木曽川の源流の地・信州の木祖村を訪ねて(日本・長野)

レポート記載日:2008年12月15日(視察日:2008年9月10日)

 名古屋市の桜山商店街の活性化・まちづくりを考え、活動するグループの「さくらやまを楽しむ会」のメンバーと長野県の木祖村(人口3,349人、1,183世帯:2008年11月1日現在、面積140.46平方キロメートル)に薮原宿行って参りました。「さくらやまを楽しむ会」は、商店街と大学、地域団体などで組織されている協議会で、桜山商店街振興組合、名古屋市立大学の経済学部と芸術工学部の学生、名古屋市立大学の大学祭実行委員会、名古屋市立大学学術推進室、AJU自立の家、名古屋市シルバー人材センター、昭和区の生涯学習センター、椙山女学園大学の岡田教授とゼミ生の女子学生、名古屋市市民経済局、そして長野県木祖村役場もメンバーに入っています。

 木祖村は、今年(2008年)の春に名古屋に事務所を開設しています。木祖村の産品の売り込みや観光PR、企業誘致などを主な目的としており、木祖村産品の販売、ピーアールとしてアンテナショップの計画もあり、さくらやまを楽しむ会に参加して、その縁もありメンバー皆で木祖村に視察に行きました。実際に、アンテナショップは、桜山商店街のさくらやまーけっとの店舗の中に2008年11月23日にオープンしました。

 木祖村は、今回のタイトルでも示しているように木曽川の源流の地で、名古屋市はまさに木曽川の恩恵を受けており、名古屋市と木祖村の交流は深いです。木祖村で採取したドングリを名古屋市民が育て、成長した苗木を水源地である木祖村へ植樹する「木曽川さんありがとう」という取り組みを毎年実施しています。また、木祖村からも名古屋市で開催されるイベントに参加し、特産品の販売や観光PR、水源地域の紹介などをしています。

 今回の木祖村視察には、名古屋市上下水道局の職員も参加しました。名古屋市上下水道局では、毎年、森林の手入れに来村し、自ら汗して水源地域の実木工文化センター情を研修しています。あと、木曽川の恩恵を授かっているのは名古屋市だけでなく、一宮市や日進市などとも同様に相互交流を図っています。

 ざっと桜山商店街はじめ、名古屋市を取り巻く地域との木曽川を中心とした木祖村との関係を述べてきましたが、木祖村の概要と木曽川そのものをまず少し紹介していきます。

 木祖村は木曽郡の東北部に位置し、周囲を2000メートル級の山に囲まれた渓谷型の山村です。木祖村の東側にある鳥居峠は、太平洋に注ぐ木曽川と日本海に注ぐ信濃川との分水嶺となっています。また、旧中山道(なかせんどう)の難所と言われた鳥居峠を境に、木祖村は戦国時代には武田氏と木曽氏の領地争いが続き、戦乱に巻き込まれた地でもあります。江戸時代には、旧中山道69宿の一つ「薮原(やぶはら)宿」として栄えました。後ほど詳しく紹介しますが、木祖村の伝統工芸品として生産されている「お六櫛」の元祖である木櫛の生産が始まったのもこの頃です。

 木祖村を源流とする木曽川は、中部最大の河川であり、先ほど述べたように中部圏の水瓶でもあります。木曽川は、木祖村の鉢盛山(2,446メートル)南方を水源とし、岐阜県、愛知県、三重県を経て、伊勢湾に注ぐ全長229キロメートルの一級河川です。ちなみに、木曽川の源流の木祖村の名前の由来を述べますと、木曽の「祖(おや)」という意味合いで名付けられました。

 一番上の画像は、薮原宿を写したものです。薮原宿は、先ほど述べましたように旧中山道の宿場町で、鳥居峠の麓にあり、江戸時代の当時は、峠を控え草履の紐をといた旅人も多かったことと思います。現在の薮原宿は、妻籠宿馬籠宿などと違って、当時の面影を残す建物は少ないですが、見学木のクラフトの店してきた酒蔵の湯川酒造さんやそばを食べた「おぎのや」さん、覗いてきました宮川家資料館、お六櫛の看板を掲げている篠原櫛店などは、当時の面影を残す昔ながらの建物です。

 上から5番目の画像は、お六櫛の伝統技法の実演をしているところを写したものです。この実演は、上から2番目の画像の木工文化センターに隣接している木祖村郷土館で見ることできます。お六櫛は、わずか10センチにも満たない幅に、約100本もの歯が挽かれたみねばりの小さな櫛です。「みねばり」とは、木の名称で学名は「カバノキ科 オノオレカンバ」といい、斧が折れるほど硬いところから付いているようです。また、「みねばり」の名の由来は、群生地に見る習性が峰に張り出すように生育しているところからきているようです。

