せとものの町・瀬戸市を訪ねて (日本・愛知)

視察日:1999年8月27日

 せとものの町として平安期から1300年余の歴史と伝統を誇る愛知県瀬戸市(人口約12.7万人)を訪ねて参りました。瀬戸市そのものも歴史は長く、今年(1999年)10月1日には市制施行70周年を迎えま瀬戸川沿い風景す。瀬戸市は、愛知県の北部に位置し、名古屋の繁華街の栄から、電車で30分ほどで行くことができ、非常に名古屋から近いです。“せともの”といえば、陶磁器の代名詞となるほど、古くから陶磁器産地として栄えてきた瀬戸市ですが、最近では、2005年に行われる愛知万博(日本国際博覧会)の開催地として瀬戸市をご存じの方も多いことと思います。

 ちょうど私が瀬戸市に行ったこの日には、小渕恵三首相、堺屋太一経済企画庁長官が愛知万博の会場となる瀬戸市郊外にあたる「海上(かいしょ)の森」と「愛知青少年公園(愛知県長久手町)」を視察に訪れていました。その他、愛知県では、この愛知万博オープンに間に合うように、常滑沖に中部国際空港の建設を進めており、大型プロジェクト目白押しといったところです。
 万博の話題をもう少ししますと、1996年6月に博覧会国際事務局(BIE)総会で2005年の瀬戸市における万博が決定しています。当時をおぼろげながら思い出しますと、愛知県は、以前名古屋にオリンピックを呼び込もうとしており、ほぼ確定と言われていたところをソウルに持っていかれた後遺症があるのか、愛知県民はけっこう冷めていたというか注視していないような素振りも感じられました。しかし、ふたを開けてみると、万博が正式に決定したのが日本時間の深夜だったのにもかかわらず、夜が早いと言われる名古屋で、名古屋市内のそこかしこのホテルで朝まで祝の宴が行われたことは驚きでした。
 万博は「新しい地球創造・自然の叡知」をテーマに2005年3月25日〜9月25日の6カ月間の会期中に2,500万人の来場者を見込んでいます。当初は、瀬戸市の「海上の森」を主会場として行われる予定でしたが、最近オオタカの営巣が発見され、環境という観点から海上の森の会場を縮小して、隣の長久手町の愛知青末広商店街風景少年公園との分散開催が決まっています。瀬戸市としては、瀬戸市での万博が決定されてから、都市インフラ整備にとどまらず、地元一丸となって中心市街知活性化への取り組みが具体的に動き始めていただけに、自然相手とはいえ、突然の海上の森での会場縮小・分散開催は、地元にとっては冷や水を浴びせられたかっこうになり、ショックはあったことと思います。しかし、万博は一過性のものであり、瀬戸市は、1300年余の歴史・伝統文化のある町だけに、必要以上に万博に頼ることなく、長い目でみてまちづくりに取り組んで行って欲しいものです。瀬戸市の場合、万博に向け、一直線に向かっていたような感じがみられるだけに、今回の分散開催は、実際には後になってみないとわかりませんが、より大きな視点からまちづくりを再度考える(捉える)機会となり、住民、商業者、自治体の団結がよりいっそう高まるような気がいたします。

 万博の話が少々長くなってしまいましたが、ここで瀬戸市の顔ともいうべき“せともの”の話に移します。瀬戸は、“つち”の採れる山を後にひかえており、たいへん“つち”に恵まれたところです。その昔、加藤藤四郎という人が宋の国から陶器という焼物をつくる方法を伝え、続いて加藤民吉なる人が磁器という透きとおった焼物のつくり方を伝えたのが始まりと言われています。尾張瀬戸駅から10分ほど歩いたところにある深川神社には、陶祖・加藤藤四郎がつくった陶製の狛犬が座っています。また、深川神社境内には、陶器の神様というべき加藤藤四郎をまつった陶彦(すえひこ)神社もあります。

