黒壁スクエアの長浜&
井伊家35万石の城下町・彦根を訪ねて 
(日本・滋賀)

2003年7月5日

 滋賀県長浜市(人口61,062人、20,887世帯:2001年10月1日現在、面積45.50平方キロメートル)と彦根市(人口108,928人、長浜・黒壁スクエア38,600世帯:2002年10月1日現在、面積98.15平方キロメートル)を訪ねて参りました。長浜市は、黒壁スクエアと長浜城を中心に、彦根市は、彦根城と彦根城下の南西に広がる江戸時代の城下町を再現した夢京橋キャッスルロードを中心に歩いてきました。

 それでは、長浜市の黒壁スクエアから紹介していきます。黒壁スクエアは、長浜駅の東側に広がる情緒漂う明治時代の風格のある建造物を黒壁ガラス館、BIWAKO長浜オルゴール館はじめ、工房、ショップ、レストランなどとして活用しているエリアです。長浜市の取り組みは、市民主体のまちづくり活動としては、かなり有名で、10数年以上にわたって行われており、数々の雑誌で取り上げられたり、書籍として出版されたりするなど御存じの方も多いことと思います。一時期、観光商業という視点ばかりがクローズアップされており、直接、地元の生活者の活性化につながっていないという声も聞かれましたが、今回、10年ぶりぐらいに黒壁スクエアを隅から隅までまわってきまして、観光客向けと地元生活者向けのバランスをとりつつまちづくりが進められている様子が感じられました。

 黒壁スクエアの紹介の前に、長浜の歴史を少し紐解いていきます。長浜は、豊臣秀吉が琵琶湖畔に築いた長浜城を中心に発展してきた城下町です。豊臣秀吉がプロデュースした「楽市楽座」により繁栄し、自由進取な気風をもつ商人の町でもあります。江戸時代に重要な役割を果たした北国街道周辺には、真宗大谷派長浜別院大通寺や北国街道安藤家などみどころが点在しています。黒壁スクエアは、北国街長浜・プラチナプラザ道界隈に広がるエリアで、今回の視察でも、安藤家の前を通りましたし、大通寺にも行ってきました。上から3番目の画像が、大通寺に通じる参道を写したものです。画像の中央の奥に大通寺がご覧頂けると思います。北国街道は、京や東海から北陸への主要道であり、古の戦国武将が駆け抜けた歴史ロマン溢れる道でもあります。一番上の画像は、黒壁スクエア内の北国街道を写したものです。奥に見える門が「壱夜門」です。

 黒壁スクエアの名前の由来は、明治時代から黒壁の愛称で親しまれた古い銀行を改造して「黒壁ガラス館」としてオープンさせたところからきています。現地においてある「黒壁スクエア散策マップ」をご覧頂きますと、番号がふってあります。ちなみに「黒壁ガラス館」は黒壁1号館です。この「黒壁ガラス館」は、平成元年(1989年)7月に改装してオープンしました。その後、明治時代の風格のある建造物を改装してオープンするごとに番号をつけていき、今や30を数えるほどになっています。15年近くかけて、地道にまちづくりを進めてきている様子を番号を追っていくことで変遷がわかります。

 上から2番目の画像は、平成9年(1997年)に地元の生活者向けに商店街の空き店舗を活用してオープンしたプラチナプラザを写したものです。このプラチナプラザは、たいへんユニークな形態をとっており、55歳以上の方々に5万円出資頂き、任意団体として、商店街の空き店舗を活用してビジネスとして営業しています。いわゆる高齢者が運営する店舗で、高齢者比率が高長浜・大通寺まっていくにもかかわらず、中心市街地が高齢者に不便な町になり、単一機能の町になってしまっていることへの一つの解決策として考案されたものです。現在、おかず工房、野菜工房、リサイクル工房、井戸端工房の4店舗が運営されています。上から2番目の画像からもわかりますが、地元の方でけっこう賑わっていました。長浜市では、観光客と地元の生活者の両面からバランスのとれたまちづくりが進められつつありますので、その観点から行かれてご覧になられるのもいかがでしょうか。

