ものづくりの心を伝える産業技術記念館 (日本・名古屋)

視察日:2000年1月29日

 “ものづくりの心”に出会える名古屋駅に程近いところ(名鉄の栄生(さこう)駅から徒歩3分)にある産業技術記念環状織機イメージ館を訪ねてきました。産業技術記念館は、1994年6月11日にトヨタグループ(トヨタ自動車、デンソー、アイシン精機、豊田自動織機、トヨタ車体、豊田工機、豊田紡織、豊田合成、豊田通商、関東自動車、愛知製鋼、東和不動産、豊田中央研究所)が、次代を担う若い人達に「ものづくり」とそれに必要な「研究と創造」の大切さや素晴しさを伝えるために設立されたものです。
 現在、産業技術記念館が建っているこの地は、トヨタグループの創業者の豊田佐吉が、自動織機開発のための実験工場として、明治44年に「豊田自働織布工場」を開設したところです。言わば、トヨタグループ発祥の記念すべき場所です。産業技術記念館の館内は後ほど説明しますが、建物そのものも当時(大正時代)の赤レンガの工場建屋がそのまま残されてきたことから、それらを貴重な産業遺産として保存するとともに産業技術記念館として活用されています。また、産業技術記念館が開設された1994年6月11日は、トヨタ自動車の創業者の豊田喜一郎(豊田佐吉の長男)生誕100周年にあたります。豊田佐吉が自動織機を発明して、その息子が自動車作りに乗り出し、現在のトヨタグループの形成にいたっています。

 それでは、館内の説明に移ります。大きく分けて「繊維機械館」「自動車館」「テクノランド」の3つのコーナーからなっており、その他、付帯施設として、ミュージアムショップ、レストラン、大ホール、図書館、ビデオライブラリーなどがあります。
 繊維機械館では、人類が発明した最も古い技術のひとつ“糸を紡(つむ)ぐ、布を織る”という作業を人間の手から道具に変わり、そして、機械へ、さらに自動化・高速化への流れが紹介されています。200年前のイギリス産業革命時代足踏み織機イメージに発明された紡績機械、明治の初め臥雲辰到(がうんときむね)が発明したガラ紡機、豊田佐吉が発明した自動織機、そして、現在の全工程が自動化された最新鋭の全自動紡績システムなどが展示されています。それも、展示されている機械を実際にオペレーターの方が動かしてくれます。上から2番目の画像は、オペレーターの女性が足踏み式の織機を動かしているところを写したものです。その他、ガラ紡機の実際に動いている状態を見ましたが、名前のとおり、ガラガラという音が耳に残りました。また、最新鋭のコンピュータ制御の機械の動きも見ましたが、見事なものでした。
 少し“糸を紡(つむ)ぐ、布を織る”という基本作業を紹介します。“糸を紡(つむ)ぐ”作業は、繊維のかたまりから繊維を引きのばし、のばした繊維に“より”をかけて糸にし、糸巻に巻取るというものです。“布を織る”作業は、縦糸を上下に広げ、広げた間に横糸を入れて、横糸を糸と織物の境まで押し込むという作業を繰り返すものです。“布を織る”作業は、上から2番目の画像の足踏み式の織機の動きを見ておりますとよくわかります。また、一番上の画像は、エントランスロビーに展示してあります豊田佐吉が発明した“環状織機”を写したものです。1914年に製造されたもので、立体的に布が織られる独創的な織機です。

