越前大野城下町 (日本・福井)

視察日:1998年6月25日

 大野市は、周囲を1000m級の山々に囲まれた福井県の東部にあり、戦国時代から城下町として栄えてきた歴史ある町です。現在の人口は、4万2千人ほどです。福井駅からJR越美北線を使えば50分ほどで越前大野駅に着きます。大野城下町イメージ
 ここ大野は、戦国時代に織田信長によって平定され、織田の武将である金森長近によって統治されたところです。金森長近は、越前大野城を築くとともに、京都に模した城下町をつくりました。これが現市街地の起源となっており、以後400余年間大野は奥越の中心地として栄えてきています。

 北陸の小京都と呼ばれているだけあり、碁盤の目状に整備された町並み、寺が整然と並ぶ細い路地、400年以上も続く老舗の軒など眺めていますと歴史の重みというか風情が感じられます。

 行った日は平日の夕方で、ほとんど観光客はいませんでしたが、逆に日頃の地元の人達の生活を垣間見ることができました。道路上には観光バスの一時停車するスペースも用意されており、週末にはさぞかし観光客で賑わうことと思います。

 上の写真が七間通りでして、午前中に来れば道路上に露天が出て、賑わっていたことと思います。ここ七間通りは、400年余の歴史をもつ伝統の「七間朝市」が開かれることで有名です。ちなみに七間朝市は、春分の日から大晦日(12月末)までの毎日、午前7時から11時30分ころまで開かれています。近郊の農家のおばちゃんたちが、自分で作った自慢の野菜や花などをところせましと並べているようです。また、大野の味覚の代表選手は「里芋」だそうです。
 また一風変わって、趣があるのが寺町通りです。中央の写真を見ていただきますとわかりますが、お寺がずらっと並んでおり、まさに昔にタイムスリップしたような感じです。大野城下町イメージ
 週末には、観光客を乗せた人力車がここを走ります。まさに郷愁あふれる人力車が自然に溶け込むような城下町の風景です。
 人力車は、ここ大野観光の目玉となっており、平成8年から登場しました。越前こぶし組による人力車は、週末と祝日(期間は春分の日〜11月末)のみ運行されています。

 昨今、まちづくりというと観光客向けに重点をおいた見せるための町並みをきれいにする景観整備をする町が多い中、ここ大野市は、地元の人達の日々の生活において生きていく上での自然な環境づくりも同時に行われているような印象を受けました。ここの町で暮らしている人達の生活感が感じられた次第です。
 ここ大野の町を歩いていますと、すべてが城下町風に整然と整備されているというわけではありませんが、逆にすべて整然と整備されてしまうと、地元の人々には暮らしにくい町になってしまうことと思います。「観光」と「日々の生活」のほどよいバランスが感じられ、ここ大野市の城下町風の街づくりは、今ぐらいの進め方が一番いいように感じました。

 週末は観光客であふれる七間通りも、平日は地元の人たちが自転車などで買い物にきています。下の写真の城下町風の造りの店は、食品スーパーなのですが、店の前には買い物にきた人の自転車がかなり並んでいました。地元の人たちが、普段から気軽に地元の商店を利用している姿が少し伺えました。
 また、ここ大野市は周りを山に囲大野城下町イメージまれ、近隣に人口密集地もないため、郊外に大型店の進出が容易でないのも幸いしています。古き良き時代の日本の風景を残しているところでもあります。
 人情的にも、私が城下町の街並みをのんびりと歩いていると、下校途中の小学生の女の子が「こんにちわ」と声をかけてきました。それも自然に言葉が出てきたという感じでした。すがすがしい思いが残りました。

 福井駅から越前大野駅へは、JR越美北線を使っていったのですが、車両は1両で、そのほとんどの駅が無人駅でした。よくバスで見られるような整理券を取り、電光掲示板に赤い数字で料金が示されているワンマンです。また、車内には、よく学校で使われているようなゴミ箱も設置してありました。ローカル線ならではの心地よさが感じられました。
 車窓からの眺めは、四方すべて山に囲まれている風景が広がり、田んぼ、畑が広がった向こうには山々が見え、また山が迫ってきたりと本当に山また山という感じでした。

 大野市では、まちづくりに向けた教育への取り組みも行われています。幕末に全国から多くの学びの徒が集まった大野藩校「明倫館」の現代版として「大野明倫館」が1998年6月27日に開校しました。私が大野市を見に行った翌々日のことでした。
 「大野明倫館」は、大野市内外から受講生を受け入れ、環境とまちづくりの2学科で3年間にわたり実学を学んでいこうというものです。大野明倫館の実行委員長の南部友子さんは「全員が卒業後、明倫館での経験を元に、各地で住民パワーとなり市政を動かすことを期待します」と話しています。

 観光客はたくさん訪れるようになっても、地元住民にとっては決して便利な町にはなっていないというところが多い中、大野城下町からは、地元の人たちが今現在生きているという吐息が感じられました。
 訪れる観光客は、単なる作り物のきれいな町並みを見に来るのはなく、そこで生活している雰囲気を味わいに来ています。そしてそういうところに共感を覚えるのではないでしょうか。きれいに整備すれば観光客は増えるという考え方は今後変えていかなければいけないでしょう。

 地元住民が生きるための環境と観光客が見るための観光の両方が重なるようなバランスのとれた町が増えていって欲しいものです。「見る」ための「景観整備」から「生きる」ための「環境整備」へ転換を図っていく時を迎えています。

By Nagura

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