 秋の風物詩、瀬戸の観光の目玉というべきものが、毎年9月の第2土曜・日曜に開催される“せともの祭瀬戸市新世紀工芸館り”です。せともの祭りは、磁祖・加藤民吉をまつる窯神神社の祭礼として行われるものです。一番上の画像で見られます瀬戸川沿い約1.5キロメートルにわたって、市内の瀬戸物問屋や窯元などの露店が約300ほど並びます。2日間で50万人を超える人出があり、安いこともあり、まとめ買いする人や掘り出し物をじっくり品定めする人でごった返すそうです。また、外国人の姿も多く見られるそうです。今年(1999年)のせともの祭りは、9月の11日(土)と12日(日)です。今この視察レポートをメールマガジン「地域・まちづくり情報&コラム」上でお読みいただいている方は、ちょうど今週末にあたると思います。お近くの方は、出かけてみられてはいかがでしょうか。せともの文化に触れる良い機会と思います。

 上から3番目の画像は、今年(1999年)5月にオープンしたばかりの瀬戸の新観光スポットの「瀬戸新世紀工芸館」の外観を写したものです。瀬戸新世紀工芸館は、観光客向けに地元陶芸作家の作品を展示したり、窯巡りなどの観光案内をする交流棟、地元の工房などの作品を展示する展示棟、全国から募集した研修生が陶芸を学ぶ工房棟の3つから成っています。やきものの伝統を受け継ぐだけでなく、人材を養成しながら作品を展示して、新しい生活の豊かさを提案していこうという狙いがあります。学んでいる研修生の出身地をみてみると、名古屋、瀬戸など地元以外に、広島、神奈川、茨城、栃木などの県からも来ています。陶芸コースは8人中7人が女性、ガラスコースは8人中6人が女性と大半が女性で占められています。数年後には、ここから陶芸作家の誕生が見られるかも知れません。彼女、彼らの活躍を期待したいものです。
 また、瀬戸新世紀工芸館の最大の特徴は、計画づくりの段階から市民がかかわってきた点です。「観光」と「人材育成」という異なる機能を併せ持つ施設になった背景には、市民参加のワークショップ(研究会)での結論に沿って、市が当初の構想を軌道修正していったといういきさつがあります。そもそもこの市民参加のワークショップを設けようと発案したのは、観光施設を前提にした構想作りでいいのかと考えた市自身であり、なかなか柔軟性のある市の対応と言えます。上から3番目の画像の手前に見える交流棟は、戦時中に工場として使われた建物を改装したものです。実際に中にも入りましたが、建物そのものの時代を感じさせるような太い大きな梁と展示されている作品は、非常にマッチしていました。また、瀬戸新世紀工芸館の工房棟の作業をしている様子を写したものは、コラム「伝統文化・陶芸体験を通して」上に載せてありますので、併せてご覧いただけたらと思います。

 まちづくりという視点でみていきますと、瀬戸市は、愛知県内初のタウンマネジメント機関(TMO)となる瀬戸まちづくり株式会社を今年(1999年)5月に設立しています。全国的にみても、14番目となるTMOの設立です。TMOを簡単に説明しますと、「まち全体を一つのショッピングモール」と捉えて「まち全体を総合的に経営するという考え方」によって「まち−商業地をよみがえらせる」ことを担う機関です。より広い視点からまち全体をトータル的にマネジメントする機関と言えます。また、TMOの背景につきましては、当ホームページの「これからのまちづくりを考える上で押さえておくべきまちづくり3法の概要」を参考にしていただければと思います。
 瀬戸市では、今後、瀬戸まちづくり株式会社を通して、「せともの」という瀬戸市特有の資源を最大限に活用し、“世界へと「せともの文化」を発信するまち”“瀬戸・くらしミュージアム・せともの文化と出会うまちづくり”という目標に向かって、一丸となって中心市街地の活性化に取り組んでいく意気込みです。瀬戸川を整備するプロムナード、商店街(上から2番目の画像は末広商店街を写したものです)の重点的整備、その他イベント等のソフト事業などが順次行われていくもようです。
 瀬戸市は、2005年の愛知万博の開幕を控え、これから5年〜6年で大きく変わっていくものと思われます。ハード的な整備に加えとソフト的な充実をバランスよく行っていって欲しいものです。愛知県下第一号となるTMOが発足した町だけに、これからの取り組みが期待できるとともに楽しみです。

追記(2005.4.6)
 瀬戸の視察レポート追加しました。併せてご覧頂けましたらと思います。
愛・地球博開催で変わりゆく瀬戸を訪ねて(2005年2月19日&3月30日)」「学生たちが商店街で活躍する瀬戸市中心市街地商店街を訪ねて(2002年2月1日)

By Nagura

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