能登半島の玄関口の七尾港の
七尾フィッシャーマンズ・ワーフ能登食祭市場
を訪ねて
(日本・石川)

視察日:2011年10月14日

 石川県七尾市(人口58,144人、21,866世帯、面積318.02平方キロメートル:平成23年12月末日現在)にある「七尾フィッシャ七尾フィッシャーマンズワーフーマンズ・ワーフ能登食祭市場」を訪ねてきました。七尾フィッシャーマンズ・ワーフ能登食祭市場は、北陸地方の中央付近から日本海へ北へ向けて突き出した能登半島の港の玄関口と言える七尾港に隣接して建っています。ちなみに、「フィッシャーマンズ・ワーフ」とは直訳すると「漁師の波止場」となります。

 七尾港は、天然の良港として古くから栄えてきた能登半島最大の漁港で、七尾フィッシャーマンズ・ワーフ能登食祭市場では、氷の上でピチピチとした朝どれの新鮮な能登の地魚を中心に、日本海の旬の魚介を販売しています。上から2番目の画像は、生鮮市場のコーナーを写したものです。多くの魚介類がところ狭しと並んでいるのがご覧いただけると思います。生鮮市場では、ぶり、ずわいがに、甘えび、かき貝、さざえ、いか、のどぐろ、はちめなど四季折々の能登ならではの鮮魚はじめ、干物や珍味なども並んでいます。

 また、新鮮な魚介類を実際に、その場で焼いて食べることのできる「浜焼きコーナー」もあります。館内の魚屋で好きな魚介類を買って、その買ったものを焼いて食べることもできます。11月から4月には能登がきを食べることができ、夏場には天然岩がきも焼いて食べることができます。

 七尾フィッシャーマンズ・ワーフには、漁師の波止場と直訳されるように、上記で紹介しました新鮮な魚介類はもちろん充実していますが、それ以外にも見どころがあります。工芸館コーナーでは、輪島塗り、珠洲焼、九谷焼、地元の窯元などが一堂に揃い能登だけでなく、石川県を代表する工芸品が揃っています。輪島塗りの箸や和ろうそくが人気のようです。銘産品コーナーでは、和菓子から調味料や漬物まで揃っています。銘菓の「みそまんじゅう」が人気が高く、飲物では、能登七尾フィッシャーマンズワーフ杜氏(とうじ)の技が醸し出す日本酒をはじめ、焼酎、ワインなども人気のようです。

 オルゴールの音色やキュートなガラス細工などの小さなこだわりを集めたセレクトショップもあります。アメリカ、イギリス、イタリアなど世界から集めたオルゴール音や素材やデザインもすべて希望に合わせた“世界ひとつだけ”のオーダーメイドの手づくりオルゴールをつくることができます。他に、珍しいデザインのステンドグラス、繊細なアクセサリーなどところ狭しと並んでいます。

 七尾フィッシャーマンズ・ワーフは2階建てで、上記で紹介したコーナーは1階部分に入っています。そして、2階は、飲食店街のグルメコーナーが広がっています。カレー、ラーメン、和食、ステーキ、無国籍料理など入っており、それぞれ地元の新鮮な魚介類や地元の能登和牛などを全面に出したお店が多いです。中でも、目玉は、和倉温泉の名宿「加賀屋」が経営している「和食処加賀屋」のように思います。和食処加賀屋では、名宿の加賀屋そのままの「味」と「おもてなし」を気軽に味わうことができ、人気が高いようです。和食処加賀屋は、上から3番目の画像における右上に見える加賀屋という看板が小さく見づらいかも知れませんが、階段を登ったところにあります。

 ここで少し名宿の加賀屋と加賀屋を筆頭旅館として40以上の宿泊施設のある和倉温泉を紹介していきます。七尾フィッシャーマンズ・ワーフと和倉温泉は、七尾湾岸沿いにあり、立地的に目と鼻の先の距離です。和倉温泉には、なんと年間100万人の観光客が訪れており、その観光客の一部が和倉温泉の行き帰りなどに七尾フィッシャーマンズ・ワーフを利用されているようです。七尾フィッシャーマンズ・ワーフは、平成3年にオープンして、20年あまり経ちますが、年間七尾フィッシャーマンズワーフ通してコンスタントに毎年80万人以上の集客力を誇っています。いくら近くに和倉温泉があるとは言え、20年あまり落とすことなく集客力を誇っていることは素晴らしいと思います。そのあたりのなぜうまくいっているのかというところは、後ほどみていきたいと思います。

 和倉温泉は、開湯1200年とされる歴史の古い温泉で、傷ついた白鷺が癒しているのを漁師が発見したと伝えられています。温泉地として本格的に開発されたのは明治時代になってからであり、戦後になって交通アクセスの向上に伴い、温泉街も大規模化しました。そして、高度経済成長期になって能登半島に観光ブームが沸き起こり、急速に宿泊客が増加し、現在の100万人も訪れる温泉地になっています。私自身もまだサラリーマン時代のバブルの頃、慰安旅行で数回、和倉温泉に行ったことが思い出されます。

 和倉温泉は、加賀屋の影響もあって各旅館とも高級指向を全面に打ち出してきています。加賀屋は、旅行新聞社が主催する「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で32年連続で総合日本一に輝いています。加賀屋の気くばり、心くばりの“おもてなしの心”には定評があり、日本人のきめ細かい配慮の届いた真髄のようなものが代々にわたって根づいていると言えます。加賀屋のおもてなしの心は、今や日本を飛び出し、2010年12月に日本旅館で初めてとなる海外進出として、海を越えて台湾の北投温泉で「日勝生加賀屋」としてオープンしています。台湾で受けたサービスに感銘して、日本を訪れ、和倉温泉の加賀屋にやってくる宿泊客もいるそうです。

