犬山市の住民参加のまちづくりを訪ねて (日本・愛知)

2004年10月16日

 住民参加のまちづくりが推進されている愛知県犬山市を訪ねて参りました。犬山へは、愛知県主催の「愛知まちづくり塾」の講座の犬山町並み一環として行ってきました。また、犬山は、以前に視察レポート「雄大な川と城の“まち”犬山を訪ねて」でも紹介しておりますので、併せてご覧頂けましたらと思います。

 以前の視察レポート(1999年春)は、春の犬山祭りを訪ねて、祭りを中心に紹介しております。5年半ほど前に紹介したもので、その頃は、まだ、木曽川に架かる犬山橋が、全国的にも珍しい電車と自動車の共用の橋でした。前回の視察レポートでは、その貴重な電車と自動車の共用の橋の画像も載せております。一度、ご覧頂けたらと思います。

 前回、行った際は、古い町並みの整備は、これからという段階であり、今回、視察に行って、住民参加のまちづくりで拠点づくりが進んでいる様子が実感できました。まだまだ発展途上で、点としての拠点整備が進みつつあり、それが、線となりつつある段階を迎えつつあるように、町並みを歩いていて感じました。今後は、さらに、面としての整備がより一層進んでいくことと思います。今回の視察レポートでは、住民参加によって拠点整備が進んでいる町並みを中心に紹介していきます。

 後ほど紹介します山車(やま)とまちづくり拠点施設「どんでん館」(2000年10月14日オープン)も前回の視察の際は、まだありませんでした。この5年ほどの間で、地域住民とともに拠点づくりが行われている様子が垣間見られました。

 まず、最初に、今回、犬山に行くきっかけになった「愛知まちづくり屋上からの犬山町並み塾」の紹介をします。愛知まちづくり塾は、愛知県主催の愛知県民と行政とが連携した協働のまちづくりを推進するため、地域の先頭に立ってまちづくり活動を行う人たちのために基本的なことを学ぶ場です。そして、愛知まちづくり塾を修了することで、まちづくりの担い手となる人が育つことを狙っています。

 愛知まちづくり塾は、2004年8月から2005年1月まで8回に渡って、座学とワークショップが行われます。今回の犬山での愛知まちづくり塾は、犬山市のまちづくり担当者から話を聞いて、その後に、実際に犬山のまちを歩いて、話し合いの場を持つというワークショップが行われました。上から5番目の画像が、犬山でのワークショップの風景を写したものです。犬山市の行政の方と愛知まちづくり塾の受講生が話し合っている様子がご覧頂けます。また、一番上の画像、上から3番目の画像は、町歩きをしている様子を写したものです。

 上記で、ワークショップという名称が出てきましたが、ここ犬山の住民参加のまちづくりでもワークショップ手法が用いられました。最近、ワークショップという名がよく聞かれますが、ワークショップとは、みんなが参加して、考えたり、意見しあったり、学びあったり、教えあったりできるやり方のことです。一言で言えば「出席者全員参加型の意見交換・情報交換の場」です。先生どんでん館や講師から一方的に話を聞くのではなく、参加者が主体的に議論に参加し、相互に刺激しあい学びあうグループによる学びと創造の手法です。

 それでは、犬山市の住民参加によるまちづくりの成果とも言えるまちづくり拠点を紹介していきます。先ほどのワークショップという手法を用いて、行政と地域住民が一緒になって話し合いを繰り返して、作りあげてきたものです。町のエリアごとに複数の拠点が既に立ち上がっています。

 まず一つ目が、中本町まちづくり拠点施設(2000年10月14日オープン)で、「どんでん館」という愛称が付いています。どんでん館の建設は、城下町地区でまちづくりの取り組みをしている人々の中から提言されたものです。この施設の目的は、「住民の手による城下町の活性化」「コミュニティの充実」「伝統文化の保存と伝承」という3つです。建物の内部は、上記の3つの目的を実現するように、1階は住民が集うことができる「和室」と犬山祭の山車4両を展示する「展示ホール」が、2階には城下町の暮らしや成り立ちを紹介する「企画展示室」と住民が自主的にまちづくり活動や交流を行う「活動室・交流サロン」があります。

