再開発が進んでいる東京オフィス街・
大手町〜丸の内〜有楽町を訪ねて 
(日本・東京)

視察日:2001年11月2日

 再開発が進んでいる東京丸の内界隈を訪ねて参りました。丸の内には、金融、マスコミ、メーカー等、約4,100もの企業オフィス街ショップ1・事業所が拠点を構えており、昼間の就労者数は約24万人にのぼります。
 また、ここ数年、日本を代表するビジネス街という顔だけでなく、高級ブランド店が軒を連ねるファッションストリートに変わりつつあります。プラダ、エルメス、ロレックス、トラサルディ、バカラ、アルマーニなど既に30店近くを数えており、さらにこれから再開発が進んでいくと増えていくことが予想されます。一番上の画像は、仲通り(延長約1.2キロメートル)に面した高級クリスタルガラスのバカラを写したものです。このように今、丸の内界隈では、オフィスビルの1階部分が高級ブランドショップに変わり始めています。現在のところ、有楽町から丸の内2丁目にかけての仲通り約500メートルに集中しています。このバカラの丸の内店は、日本全国40ほどの中でもトップの売り上げとのことです。バカラのマーケティング担当者は「丸の内の知名度は抜群で企業イメージを発信する街としてふさわしい。30歳代以上のお客様が多く、仕事帰りにゆっくりと買い物をされる方が目につきます」と特集記事の中で述べています。

 丸の内がこうした“ブランド通り”に変身するきっかけになったのは、バブル経済の崩壊が大きく影響しています。金融機関の統廃合や三菱グループ企業本社の移転などで空きスペースが目立ったことから、丸の内の3割以上の土地・建物を所有する三菱地所が再開発を計画し、ビルの建て替えやブランド店の誘致を積極的に進めています。
 さらに細かくみていきますと、三菱地所が丸の内に所有するオフィオフィス街ショップ2スビルは約30棟あり、このうち仲通りに面するのは、建設中のオフィスビル含め15棟あります。仲通りに面しているオフィスビルの1階部分におけるフロア面積は、約1万8千平方メートルあり、現在、高級ブランドショップの入居面積はこの半分強にとどまっており、空きが生じたフロアから段階的にブランドショップにする方針を打ち出しています。また、来年(2002年)8月完成予定の丸ビルの1階部分の大半もブランドショップにする方向でテナント募集を進めています。

 丸の内は、今まさに、働くだけの街からアフターファイブや休日にショッピングやグルメが楽しる街に変貌を遂げようとしています。オンタイムは快適なビジネス空間、オフタイムはエンターテイメント空間という両面の顔を持つ快適な空間になりつつあります。仲通りは、緑も多く歩道も広く、東京駅、有楽町にも近く、周辺に、東京国際フォーラム、帝国劇場、東京曾館、出光美術館などの文化施設もあり立地的にもいいことから銀座に並ぶ格調高い街並になっていく可能性を秘めています。ビルの建て替えなど再開発が完了するまでには、まだ5年近くかかりますが、5年後にはビジネス空間というよりショッピングなどエンターテイメント空間のイメージが強くなっているかも知れません。それも大人が楽しめる街として生まれ変わっていることと思います。

 これまで変わりゆく丸の内を見てきましたが、こオフィス街・ビル群こで少し丸の内という地の歴史を振り返ってみます。現在の丸の内エリアは、江戸幕府の成立を機に、江戸城を中心とした諸大名、旗本のための武家屋敷として整備が進められたところです、そして、明治維新により、行政・軍事等の新政府の中枢機関が置かれ、その後、明治22年の東京市区改正設計において、丸の内は経済地区として整備されていきます。翌明治23年に三菱社が国策に協力する形で陸軍省より土地の払い下げを受け、日本初のオフィスビルの整備が始まったわけです。

 オフィスビルの集積に拍車をかけたのが、大正3年に完成した東京駅で、この頃から大型オフィスビルの建築が始まります。その後の関東大震災(大正12年)、第2次世界大戦(昭和16年〜20年)においても被害が軽微であったことから震災復興、戦災復興の重要な役割(関東大震災時に、被害が軽微であったことから中央官庁が集積)を果たします。そして、昭和25年に勃発した朝鮮戦争の特需景気をきっかけに経済復興を成し遂げた我が国は、高度成長期に突入し、昭和34年に丸の内総合改造計画などにより、近代的大型ビルへの再整備が進められていきます。関東大震災時に集積した中央官庁は、次第に霞ヶ関へ移り、その跡地は順次民間に払い下げられ、報道機関や金融機関の本社等が立地していきます。
 昭和60年代に入ると金融の自由化等にともない、東京は国際的にも重要性が高まり、その立地優位性から丸の内地区へのオフィス需要が増大し、オフィス街・出勤風景拠点性が急速に高まっていきます。そして、この視察レポートの始めの方で述べましたバブルがはじけ、現在進行中の再開発へとつながっていきます。

 丸の内の再開発は、地権者など90の企業・団体でつくる大手町・丸の内・有楽町地区再開発計画推進協議会がまちづくりを進めています。会長には、三菱地所の社長がなっています。将来像の目標として8つ掲げており、「時代をリードするビジネスのまち」「人々が集まり賑わいのあるまち」「情報化時代に対応した情報交流・発信のまち」「風格と活力が調和するまち」「便利で快適に歩けるまち」「環境に配慮するまち」「安心・安全なまち」「地元、行政、来街者が協力して育てるまち」となっています。

 紹介していなかった画像について、上から2番目の画像は、東京から有楽町にかけての仲通りを写したものです。視察した日は、平日の8時30分過ぎ頃とあって、出勤するサラリーマン、OLが行き交っていました。この時間ですと店舗はまだ開いていませんが、歩きながらショーウインドウに目を向けているOLらしき人が画像から伺えると思います。上から3番目の画像は、東京から大手町方面の仲通りを写したものです。上から4番目の画像は、東京駅から丸の内に向かう出勤風景を写したものです。

 今、丸の内は、変貌中さながら各所でビル工事が進んでいるとともに、高級ブランド店も続々出来て、華麗に変身しているといったところです。東京駅に隣接していますので、東京の方のみならず出張次いでに一度歩かれて変わり行く丸の内をご覧になられてはいかがでしょうか。

 最後に、今年(2001年)で第3回目となる壮麗な光の彫刻作品が夜を彩る祝祭“東京ミレナリオ”を紹介します。期間は、2001年12月24日(月)から2002年1月1日(火)までです。イメージ的には、阪神大震災の復興・再生への夢と希望を託した光の祭典「ルミナリエ」のように、仲通りが光の回廊になります。1999年の初年度は約186万人、2000年度は約228万人と来場者が増えています。今年のテーマは、新しい千年紀を迎え「東京の新しい祝祭」としてスタートする意味を込めて“新生・光が夢であるところ”となっています。点灯時間は、17時30分頃から21時頃までで、元旦の1月1日に限り、午前0時頃から午前3時頃まで点灯されます。お近くの方は、行かれて見られてはいかがでしょうか。

By Nagura

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