 再度、七尾フィッシャーマンズ・ワーフに戻って、能登半島の祭りが紹介されているコーナーもあります。能登半島は、祭りの宝庫で、四季折々に、10七尾フィッシャーマンズワーフ0を超える祭りが今も伝えられているとのことです。一番上の画像で天井からののぼりにも書かれていますが、画像上の正面に見える1階部分が「能登祭歳時館」です。能登祭歳時館では、能登七尾の代表的な祭りの青柏祭(せいはくさい)、石崎奉燈祭(いっさきほうとうまつり)をはじめ、能登の伝統や特徴ある祭りを模型やパネル写真などで展示紹介しています。

 また、一番上の画像または上から3番目の画像で見ることができる休憩スペースのところは、モントレー広場と呼ばれています。また、逆側の入口を入ったところはカーメル広場と呼ばれています。モントレー広場は、オープン感覚のカフェ機能と楽しいイベントやミニコンサートを演出する集い機能を備えています。モントレーは、アメリカ・カリフォルニア州にある美しい港町で、世界的な観光地として有名です。

 七尾フィッシャーマンズ・ワーフの建物は、モントレーにあるモントレーフィッシャーマンズ・ワーフをお手本に、能登の新鮮な魚をモチーフに設計されています。モントレーフィッシャーマンズ・ワーフと七尾フィッシャーマンズ・ワーフは、1993年に姉妹提携をし、互いに友好を深めています。私は15年くらい前に、モントレーに行ったことがあり、その際にモントレーフィッシャーマンズ・ワーフで食事をしましたが、港を見下ろす雄大な景色は似ていると言えば、似ているように感じます。上から4番目の画像は、あいにくの雨模様の天候で視界が悪いですが、七尾港を写したものです。雄大な港が広がっているのがご覧いただけると思います。

 また、もう一つの広場のカーメル広場の「カーメル」もモントレーの近くにあるアメリカ・カリフォルニア州にあるまちです。カーメルにも15年ほど前に行きましたが、私がこれまで国内外いろいろなまちを見てきた中で、一番好きなまちです。住んでみたいという気にさせるまちです。人間優先と七尾フィッシャーマンズワーフいう仕組みづくりがされており、五感が刺激されるまちです。ごくごく簡単にですが、ウェブ上の海外視察レポートの中でカーメルモントレーも紹介しておりますので、良かったら合わせてご覧ください。

 先ほど、七尾フィッシャーマンズ・ワーフがオープンして以来、20年あまり落とすことなく集客力を誇っていることは素晴らしいと書きましたが、そのあたりの強みというか、七尾フィッシャーマンズ・ワーフが生まれてきた経緯を少し掘り下げてみていきたいと思っております。七尾フィッシャーマンズ・ワーフは、株式会社香島津という行政と民間が合同で出資した第三セクターの会社が経営しています。株式会社香島津は、石川県、七尾市、中能登町、JR西日本、地元の事業者(民間)、金融機関など30社が出資している第三セクターの会社です。全国各地における第三セクターが経営している施設の多くは、赤字経営であったり、廃業に至ったりするケースが多いなか、七尾フィッシャーマンズ・ワーフは単年度の黒字経営をしている全国的にも珍しい施設です。

 うまくいっていない全国各地の第三セクターの施設と何が違うのかを一言で言えば、七尾フィッシャーマンズ・ワーフは“民間”主導でやってきていることです。うまくいかないところは、往々にして行政任せになっており、当事者である地元の事業者が自ら汗をかいてないところが多いように思います。ここ七尾フィッシャーマンズ・ワーフの場合は、当事者である地元の事業者が知恵を絞り、汗をかき行動し、民間が主導となって、行政を引っ張ってというか行政がバックアップしている流れができているように感じます。

 七尾フィッシャーマンズ・ワーフのオープンまでの経緯を紐解いていくと、民間主導で行政や商工会議所がバックアップして互いに連携してやってきた様子が読み取れます。七尾フィッシャーマンズ・ワーフのそもそものきっかけは、陸上交通の整備により、七尾港の物流が停滞し、七尾港が寂しくなっていく、衰退していく状況を打開したいという思いから、昭和62年に七尾青年会議所を中心として七尾市域の各界各層の住民を巻き込んだマリンシティ推進協議会を発足したことです。その協議会の話し合いが、さらに、ステップアップして、七尾市挙げての七尾マリンシティ構想の本格運動へ広がり、構想が目に見える形として平成3年に七尾フィッシャーマンズ・ワーフがオープンしました。七尾青年会議所に所属する地元の事業者の若手たちがまず立ち上がり、地域住民を巻き込み、さらに行政と商工会議所と一体となって、実現してきた経緯が読み取れると思います。

 七尾フィッシャーマンズ・ワーフのうまくいっている背景には、「青年会議所の取り組みをきっかけに、地元事業者の中から地域の活性化に熱い思いをもって引っ張っていくリーダーシップをもった人材が生まれた」という点、そして、「推進していくにあたって、いろいろな人を巻き込んで地域と連携して、市民挙げての地域の機運を高めていった」という点、そして、事業を具体的に実現に向けて進めていくにあたって要となる「事業者(民間)、商工会議所、行政の三位一体の取り組み」ができていたという3点が大きかったように思います。

 皆さん方も能登半島に行かれる機会や和倉温泉に行く機会がありましたら、七尾フィッシャーマンズ・ワーフに立ち寄られてはいかがでしょうか。20年あまり前に、七尾港の衰退を何とかしたいと地元事業者が熱い思いを持って立ち上がって実現した心意気を感じ取って、七尾フィッシャーマンズ・ワーフをあらためてみるとまた違った側面が見えてくるかも知れません。

By Nagura

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