 ここで伝統工芸のお六櫛の伝説を紹介します。妻籠の旅籠屋に「お六」という美しい乙女がいて、お六はいつも頭の病に悩まされていました。そこで、ある旅人が教えてくれた御嶽大権現に願掛けをしたところ「みねばりという木で作ったすき櫛で、朝夕髪を梳かせば必ずや治る」というお告げがありました。お六はさっそく言われるとおりにみねばりの櫛を作り、朝夕髪を梳かしているうちに、日ならずしてお六の病はすっかり治ってしまいました。このことがあって、近くで取れるみねばりで作った櫛を旅人に売り出したところ大変な評判になり、全国に知れわたるようになったと言われています。

 上から4番目の画像は、木曽川の最上流に位置する味噌川ダムを写したものです。画像からもお分かりいただけますが、青く澄んだ水が湖面を覆っており、ほぼ諏訪湖の水量に匹敵する6,100万立方メートルの総貯水容量がありま味噌川ダムす。味噌川ダムは、多目的ダムで、洪水調節、河川環境保全等、新規利水、発電の4つの目的をもっています。味噌川ダムは、平成14年度に日本で一番水質のよいダムのひとつに挙げられています。

 上から3番目の画像は、木工品制作工房のナルカリクラフトを写したものです。ナルカリクラフトは、木祖村を拠点に木のおもちゃを中心に制作しています。木を大切に使うことをモットーに、今までに無い木工品を提案していこうというスタイルで行っています。桜山商店街のイベントでもお越しいただき、糸鋸寿司は子ども達ならず大人にも人気でした。糸鋸寿司は、ナルカリクラフトが2005年の愛知万博の時にあみだしたもので、電動糸鋸切り抜き実演のことです。まるで本物のお寿司やさんの屋台を組んで、お寿司やさんみたいな衣装を着て、電動糸鋸を使って、お客様の御注文を切り抜きます。動物、恐竜、魚、文字や女子アナまで、切り抜けるものなら、なんでも切り抜いてくれます。材料は10センチ四方の木曽ヒノキの間伐材で、一匹切り抜くのに速いものなら30秒ほどです。実際に、見てきましたが本当に見事なもので、一見の価値はあります。

 島崎藤村が小説・夜明け前の中で、「木曽路はすべて山の中である」と言っているように、木祖村も山々に囲まれて自然豊かなところです。なかでも、水木沢天然林は木曽川の源流のひとつの水木沢の周囲82ヘクタールにわたって、ほとんど手つかずの天然林が広がっています。木曽ヒノキ、サワラ、ウラジロモミなどの針葉樹とブナ、トチノキなどの広葉樹が混生する緑の下に、沢づたいに遊歩道もあります。今回、時間がなく見ることができませんでしたが、樹齢約550年の大サワラ(直径2.5メートル)は圧巻だそうです。

 また、今回の昼食は、やぶはら高原こだまの森でバーベキューをしました。大自然の中にあり、景色とともに食事櫛職人を堪能してきました。こだまの森には、バーベキューハウスの他に、キャンプ場、渓流釣り、親水プール、パターゴルフ、テニスコート、50メートル近くあるジャンボ滑り台、100メートルのウンテイのスカイウォーカーなどがあります。

 また、木祖村にはやぶはら高原スキー場もあります。自然の地形をそのまま生かした初級コース、中級コース、上級コースなどバリエーション豊かなコースレイアウトが人気な老舗スキー場です。私自身も学生時代から社会に出て2、3年の新入社員の頃はよく行きました。当時とは違って、現在では、車いすで直接ゲレンデにアクセスできるアプローチの整備など、スキー場内のバリアフリー化が進んでいるようです。

 あと、今回、日野百草丸の工場見学もしてきました。「百草」は、江戸時代末期、木曽御嶽山に祀られている御嶽大権現の宣託を受けた修験者が、御嶽山麓に自生するキハダの内皮を煎じて薬とすることを村人に伝授したのが始まりとされています。効能・効果としては、胃もたれ、胃部・腹部膨満感、消化不良、胃弱、食欲不振、食べ過ぎ、胃のむかつき、胸つかえ、飲み過ぎ、はきけ、胸やけ、二日酔いなどです。私自身も愛用しています。子どもの頃、祖父母が御嶽山に幾度に百草丸を買ってきたことが記憶に残っています。御嶽山は、古来より多くの薬用植物が分布する生薬の宝庫とともに、御嶽信仰の山としての顔もあります。

 皆さんも自然豊かで、文化歴史のある木祖村に訪れてみてはいかがでしょうか。また、桜山商店街のさくらやまーけっと内にある木祖村のアンテナショップも合わせて起こし頂けましたらと思っております。

By Nagura

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