元気な大須商店街を訪ねて(日本・愛知)

視察日:2010年10月17日、11月14日、2011年3月26日

 名古屋の元気な商店街の大須商店街を訪ねてきました。今回、大須商店街で長年にわたって携わってきている大須のにぎわいの仕掛人でもある石原基次さちんどん屋んにご案内いただきました。石原さんは、さまざまな顔を持っており、大須案内人としても活躍しています。大須案内人は、大須商店街連盟が、新天地通と東仁王門通が交わる、大きな「まねき猫」が鎮座するふれあい広場のアーケードが完成したのに合わせ、大須の魅力をわかりやすく伝える役割として2010年3月に誕生しました。

 大須案内人は、大須商店街連盟が実施した「大須検定」で優秀な成績を収めた、いわば「エキスパート」ばかりです。地域に関する文化や歴史などの知識を測るための試験・大須検定のようなご当地検定は、全国各地に見られますが、その多くは商工会議所や地方自治体が主催しており、大須のように商店街が自ら取り組んでいるのは珍しいと言えます。

 大須案内人は、週末になると、オリジナルのおそろいの法被(はっぴ)に身を包んだメンバーたちが商店街を歩き、店を探している人や道に迷っている人たちに積極的に声をかけて案内をしています。「味噌カツの美味しい店は?」などよく聞かれるそうです。大須案内人は、現在15名ほどおり、毎週土曜日と日曜日の午後1時から4時半まで(2010年11月現在)商店街内を練り歩き、お店や名所を案内しています。今回、大須案内人でもある石原さんにご案内いただきましたとっておきの大須、何度も大須商店街に行って人にとっても、知っているようで知らない大須の名所の数々も追って紹介していきます。

 上から3番目の画像は、石原さんからご説明いただいている店先の大須みやげコーナーを写したものです。大須案内人として石原さんが活動する中で、大須の土産や名物を求めている人が多かったそうです。生まれも育大須観音ちも大須の石原さんにとっても「どんな土産物があって、何を紹介すればいいのか」困ることが多かったそうです。そこで、冒頭で石原さんはさまざま顔を持っていると述べましたが、このような状況を踏まえ、石原さん自ら2010年7月に「大須みやげカンパニー」を設立しました。

 大須みやげカンパニーは、埋もれた大須みやげや大須名物の発掘・発信はじめ、販売促進、店の逸品と大須ブランド商品の企画、店づくりに関するコンサルティングを主な事業としています。まさに“大須商店街のお店のサポーター”として動いています。大須みやげと大須名物の基準になるのは、「お客様目線で見て“大須のみやげ、名物にふさわしいか”」というシンプルなもので、店で食べられるものを“名物”として、持ち帰れるものを“みやげ”としています。今ある既存の名物、みやげだけでなく、Tシャツ、絵ハガキ、タンブラー、赤ふんどしなど大須みやげカンパニー独自のみやげも生まれています。上から3番目の画像上で、白いTシャツと赤ふんどしがご覧いただけると思います。ちなみに、赤ふんどしは、大須案内人が「ふんどしを売っている店を教えて欲しい」と聞かれたのがきっかけでつくったそうです。

 それでは、大須案内人の石原さんにご案内いただきました中でも、とっておきのポイントを少し紹介していきます。今回は、異業種交流会のメンバー8名ほどで行きましたが、そのほとんどが何回も大須商店街に来ている方でしたので、今回、お店やB級グルメなどはさらっと紹介してもらって、あまり知らない人が多いだろうと思われる歴史や文化に焦点をあててご案内いただきました。

 上から4番目の画像は、紙張地蔵尊を写したものです。紙張地蔵尊は、西赤門通り沿いに立つ陽秀院というお寺の境内にあります。陽秀院は大須みやげ、300年以上前の寛永初年に清洲から移築されて、昭和20年の大空襲で地蔵堂は戦災で失われてしまいましたが、紙張る地蔵は、その脇に立つお地蔵様が身代わりになって、災禍を免れたと言われています。

 紙張地蔵尊は、陽秀院の小さな山門をくぐると、すぐ左手にあり、上から4番目の画像に見られるように、全身に白い紙が張られたお地蔵さんです。お地蔵さんの横にある2枚10円の白い紙を自分の体の悪いところと同じ場所に張るとご利益があると言われています。私も10円入れて、2枚の紙を水に濡らして紙張地蔵尊に張って、柄杓(ひしゃく)で水を汲んで紙張地蔵尊にかけてお願いしてきました。あまり目立たない場所にあるため、普段はひっそりとしているそうですが、毎月28日には多くの参詣客で賑わうそうです。

 上から5番目の画像は、大須商店街エリア内にある「那古野山古墳(なごのやまこふん)」を写したものです。大須商店街のエリアに古墳があるのをご存知でしょうか。場所は、ちょうど大須演芸場の裏にあたり、三方をビルで囲まれているので近くまで行かないと古墳ということに気づきにくい場所にあります。那古野山古墳は、大須古墳群のうちの一つで5世紀中〜後半に造営されたと考えられています。那古野山古墳は、もともとは前方後円墳でしたが、江戸時代に禅寺・清寿院の庭園が造営される際に、前方部は取り壊されました。上から5番目の画像の小高い山のように見えるところは、前方後円墳の後円部とされる部分で、直径22メートル、高さ3メートルあります。

