愛・地球博開催で変わりゆく瀬戸を訪ねて (日本・愛知)

2005年2月19日、3月30日

 愛・地球博(愛知万博・日本国際博覧会)開催で変わりゆく瀬戸を訪ねてきました。愛・地球博は、2005年3月25パルティせと日に開幕し、9月25日までの半年間開催されています。視察レポートで、瀬戸を紹介するのは、1998年、2002年に次いで、これで3回目となり、今回は、愛・地球博開催に向けての再開発や変貌の状況を中心に紹介していきます。

 これまでに「せとものの町・瀬戸市を訪ねて(1999年8月27日)」「学生たちが商店街で活躍する瀬戸市中心市街地商店街を訪ねて(2002年2月1日)」で紹介しております。以前の視察レポートと併せてお読み頂きますと、瀬戸の歴史とともに、瀬戸のまちづくりが着実に進んでいる様子が伺えることと思います。

 愛・地球博は、長久手町、豊田市、瀬戸市にまたがる名古屋東部丘陵地で開催されており、会場として、長久手会場と瀬戸会場があります。瀬戸は、その愛・地球博の瀬戸会場の玄関口となります。瀬戸は、土とともに生き、火とともに暮らし、やきものの文化を創造してきており、1300年もの“やきもの”の歴史を受け継ぎ、さらに未来へ歩み続けています。瀬戸という名は、「陶所(すえと)」が転じたものと伝えられており、“瀬戸物”という言葉が世界でも知られる陶磁器の代名詞となっています。

 森に囲まれた愛・地球博の瀬戸会場の“海上(かいしょ)地区”は、市民交流プラザ、交流広場、里山遊歩道などがあり、市民が中心となって自然の叡智や素晴らしさを見つめ直し、人と自然が共生するためのさまざまな知恵を創造する場とパルティせとなっています。自然環境の保全を最大限に配慮し整備された瀬戸会場は、愛・地球博後も海上の森へのエントランスとして恒久的に利用される予定となっています。

 瀬戸に窯業が根づいたのは、市街地を取り巻くようにして連なる丘陵地に、瀬戸層群と呼ばれる良質の陶土(木節、蛙目粘土)やガラスの原料となる珪砂が大量に埋蔵されており、また、北部や東部の山間地には陶製に必要な燃料源となる松などの樹木が多く自生していたことによります。語句説明:(窯業(ようぎょう)とは窯(かま)を用いて粘土その他の非金属原料を高熱処理し、煉瓦(れんが)・ガラス・陶磁器・ほうろう・セメントなどを製造する工業のことです。

 瀬戸では、愛・地球博の開催意義を会場だけの区域に閉じ込めるのではなく、博覧会の開催を契機に、その成果をまちづくりに生かす取り組みをしています。瀬戸市域全体の魅力を向上させる取り組みとして市域全体を博物館と見立てた“まちの魅力アップ作戦”「せと・まるっとミュージアム」を展開しています。「せと・まるっとミュージアム」の拠点となる一つの施設が尾張瀬戸駅前に2005年2月19日にオープンしたパルティせとです。

 一番上の画像は、パルティせとのオープニングイベント風景を写したものです。画像上で踊っている子どもたちの後ろに見える建物がパルティパルティせとせとです。パルティせとは、地下2階、地上6階の建物で、地下1階と地下2階が駐車場(100台)となっており、1階、2階、6階に飲食・物販施設、1階の観光インフォメーションはじめ、3階〜5階に瀬戸市市民活動センター、瀬戸市国際センター、家庭児童相談所など行政の出先機関、大学コンソーシアムせと、アリーナ、フィットネスジム、会議室、TMO(タウンマネジメント機関)の瀬戸まちづくり株式会社など多彩に入居しています。上から3番目の画像は、パルティせとの1階部分のオープンスペースを写したものです。また、上から2番目の画像は、瀬戸川沿いの歩道からオブジェを写したものです。

 パルティせとは、中心市街地の活性化を目的とした「瀬戸川文化プロムナード計画」における中心市街地のまちづくりの一環として建設が進められました。中心市街地のまちづくりを進めるにあたって、市民参加で検討するために、駅ビル(パルティせと)検討ワーキンググループを発足させ、コンセプトや使い方などを詰めてきました。パルティせとは、尾張瀬戸駅に隣接する形で建設されましたが、尾張瀬戸駅そのものも旧尾張瀬戸駅から東へ数百メートル移動する形で2001年に改築されました。

