重要なことは、商店街の店主たちの心意気というか商人(あきんど)魂であり、うまくいっている商店街には地域への思い入れが強い素晴らしいリーダーが存在しているものです。

 呉服町名店街の一店逸品運動は、「商業者のまちづくりは、自分の店づくりからはじまる」という主旨のもと、10年以上にわたりコツコツと行ってきており、全国的にも呉服町名店街と言えば、“一店逸品運動”という認識が広まっており、今では、店づくりがまちづくりにつながっています。一店逸品運動のそもそものはじまりから簡単に紐解いていきます。

 一店逸品運動は、1993年から1995年にかけて行われた呉服町名店街の歩車道モール化のハード整備に先駆けてソフトの充実を図るために始まったものです。1993年に一店逸品運動に着手して現在に至っています。一店逸品運動は、商店街並びに個店の特色、個性を再認識し、利用者にアピールしていくこと、また、呉服町名店街らしい新商品、新サービスを開発し、商店街のイメージアップを図ることを目的としています。事業としては、月2回研究会を開催し、新逸品・逸サービスの開発を行うほか、加盟店全店の既存の逸品・逸サービスと開発した新逸品・サービスなどを掲載した「逸品カタログ」を毎年30万部発行し、商圏に配布しています。

 一店逸品運動の初期の位置づけは、“個店アップのための意識啓発活動”と言えます。一店逸品運動の委員長のカバン屋の池駅前通り商店街田さんは、立ち上げ当初から委員長をされ、全国からも講演依頼がきており、池田さんのお話を聞かれた方も多いのではないでしょうか。当方も、数年前にあるシンポジウムで池田さんから一店逸品運動の取り組みの話を聞いたことがあります。呉服町名店街では、一店逸品運動を通して、まず自分のお店がお客さんを呼べるような魅力づくりを行っています。そして、それぞれが自分の商売をがんばることによって、まちのにぎわいをつくっていくような流れを生み出しています。本当に地に足のついた取り組みを10数年続けています。その成果が、にぎわいのある呉服町名店街を維持し続けていると言えます。

 上から2番目、3番目、4番目の画像は、呉服町名店街を写したものです。上から3番目の画像では、中央あたりに旗がはためいていますが、そこには“一店逸品”の文字が描かれています。また、一店逸品運動のきっかけになった歩車道モール化のハード整備の状況は、上から2番目、4番目の画像で歩きやすい広い歩道が伺えます。上から2番目の画像では、歩道のベンチで本を広げてくつろいでいる女性がご覧頂けます。呉服町名店街には、コミュニティバスも走っており、上から3番目の画像では、コンパクトなコミュニティバスもご覧頂けます。

 再度、繰り返しになりますが1993年に一店逸品運動が始まり、これまで10年以上にわたって継続してきたからこそ、ここに来て目に見える形となって成果が出てきていると思います。ここまでくるには、リーダーシップをとって進めてきた一店逸品運動の委員長のカバン屋の池田さんの絶えまない努力があったことと思います。そして、その思いが個店の意識を少しず静岡市役所つ変えて、実を結び現在に至っていると思います。最後にその成果と言える“逸品”を少し紹介いたします。

 洋傘と婦人用品のハセガワの逸品「つえ傘」は、一見普通の傘ですが、実は杖としての機能があり、お客様からのリクエストに応え、試作を重ねて完成されたものです。そば処更科の逸品「そばゲッティ」は、深い緑の茶そばにきのこ・鳥肉・桜えびを加えて、オリーブオイルで炒めたそばスパゲティーです。かばん・バックの専門店池田屋の逸品「防水堅牢革鞄」は、池田屋オリジナル・ぴかちゃんランドセルにも使われているドイツバイエル社の防水牛革に、型押し加工して高級感を持たせた頑丈な鞄です。

 茶店の竹茗堂の逸品「お茶屋さんの脱臭剤」は、製茶段階で出るお茶の粉にセラミック炭をプラスした100%天然素材の脱臭剤です。防カビ効果、空気中でのマイナスイオン効果もあります。メガネの安心堂の逸品「オーダーメイドの染色べっ甲眼鏡」は、上質のべっ甲に、染色剤による伝統技法を施して朱色に仕上げた眼鏡です。軽いかけ心地と肌へのフィット感があり、素材・色・デザインを追求したこだわりの逸品です。

 上記で挙げた逸品は、ほんの一部分ですが、商売人のこだわり商品・逸品への心意気が感じられたのではないでしょうか。一店逸品運動に関しては、今現在も継続して月に2回の研究会が開催されており、今後、さらに充実していくことと思います。そして、まちづくりという観点からも、さらなる次へのステップを期待しております。皆さんも一度、ご自身の目で各お店の“逸品”をご覧になりながら、店主と開発秘話など語らってはいかがでしょうか。

By Nagura

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