 あと、大須の万松寺は有名ですが、万松寺の奥にある細い地下道をくぐったことがあるでしょうか。私自身もこれまで大須商店街を訪ね、何回となく万松寺の前の通りを通っておりますが、細い地下道を潜って、「奥の院」まで行ったのは初紙張地蔵尊めてでした。「奥の院」には、織田信長の父の織田信秀の墓碑があります。織田信秀の葬儀はここ万松寺で300人を数える役僧の中で静粛にとり行われたそうです。喪主である信長は、参列の時に姿はなく、焼香の時に日頃の乱暴者の姿で突然あらわれ、焼香にあたって抹香を大きく手ずかみするといきなり信秀公の位牌に投げ付けたという有名な「焼香事件」はここで起きました。

 あと、残りの画像も紹介していきます。上から2番目の画像は、大須の要(かなめ)であるメジャーな大須観音を写したものです。大須のにぎわいというか盛り場は、この大須観音を中心とする門前町として形成されてきました。参拝客目当ての土産物屋、掛茶屋が次第に盛り場になり、そして商店街として広がり現在に至っています。大須観音は「観音さん」と親しみをもって呼ばれており、老若男女問わず参詣に訪れています。

 一番上の画像は、石原さんのご案内とは別の日に行った大須大道町人祭の際に商店街を練り歩いていたちんどん屋を写したものです。第33回の大須大道町人祭は、2010年10月16日と17日に開催され、前夜祭も含めると3日間あり、石原さんもスタッフとして忙しく動き回っていたそうです。大須大道町人祭は、大須商店街の町人による手作りのお祭りで、運営は、大須を愛する町人と大勢のボランティアが力を合わせて行っています。

 大須大道町人祭は、毎年全国から大勢の芸人さんが集まり、商店街のあちこちで路上や境内を舞台にして多種多様な芸を披露しています。金粉を身体に塗りつけてダンスを行うパフォーマンスの“金粉ショー”は人だかりで大人気です。また、絢爛豪華な「おいらん道中」が商店街を古墳練り歩きます。観客も期間中で約30〜40万人を動員する大須商店街で一番の大きなお祭りとなっています。大須大道町人祭は、1978年(昭和53年)に第1回目を開催し、それ以来30回を超える、なくてはならないお祭りになっています。

 少し1978年(昭和53年)に第1回目が行われた大須大道町人祭の1970年代を振り返ってみたいと思います。今でこそ、大須商店街は全国的にみても元気な商店街と言われていますが、この大須商店街でさえ、どん底の時代がありました。そのどん底から這い上がった原動力の一つが大須大道町人祭でもあります。全国的に1970年代以降、積極的に推進された郊外への住宅開発、そして自家用車の普及など商店街取り巻く環境は変貌し、郊外に大型スーパーができるなど中心市街地の空洞化が始まっていきます。御多分に漏れず、1970年代に入って、全国的に見られたように、大須商店街も一時のにぎわいがなくなっていく時があり、そのような中、危機感をもって商店主たちが話し合って、その中で生まれてきたのが大須大道町人祭です。

 最後に食の話題で締めくくりたいと思います。石原さんに大須商店街界隈をご案内いただいた後に、「田子作(たごさく)」で石原さんを囲んで昼食兼ね昼間から一杯飲みながら懇親会を行いました。田子作は、大須の裏通りにある老舗の大衆食堂で、昔ながらの年季が感じられ、ほっと落ち着きます。カウンターには、お惣菜やおでんなどが並んでおり、おでんを食べながら一杯やりながらまちづくり談義をした次第です。

 また、別の日には、仲間うちで「中国食房 咲咲(ちゅうごくしょくぼう さくさく)」で中国料理と中国酒の紹興酒を堪能してきました。カメに入った5リットルの紹興酒を皆で頼んで、いろいろな飲み方を堪能しました。今まで紹興酒は暖かいのしか飲んだことがなく、これまでそれほどうまいと感じたことがなかったのですが、冷えた状態でストレートで飲んでみるとこんなに美味しいものと感心した次第です。その他、水割りの紹興酒、ロックの紹興酒など堪能しました。

 その他、大須は食べ歩きのファストフードの宝庫で、商店街を歩くとあちこちにあります。また、最近流行りのご当地アイドルも大須に誕生しています。大須を拠点に活動するご当地アイドルユニット「OSU(オーエスユー)」で、アーケードのふれあい広場でライブ等しています。全国に見られるように、一度は落ち込んだこともある大須商店街ですが、商店主の心意気で再びにぎわいを取り戻し、さらに、大須を愛する応援団的な人々を巻き込んで、さらに雑多な魅力を増しつつあります。いろいろな顔があり、いろいろな楽しみ方ができる大須商店街を皆さんも訪ねてはいかがでしょうか。

By Nagura

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