 パルティせとのコンセプトとして、「市民の賑わいの拠点」「市民交流の拠点」「市民の学習活動の拠点」の3つを掲げています。パルティせとに入居しているなかでも、3つのコンセプトのつなぎ役となるのが“大学コンソーシアムせと”と言えます。“大学コンソーシアムせと”は、瀬戸市と近隣の高等教育機関6大学パルティせと(愛知工業大学、金城学院大学、中部大学、名古屋産業大学、名古屋学院大学、南山大学)が協働して、瀬戸地域の新しい文化活動を創成していくための組織です。ちなみにコンソーシアム(Consortium)とは、連携を意味します。

 “大学コンソーシアムせと”のこれからの取り組みには、いろいろな可能性を秘めています。パルティせとのオープニング会場では、6大学の学生たちによるフリーマーケットのブースもありました。また、パルティせと4階のマルチメディアルームでは、オープニングイベントとして「きょう、ココカラ。〜市民と大学が変革のエンジンになる〜」というシンポジウムも開催されていました。今後の取り組み事項として、「瀬戸市と近隣地域の生涯学習をサポート」「地域づくりの核として、まちづくりとイベントへの参画」「地域・企業・行政・大学のコラボレーション」「大学教育の公開とキャンパスの開放」「駅前学習拠点の整備・確立」などが挙げられています。

 上から4番目の画像は、パルティせとの5階部分から瀬戸川沿いを写したものです。ガラス越しで、なおかつ雨模様であったため、ぼやっとした画像となっていますが、瀬戸川向こうにぼんやりと見える建物が市民会館を建て直して新しく生まれ変わった“瀬戸蔵”です。また、画像上から瀬戸川沿いの道路整備がされている様子が伺えると思います。以前の視察レポート「せとものの町・瀬戸市を訪ねて(1999年8月27日)」上の一番上の石の橋の画像が、今では、上から4番目に見えるきれいな橋に変わっています。違いを画像からご覧頂けましたらと思います。さらに、これから瀬戸川を生かした快適な水辺環境の整備や緑化などが行われていきます。

 市民会館を建て直して新しく生まれ変わった“瀬戸蔵”は、2005年3月19日にオープンしたばかりで、パルティせとと並び「せパルティせとと・まるっとミュージアム」の拠点となる施設です。瀬戸蔵は、昭和34年以来、瀬戸市民に親しまれてきた市民会館の後継施設として建て直されたもので、市内はもちろん市外・県外へ瀬戸の鼓動を発信する施設となっています。瀬戸蔵には、産業歴史展示室はじめ、市民ホール、物販や飲食店舗、会議室などあり、多くの市民や観光客が集れる施設となっています。

 なかでも瀬戸蔵の目玉が、産業歴史展示室の2階部分で、せとものの大量生産で活気があった昭和30年代の瀬戸のまちが再現されています。懐かしい旧尾張瀬戸駅が再現されており、駅をくぐると昭和30年代のまちなみや当時走っていた電車「瀬戸電(せとでん)」の車両そのものが展示されています。産業歴史展示室は、せとものを創り出す人々のエネルギーがあふれていて、ものづくりのまち「瀬戸」が目の前に広がって、やきものの魅力が再発見できる施設となっています。

 最後に、瀬戸のみやげ推奨品を紹介いたします。上から5番目の画像は、パルティせとのオープニング会場で、ブースを設けて展示販売している様子を写したものです。「瀬戸みやげ推奨品制度」は、瀬戸商工会議所が主催するせと優良みやげ推奨品審査により商工業者のみなさんの商品を認定する制度で、愛・地球博をにらんで平成13年からはじまったものです。瀬戸みやげ推奨品は、食品から陶磁器まで多岐にわたっており、瀬戸商工会議所のホームページでご覧頂けます。また、愛・地球博の会場でも、開催期間中にたびたびブースを設けて販売するそうですので、会場で見かけましたら是非お買い上げ頂けましたらと思います。

 そして、愛・地球博に訪れるのと併せて、是非、今回紹介しました“パルティせと”“瀬戸蔵”はじめ、瀬戸の市街地ややきものの工房などもまわってみてはいかがでしょうか。

By Nagura

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