 自動車館は、最も人気もあり、トヨタ自動車最初の乗用車AA型(上から3番目の画像)から代表的な車の展示とともに、“走る”“曲がる”“止まる”仕組みがわかりやすく解説されています。中でも、トヨタ自動車の最初の工場(現在の愛知県豊田市にある本社工場)の組み立て・鍛造・鋳造・機械加工などの各工程を当時のまま再現されており、なかなか興味深かったです。見ていると、1930年代の1台1台手作業AA型乗用車イメージで車づくりがされていた様子が伝わってきます。
 テクノランドは、いろいろな機械に使われている原理や仕組みを楽しく体験しながら理解できるアミューズメント空間になっています。展示内容は、「力の伝達」「力の作用」「力の変化」「エレクトロニクスと制御」「構造」の5つのテーマからなっており、たくさんのゲーム機や体験装置が並んでいます。
 その他、図書室は、自動車や繊維を中心に産業、技術に関する約4万冊(児童図書も1,900冊)の書籍が所蔵されており、ビデオライブラリーでは、ものづくりに関わる約250点もの映像資料があり、ゆっくりと見ることができます。

 発明家、企業家として日本の産業革命の立役者と言える豊田佐吉の生い立ちについて、少し記載します。豊田佐吉は、慶応3年(1867年)に静岡県吉津村(現在の湖西市)に生まれ、家業は大工で、母親が機を織って生計を助けていました。大工仕事を佐吉が手伝う機会があったこと、母親の手機に接したことが、後年の自動織機の発明に結びついたようです。そして、佐吉の発明への情熱をかきたてた動機には、母の機を織る手を少しでも楽にしてあげたいという「家族愛」、当時の郷里の貧困をみるにつけ、何とか救いたいという「郷土愛」、欧米列強にはさまれ苦吟していた当時の日本を堂々と国際社会に伍していける国にしたいという「祖国愛」の3つがあったようです。企業家という面でみていきますと、佐吉のモットーは「労働」「感謝」「奉仕」の3語であったと言われています。“「労働」は、人間に尊い義務であり、たえず国や社会、従業員に「感謝」しつつ、仕事を通じて社会に「奉仕」することである。そして、事業で収益をあげ、多くの人にまた社会に利益を分かつ”これが佐吉の仕事に対する基本姿勢であったようです。
 現在のトヨタグループの中核は、繊維から自動車に移っており、豊田家という枠を越え、グローバルな企業になっています。どの業界を見ても、企業が大きくなればなるほど、創業家との兼ね合いが浮上してきますが、トヨタの場合、そのあたりのバランスはうまくいっているように思います。豊田家には、“一代一創業”という伝統があり、現在も脈々と伝わっているようです。初代の佐吉が自動織機を発明し、2代目の喜一郎が自動車産業に進出、3代目の章一郎が住宅事業を起こしています。そして、4代目のGMとの合弁会社「NUMMI」の副社長である章男が、ネット事業の「Gazoo(ガズー)」を1998年に立ち上げています。立ち上げ当初は、「プリンスがわけのわからない商売を始めた」といぶかう声もあったそうですが、急成長を遂げ、わずか2年で事業部にスピード昇格しています。アメリカでは、自動車業界におけるネット企業との提携が進んでいますが、これからの「Gazoo(ガズー)」事業の展開に注目したいものです。これらを見ましても、現在の事業の枠組みの中で物事をとらえない豊田家の伝統は生き続けているようです。

 今回、1時間ほど館内を見て回りましたが、展示面積が10,750平方メートル(敷地面積:41,600平方メートル)と広く、サラリーマン時代に機械設計に携わっていたこともあり、もう少しじっくりと見たかったという気持ちが残りました。最近の製品は、ブラックボックス化しており、中身がどうなっているかわからないだけに、このような施設で、ものづくりの仕組みに触れることは良いことだと思います。ここには、子供たちや学生などが学校単位(社会見学・修学旅行など)でも訪れており、ものづくりの実体験の場としても活用されています。また、この施設をつくったトヨタグループ各社においても、生産現場における“ものづくり”の品質を守る技術の伝承が再認識されており、力を入れてきています。お近くの方、または名古屋にお越しの方は、産業技術記念館に一度足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

 今回、産業技術記念館内を館長の間瀬裕士氏にご案内いただきました。最後に、紙面(ホームページ・メールマガジン上)を借りまして、お礼申し上げます。ありがとうございました。

By Nagura

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