 上から4番目の画像は、どんでん館の「企画展示室」の犬山祭りの様子を伝える模型を写したものです。どんでん館の“どんでん”とは、犬山祭の見所でもある山車が城下町の辻で豪壮に方向転換する様のことです。この“どんでん”という言葉は、犬山独自の言葉で、地域の歴史・伝統・文化を活かしたオンリーワンのまち犬山祭りどんでん館づくりのピッタリの言葉とも言えます。町衆の心意気が“どんでん”に込められています。

 次に、市民活動支援センターとしての位置づけがされているのが、大手門まちづくり拠点施設(2001年9月1日オープン)で、「しみんてい」という愛称が付いています。「しみんてい」は、福祉、教育、まちづくり、文化、スポーツ、環境保全・・・・など幅広い活動を支援する施設です。活動の場として、また、様々な情報の交換やグループ交流の「拠点」として利用されています。「しみんてい」の管理と運営は、市が「犬山市市民活動の支援に関する条例」に登録した市民活動団体のメンバーを中心とした「市民活動支援センター企画運営委員会」に委託しています。事業は、市民活動支援センター企画運営委員会で企画され、市と協働で実施されています。

 3つ目の城下町の中心エリアにある拠点が、余坂木戸口まちづくり拠点施設(2002年9月に企画運営委員会立ち上げ)で「余遊亭(よゆうてい)」という愛称が付いています。近隣町内を始めとする住民の方々が参加したワークショップによって、「施設の位置づけ」「活用の仕方」「施設のレイアウト」などを検討のうえ建設しました。「余遊亭(よゆうてい)」では、これまでに設置された「どんでん館」「しみんてい」と連携を図り、各種イベントなどの開催による「犬山ワークショップまちづくり実践の場」として城下町の活性化を図っていくことを役割としています。

 城下町の中心部の拠点として紹介しました3つが挙げられますが、南部の羽黒地区には、明治時代に建てられた銀行の復原を機会に、まちづくり活動が行われています。この復原された建物は、「小弓の庄」という名称が付けられ、まちづくり拠点となっています。

 「小弓の庄」の名称の由来を少し紐解きますと、旧丹羽郡の犬山地区一帯は、藤原氏領の荘園で「小弓庄」と呼ばれ、室町時代には「尾張国小弓庄内犬山領家職」と表現されていました。近接する羽黒小学校校歌にも「小弓が庄」の詩が使われ、今でも歌い継がれています。羽黒の歴史を伝える施設ということで、この荘園の名から羽黒地区のまちづくり拠点施設の名に「小弓の庄」という愛称が使われています。

 犬山の2回目となる今回の視察レポートでは、行政と地域住民が協働でつくってきたまちづくり拠点を中心に紹介してきました。上から2番目の画像は、福祉会館の上の階から町並みを写したものです。町並みが整然としている様子が伺えます。

 冒頭で、犬山のまちづくりの状況を、点としての拠点から線になりつつあると述べました。そして、面しての整備がこれから進んでいくのだろうと思います。犬山の城下町のエリアは、5年ほど前に視察レポートで行った時とは、大きく変わっています。着々とまちづくりが進んでいるということは実感できました。しかし、車の通行量の多さや、観光客と地元地域住民の生活バランスなど観光、居住、散策の安全性などこれから取り組んでいくだろうと思われる課題もあることは確かです。地域住民と行政の協働による拠点ができ、まちづくりを担う人財が育ってきているだけに、これからの3年から5年後が楽しみです。まちづくりは、まち育て、人育てと言われるように、時間がかかるもので、日々継続して積み上げていくことが大切です。文化歴史をベースにしつつ、犬山独自のオリジナリティを主張するような生活感のあるまちづくりを目指して欲しいと思っています。

By Nagura

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