複合施設・博多リバレイン (日本・福岡)

視察日:1999年7月17日

 博多リバレインは、福岡県博多に今年(1999年)3月6日にオープンした複合施設です。博多リバレインは、リバ博多リバレイン・空中庭園ーサイト、ホテルサイト、イーストサイトの3つの建物から構成されています。メインのリバーサイトには、ブティックなどを集めた「スーパーブランドシティ」、空中庭園の「アトリウムガーデン」、福岡アジア美術館、レストラン街などが入っています。ホテルサイトには、「ホテルオークラ福岡」、イーストサイトには、本格的な歌舞伎劇場に対応した「博多座」が入っています。

 博多リバレインは、博多川に面した一般的に博多部と呼ばれる地域にあります。地下鉄の中州川端駅と地下でつながっています。福岡空港から地下鉄に乗れば10分ほど来ることができるたいへん便利な立地にあります。ここから少し歩いて那珂川を渡れば、今や福岡の中心部とも言える大型店が集積している天神です。天神に人の流れが変わってしまった状況を呼び戻そうという博多部復興の起爆剤として博多リバレインが期待されています。3月6日にオープンして3月末までに予想を上回る111万5千人が訪れたということですから、なかなか順調なスタートを切ったと言えます。私が行った日は、あいにくの大雨で、7月15日に博多祇園山笠の祭が終わったばかりということもあり、けっこう空いていました。地元の人というより、観光客風の人の方が目につきました。大雨でも、観光で来た以上は、しっかりと見て買い物していくということでしょうか。どちらかと言うと、私もそれに近い立場ですが・・・。

 博多部についてもう少し説明を加えますと、博多部と呼ばれる地域は、東西が那珂川と御笠川に挟まれ、南北が博多港から祇園までの総計約244ヘクスーパーブランドシティタールの部分を指します。ここは、400年以上前から商人の町として長らく栄えてきたところです。博多っ子の血を熱くさせる博多祇園山笠で有名な博多部の商業の中心となっているところが、川端商店街です。「山笠のあるけん、博多たい」という心意気で、天神に出ることなくここで商売されていらっしゃる方も多いです。川端商店街は、一時期、人の流れが天神に変わってしまい、衰退の一途をたどっていましたが、1996年4月にオープンしたキャナルシティの相乗効果により賑わいが戻ってきています。キャナルシティーの最寄り駅の地下鉄の中州川端駅からキャナルシティーに行くには、川端商店街を抜けていくのが近く人通りが戻ってきた次第です。細かく見ていきますとキャナルシティーは、博多部ではありませんが、川端商店街と遊歩道でつながっており、ほとんど一体となっています。川端商店街の南の端に隣接してキャナルシティーがあり、そして今春オープンした博多リバレインが北の端で川端商店街とつながっています。回遊ルートができて、面的な広がりが出てきて、天神地区に対抗するだけの魅力が備わりつつあります。地元では、博多リバレインのオープンに合わせ、イベントなどを企画する「博多水都モール協議会」を立ち上げています。ちなみに水都は“すいとう”と読みます。博多弁の「好いとう」(好き)をもじっています。博多部と天神との顧客の奪い合いが活発になってきていますが、博多部は長い歴史の中で培われた“文化面”を如何に今の時代にマッチしたように出していくかにかかっているように思います。天神と博多部の関係を名古屋で例えますと、繁華街の「栄」とその隣に位置する伝統ある「大須」と言ったところでしょうか。(福岡市にするか博多市にするかで博多リバレイン争ったこともあり根はもっと深いと思いますが)

 一番上の画像は、リバーサイトの5階〜8階を占める空中庭園の「アトリウムガーデン」を写したものです。アトリウムガーデンは、高さ22メートル、広さ約3,000平方メートルある開放的な空間が広がっており、「風の丘」と呼ばれる芝生広場、木製のデッキなどが配置されています。また、デッキと連続して設けられたテラスからは、博多川を眺めることができます。イメージ的に近いのが札幌の「サッポロファクトリー」といったところでしょうか。画像の右上に見える絵画が掛かっているところに、福岡アジア美術館が入っています。

 上から2番目の画像は、「スーパーブランドシティ」のフロアを写したものです。スーパーブランドシティは、リバーサイトの地下2階〜地上4階に広がっており「ルイ・ヴィトン」「グッチ」など約70に及ぶ世界の一流ブランドショップが入っています。また、上から3番目の画像は、川端商店街側にある「スーパーブランドシティ」の入り口・外観部分を写したものです。

 上から4番目の画像は、山笠のフィナーレを飾る「追い山」の日、7月15日に廃業した老舗百貨店「福岡玉屋」の外観を写したものです。私が行った日が17日ですから、ほんの2日前に閉じたことになります。玉屋は、大正14年(1925年)に開業し、赤いバラの包装紙をトレードマークに九州の百貨店トップの座を長く続けていましたが、創業以来74年という歴史の幕を閉じました。天神地区における福岡三越の進出、岩田屋、博多大丸の増床など激戦の中、取り残された形になった福岡玉屋は、博多リバレインに入ることで生き残りを模索しようとしましたが、結果的に入玉屋らぬまま店じまいしました。メーンテナントとなるはずだった福岡玉屋が辞退したことの解決策として考え出されたのが、先程紹介しました一流ブランドショップの集積「スーパーブランドシティ」です。福岡玉屋は、現在商業テナントと折衝中のようで、貸しビル業としての新たなスタートを模索しています。

 時間消費型と言える「キャナルシティー」、昔ながらの心地よい雰囲気が残る「川端商店街」、大人の雰囲気というかおしゃれな感じが漂う「博多リバレイン」、3者3様にそれぞれ特徴があり、うまく回遊性を作り出せば、雑然としたおもしろさが生まれてくるのではないか思います。それが、博多部の新しい“文化”を作り出していくものと思います。また、この3者が入っている「博多水都モール協議会」の協力体制づくり、役割がポイントになってくるように思います。

 福岡・博多は、九州地区における拠点都市という位置付けとともに、アジアの中核都市としても脚光を浴びてきています。常に変化があり、まだまだ、目が離せない地域です。

By Nagura

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