伝馬通商店街・康生通岡崎中心街界隈 (日本・愛知)

視察日:1998年12月27日

 今、全国各地の商店街で空き店舗が問題となっており、商店街の連続性が失われ、さびれた印象が広がっています。商店街及び自治体などは、中心市街地の空洞化で頭を悩ませているところが多いことと思います。今回、全国平均より空き店舗率が上回っている愛知県岡崎岡崎中心街イメージ市の空き店舗を利用した商店街の活性化事業を見て参りました。

 岡崎市(人口約32万3千人)中心部の5商店街における1997年9月時点の空き店舗率は13.8%と全国平均の9.3%(1997年)を大きく上回っています。全国各地の事情と同様に、郊外にダイエーのハイパーマート岡崎店、ジャスコ岡崎南店(2000年4月に西武百貨店が同敷地内にオープンし、ジャスコと西武百貨店の初の共同出店となるイオン岡崎ショッピングセンターに生まれ変わります)などの大型スーパーが進出してきていることも大きく影響はしていますが、根本にはかつて岡崎は西三河地区における商業の中心地だったということも空き店舗率の高さに拍車をかけているように思えます。
 かつて、岡崎市中心街の商業集積地区は、私の住んでいる安城市、豊田市などの近隣市町村からの流入客も多く、かなりの吸引力があり、にぎわいを見せていました。当時は、大型スーパーの郊外進出も少なく、百貨店に行こうと思うと名古屋に出るか岡崎に出るかという状態でした。それが今では安城近郊には、ザ・モール安城、イトーヨーカ堂安城店ギャラリエ・アピタ知立店などの大型スーパーが乱立し、十分地元での買い物が成立しています。また、豊田市(人口約33万5千人)においてはトヨタ自動車の発展とともに、もっと飛躍的に都市化が進んでいます。一昔前までは、豊田市は、車が多いのにも関わらず道路も狭く迷路のようで、中心市街地もはっきりしないような田舎というイメージそのものでしたが、豊田そごう(売上は芳ばしくないようですが)の進出などにより豊田市駅前も整備され、道路も広く機能的になってきており、今や中核都市として堂々たる風格をもちつつあります。

 そんな状況の中、岡崎市では、岡崎商工会議所が音頭をとり、商店街等活性化先進事業として、都市の魅力づくり、集客力の回復と復権を目的に空き店舗を活用して新しいコンセプトで街づくりを目指す事業(3,300万円の事業費のうち3,000万円を国、県、市からの補助金でまかなっている)を行っています。
 「ふれあい、にぎわい、笑顔のみえる街」をテーマに城下町ら岡崎中心街イメージしさと現代の感性を創造する店舗づくりがなされています。1998年10月10日から1999年3月22日までの時限イベントという形で行われおり、現在空き店舗5カ所を活用して、インターネット体験のできる「情報ふれあい館」、若い芸術家の作品を展示販売する「あーとすぺーす館」、花火・石工など地場産業の実演販売する「匠の館」、若者の商業体験の場・チャレンジショップの「商い館」、キャビック(刑務所)作品、市内特産品などを販売する「逸品館」が展開されています。
 5つの各店舗には、壱号館から伍号館まで番号が付けられており、入り口には統一シンボルの「未来城下町」と描かれたのれんが掛けられています。中央の画像は、四号館の「逸品館」の外観を写したものです。未来城下町と描かれたのれんと「よっとくれん!」という三河弁とともに、年末に行ったこともあり正月も近く、のれんの所にしめ縄が飾られている様子も伺えると思います。実際に弐号館の「匠の館」では、しめ縄をつくっている様子が実演されているとともに販売されていました。また、この5つのおもしろ館は、中心街にある商店街にほぼ各一つずつ(康生商店街からは2店)割り振りされており、十分歩ける距離なのですが点々としており、スタンプラリーの催しなどで歩いてもらい回遊性を高める工夫もされています。
 各店すべて見てきましたが、参号館のインターネット体験のできる「情報ふれあい館」は、人気もあり中心街に一番近いということもあってか、かなり予約も入っている様子で込み合っていました。しかし、この日は、中心街から遠くに歩いていくに従い、人通りも少なく、店内には数名お客さんがいる程度の状態のところが多かったです。先程述べました四号館の「逸品館」は、中心街からは一番遠く、伝馬商店街の中にありますが、逸品館という名前だけあり、良い品物がかなりお得に販売されており、一見の価値はあります。実際に店内にいらした方々を見ていましても、じっくりと品定めというかご覧になっている様子が伺えました。
 「情報ふれあい館」にいらっしゃいました岡崎商工会議所の柴田さんにいろいろと説明していただくとともに、伺ったところ岡崎市民の方が多く利用されており、壱号館の「あーとすぺーす館」と四号館の「逸品館」は99年3月以降も活用していくとのことです。また、この未来城下町の活動は、インターネットでも全国に発信されており、来場者の声などもホームページ上で紹介されています。興味のございます方は、私のホームページ上の“まちづくり”関連のホームページのリンク集において未来城下町を紹介してありますので、ご覧いただけたらと思います。全館オープンしているのは1999年3岡崎中心街イメージ月までですが、皆様方も一度岡崎未来城下町に足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

