仙台 〜 松島界隈を訪ねて (日本・宮城)

視察日:1999年10月28日〜29日

 宮城県仙台市は、今年(1999年)、人口が100万人を超え、100万都市の仲間入りをしています。簡単に、仙台市の仙台・青葉通り歴史を紐といてみますと、慶長5年(1600年)に伊達政宗公が、宮城県北西部に位置する岩出山城から仙台に拠点を移したことから始まります。当時、この地の地名は「千代(せんだい)」であり、政宗公が青葉山に城を定めた時に、呼び方は同じですが、「仙台」と改められています。そして、青葉山に城を定めた翌年から広瀬川東方の広大な台地(現仙台市街地)の都市づくりが始まりました。当時、原野だったと思われるところが、今では、多くの方が“きれいなまち”に挙げる都市の一つになっています。400年の歴史が脈々と生き続ける城下町でもあります。

 私は、今回、初めて仙台を訪れましたが、まず感じたのが“まちがきれい”ということでした。緑も多く「杜の都」と言われる由縁も納得できました。一番上の画像は、緑鮮やかな青葉通りのケヤキ並木を写したものです。定禅寺通り、広瀬通り含め、他の都市の道路に比べ、道路部分と緑地部分のバランスといい、配置(レイアウト)、木々の高さなどが視覚的に見てもすばらしく、実際の木々以上の緑を感じさせるものがあるように感じました。景観づくりの素晴しさというかうまさを感じた次第です。

 仙台駅に昨年(1998年)3月に誕生した東北一の高さを誇るインテリジェントビル「アエル」(低層部に専門店街)、仙台朝市、駅前から伸びるクリスロード、マーブルロードおおまち、ぶらんどーむ一番町、サンモール一番町などのアーケード街、一番町買物公園、国分町通りなど市街地を歩いて来ました。道路はほぼ碁盤の目になっており、非常にわかりやすいです。常に方角がわかるため、初めてでも、迷うことはないと思います。10月29日の午前中にアーケード街を歩いたのですが、仙台・クリスロード何ともドラゴンズファンとしては悔しかったのですが、ダイエーが日本一を決めた翌日ということもあり、ダイエー仙台店ではバーゲンセールをやっており、アーケード街も賑わっていました。上から2番目の画像は、クリスロードを写したものですが、“優勝おめでとう”の垂れ幕もご覧いただけると思います。アーケード街を歩いていますと、まあどこの都市圏もそうですが、全国展開しているナショナルブランドが目につきました。名古屋では、見られないドラッグストアのマツキヨ(マツモトキヨシ)などを見ていますと、東京からの流れがかなり入り込んできている感じた次第です。東京〜仙台間は、新幹線で2時間ほどですから、ちょうど東京〜名古屋間と時間的に同じで、出張などは日帰り圏内と言えます。

 仙台市(市面積:約788平方キロメートル)は、政令都市の中で、札幌市(市面積:約1,121平方キロメートル)に次いで、市の面積の大きい都市ですが、整然とコンパクトにまとまっている市街地、また、少し歩けば、広瀬川、青葉山の原生林も広がっている自然の豊かさもあります。そして、車で少し郊外に走れば、のどかな田園風景も広がっており、本当に都市と自然の調和がとれている“まち”と言えます。

 また、今回は、観光も兼ね、奥州の一ノ宮である塩竈(しおがま)神社、伊達家の菩提寺であり奥州随一の禅寺である瑞巌寺(ずいがんじ)、芭蕉も絶賛した日本三景の一つの松島なども見てきました。松島の画像(天候は曇りでしたが)は、コラム「まちづくりに関する“講演”を行ってみて」の中で載せてありますので、よろしかったらご覧下さいませ。塩竈神社多賀城跡は、塩竈市にあり古くから国防や交易の要衝として発展してきた港町であるとともに、塩竈神社の門前町でもあり、松島への海の玄関口でもあります。瑞巌寺、松島は、木曜日(10月28日)の平日にもかかわらず、さすが観光地だけあり、観光客、修学旅行生などで込み合ったいました。ここで、宮城名産の“笹かまぼこ”を食べましたが、なかなか美味でした。

 旬な話題としては、1999年10月9日にオープンしたばかりの東北歴史博物館(宮城県多賀城市)を見てきました。東北歴史博物館は、宮城・東北の歴史・文化を学び、世界に発信することを目的としています。展示室では、旧石器時代から近現代までの東北地方の歴史が展示されており、屋外では、江戸中期の民家・今野家住宅(宮城県指定有形文化財)が移築・復元されていました。同時に、東北地方の仏像約130体を一同に集めた開館特別展「祈りのかたち」(10月9日〜11月14日)も行われていました。ぐるっと展示物を見てまわって、東北地方の遺跡の多さに改めて気づかされました。展示内容もなかなか充実しており、展示の見せ方もビジュアル的に工夫がなされており、良かったです。中でも、感心したのが、展示室と休憩などのロビーのレイアウトです。皆さん方も、美術館、博物館などに行かれると歩く導線が長いと途中で疲れていやになってしまうこともあると思います。東北歴史博物館の場合、総合展示室と特別展示室という二つの展示室の間に挟むような形で中央ロビーがレイアウトされています。展示室と中央ロビーの間には、複数の出入り口が設けられており、疲れたらいつでも中央ロビーに出てきて休憩できるようになっています。また、バリアフリー対策も施されています。

 上から3番目の画像は、宮城県多賀城市にある多賀城跡(政庁跡)を写したものです。多賀城は、神亀元年(724年)に陸奥の国府および鎮守府として置かれ、約600年もの間、東北地方の政治の中心地だったところです。奈良・平安の昔、都から国府に赴任した人々が、周辺の美しい自然を歌に詠みこんだことから、多賀城は都人たちのあこがれの地だったようです。この時代の和歌に詠まれ全国的に知られた名所は「歌枕」と呼ばれ、多賀城周辺は歌枕の多いことでも知られています。松尾芭蕉や正岡子規もこの地を訪れています。時が過ぎた現在においても、多賀城跡周辺は、豊かな自然が広がっています。上から3番目の画像の奥の方に平地部分が広がっており、この眼下に開けた眺めは、当時の多賀城から眺めた面影を十分に残しているように思います。

 今回、仙台市はじめ、仙台市近郊の観光地・市町村を回ってみまして、昔から文豪が愛した“まち”ということもあり、文学的な素地というか文学を育む心地よい雰囲気が感じられました。今では、新幹線、飛行機で、利便性がよくなり、より都心化が進んでいますが、昔ながらの文学的な雰囲気も残していって欲しいものです。いろいろな都市に行きますと、人々の歩くスピードの違いが目につきますが、仙台市の市街地における人々の歩くスピードは、ほどよく、何となくホッとしました。

 今回、宮城県(仙台〜松島)を訪ねるにあたりまして、当方のメールマガジン「地域・まちづくり情報&コラム」をお読みいただいております仙台市在住の後藤さんにご案内いただきました。最後に、紙面(ホームページ・メールマガジン上)を借りまして、お礼申し上げます。ありがとうございました。

By Nagura

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