 次に、彦根市を紹介していきます。彦根市は、彦根城界隈を歩いてきました。先ほどの長浜市でも、豊臣秀吉の出世城で知られる長浜城を見てきまして、次いで、彦根城も行ってきました。長浜と彦根は、20キロほどしか離れてなく琵琶湖まわりの湖周道路を車で走ればすぐです。彦根市は、江戸時代から現在に至るまで琵琶湖の湖東地域の経済や文化の中心地として栄えてきたところです。彦根城は、約260年間にわたって、彦根地域を治めた彦根藩35万石の居城でした。井伊直政の子・直継が着工し、直孝の代の1622年(元和8年)に完成しました。彦根城は、姫路城などとともに、天下の名城の一つと数えられ、特に月明かりに浮かぶ彦根城は美しく琵琶湖八景の一つ「月明」に選定されています。

 上から4番目の画像は、彦根城の北東にある大名庭園・玄宮園(げんきゅうえん)から彦根城を写したものです。画像からお分かり頂けると思いま玄宮園から望む彦根城すが、彦根城はけっこう高い位置にあります。天守閣にのぼるまで、かなりたいへんでした。名勝の玄宮園は、琵琶湖や中国のしょう湘八景にちなんで選ばれた近江八景を模してつくられた縮景園で、第4代藩主直興が1677年(延宝5年)に造営したものです。玄宮園では、毎年9月に「虫の音を聞く会」が催されており、大名庭園ならではの初秋を味わうことができます。

 玄宮園の虫の音は“日本の音百選”に選ばれています。今年(2003年)は、9月1日(月)から9月30日(火)まで開催されます。会期中は、上から4番目の画像の玄宮園がライトアップされ、天守閣と名月を眺めながら、虫の音に耳を傾ける趣は、彦根ならではの贅の極みと言えます。ライトアップされた玄宮園で、虫の音を聞きながらの邦楽や池を船で回遊する催しもあるようです。ちなみに、どのような虫の音が聞くことができるかざっと挙げてみます。リーンリーンと鳴くスズムシ、リーイリーイと鳴くアオマツムシ、チンチロリンと鳴くマツムシ、コロコロリーリーと鳴くコオロギ、スイーッチョンと鳴くウマオイ、ジリジリジリジリと鳴くサカキリ、ジーイッジーイッと鳴くマダラスズ、チンチンと鳴くカネタタキなどです。

 上から5番目の画像は、彦根城の外堀に架かる京橋から南西へ約350メートル続く、江戸時代の城下町を再現した「夢京橋キャッスルロード」を写したものです。上から5番目の画像からも雰囲気が伝わると思いますが、夢京橋キャッスルロードの道路沿いには、白壁、黒格子、いぶし瓦といったノスタ彦根・夢京橋キャッスルロードルジーな趣きのある建物が軒を連ねています。通りには、食事処やカフェ、ショップなどがあり、道標や案内板も風情があるように工夫されています。道の両側に統一された家並みが続く風景は、なかなか壮観です。

 夢京橋キャッスルロードの外堀からすぐのところにある「城下町夢あかり館」では、彦根の伝統産業・和ロウソクなど、さまざまな明かりをテーマにした展示館の他、さまざまなロウソクが並ぶショップ、ロウソク体験ができる工房もあります。

 彦根に行かれましたら、彦根城の天守閣、彦根城を望む庭園の玄宮園、そして、外堀から南西へ延びる夢京橋キャッスルロードの3点セットで散策されてはいかがでしょうか。

 また、今回、彦根市の隣町にある古くからお多賀さんの名でよび親しまれている多賀大社もよって参りました。多賀町は、お多賀さん参りに来られる参拝者で賑わう多賀大社の門前町として栄えてきたところです。多賀大社は、天照大神の親にあたる伊邪那岐と伊邪那美の夫婦神を祭ることから、縁結びの神、長寿の神として信仰をあつめています。国の名勝で桃山時代に作庭された池泉鑑賞式の奥書院庭園もあります。

 今回は、長浜と彦根を巡ってきましたが、もう少し足を京都方面に伸ばしますと、近江商人の故郷の一つである近江八幡もあります。この界隈は、古くから京(京都)にぬける要所であり、歴史とともにお宝が眠っているところとも言えます。皆さんも日本一大きい湖の琵琶湖の散策兼ね出掛けてみてはいかがでしょうか。

By Nagura

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