 四号館「逸品館」のある伝馬通商店街は、徳川家康の生誕地でもある岡崎城下に広がっています。昔は東海道の宿場町として、東海道五十三次の中で3番目に栄えたと言われるほどのにぎわいだったようです。当時は160数軒の東西の本陣、脇本陣、旅籠が軒を連ね、参勤交代の諸侯、朝鮮通信使、お茶壷道中など多くの人々や、東西の物資の主な流通を賄える機能を備え、江戸時代の文献によると規模の大きい重要な宿場であったと考えられています。
 現在の伝馬通商店街を歩いてみますと、店舗も点々としており商業密度は低く、商店街というイメージは乏しいものになってきていますが、全国各地の同様の他の商店街とは違った意味での力強さも感じられます。江戸時代からの伝統という意味合いもありますが、ここ伝馬通商店街は早くから百貨店、大型量販店などの出現による顧客流出が起こっており、現在残っている店舗は試練に耐え抜いてきた体力の強い店舗といえます。通りを歩いていましても、個店というよりも自力で集客も可能と思われるような店舗が目につきます。また、伝馬通商店街では、東海道宿場町「石像モニュメント」のハード事業の他に年2回「伝馬寄席」のソフト事業にも意欲的に取り組んでいます。伝馬通商店街は、その土地に代々伝わる文化・歴史を発掘するとともに、新たなページを作り出しています。

 未来城下町を見にいくのに併せて、中心街にある名鉄メルサ(昔はサンリバー)、松坂屋、シビコ、セルビなども見て参りました。ゆっくりとこの界隈を歩いたのは、10数年ぶりのような感じがいたします。シビコには以前、ジャスコが入っていたのですが、現在はジャスコは撤退して専門店ビルになっています。新しく店舗として入った100円ショップのダイソーは、若い女性でけっこう込んでいました。シビコの裏にあるセルビ(専門店ビル)は、2階部分は休業中(空き店舗)でガラッとしており寂しい限りでした。たしか中学か高校の頃だったと思いますが、セルビで行われた歌手の河合奈保子さんのサイン&握手会(今では知っている人も少ないかも知れませんがデビュー当時の全国キャンペーンの時)に行って行列に並んだあの活気があった頃が思い出されました。
 そんな中でも、活気が感じられたのが松坂屋でした。若者は、シビコ、メルサに流れており少ないのですが、ファミリー客、40歳以上と思われるお客さんがけっこう訪れていました。やはり、愛知県ならではの“松坂屋”というネームバリューが効いているのでしょうか。あと、昔の雰囲気を残しているところと言えば、上から3番目の画像に写っているシビコ前の広場でしょうか。樹木のみは大きく育っていますが、ほとんど変わっていないような気がします。大学時代、徹夜のジャスコの店内改装のバイトの休憩時などに、この広場でよく寝転がって休んだものです。変わったところを挙げますと、康生通にあったゴジラやモスラなどをやっていた東宝の映画館が、喫茶店のコメダ珈琲になっていました。

 最後に、岡崎情報を載せておきます。1998年12月に一番カルビ岡崎店がJR岡崎駅近く(岡崎刈谷線と岡崎幸田線交差点角:JR岡崎駅から名鉄東岡崎駅に向かって走って2つ目の信号角)にオープンしました。私は、実際に豊川店と豊橋花田店の一番カルビで食べたことがありますが、一番商品のカルビはじめ軟骨、石焼ビビンバなどなかなかいい味です。
 また、岡崎市は2001年度末をめどにJR岡崎駅東部の区画整理事業「岡崎市シビックコア」の中核となる市民交流施設の建設を決めています。法務局や検察庁、税務署など国の出先機関が入居する7階建て庁舎、市の行政窓口・市民の交流機能などを併設する5階建ての「シビックセンター」の他、共同の駐車場、ショッピングモール、広場なども整備され、地域ににぎわいをもたらす拠点とする構想です。

 今回見てきました空き店舗の活用は、岡崎中心街の商店街に買い物客を呼び戻す“きっかけ”づくりの始まりと言えます。よりいっそう訪れたお客さんに「ちょっとぶらぶらしてみようかな」と思わせるようなまちづくりを進めていってもらいたいものです。

By Nagura

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