吉良上野介義央公のふるさとを訪ねて (日本・愛知)

視察日:1999年1月23日

 現在、NHKで放映されています大河ドラマ「元禄繚乱(げんろくりょうらん)」に登場する吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ)公のふるさと愛知県幡豆郡吉良町を訪ねてきました。行った日は、天気も良く華蔵寺イメージ暖かい午後で、土曜日ということもあり、ウォーキングされながら吉良家ゆかりの地をまわっていらっしゃいます方が目につきました。
 多くの方が“吉良上野介”と聞きますと、まず悪役をイメージされるのではないでしょうか。しかし、ここ吉良町では、今でも“吉良さん”と呼ばれ慕われています。一般的に悪役の代名詞として知られています吉良上野介ですが、果たして“悪役”かそれとも“名君”かを、普段あまりスポットを浴びる機会が少ない吉良上野介サイドの視点から、吉良家ゆかりの地の紹介とともに実像を追っていきたいと思います。
 今回、見てきましたところをざっと挙げますと、吉良家の菩提寺の華蔵寺(けぞうじ)、黄金堤(こがねづつみ)、東条城跡、宮崎海岸(吉良ワイキキビーチ、吉良温泉、人生劇場の碑など)などです。

 我々日本人にとっては、「元禄繚乱」というよりも、「忠臣蔵」といった方がわかりやすいとともにピッタリとくるのではないでしょうか。年末年始あたりには、毎年どこかの番組で「忠臣蔵」が放映されています。ちなみに「忠臣蔵」は「元禄事件」とも呼ばれています。また、不況になると、「忠臣蔵」が人気を呼ぶそうで、NHKの大河ドラマにしても「忠臣蔵」が題材となるのは、今回の「元禄繚乱」で4回目だそうです。

 それでは、少し時代を300年ほど昔にさかのぼって「忠臣蔵」の背景をみていきましょう。時は元禄14年(1701年)3月14日、江戸城は松の大廊下にて、赤穂城主・浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が吉良上野介に斬りかかった刃傷黄金堤イメージ事件が起きました。この時、浅野内匠頭が“遺恨”という言葉を発したことが、吉良上野介の運命の暗転、赤穂浪士の討ち入りへとすすんでいきます。刃傷事件後、浅野内匠頭は、即日切腹、浅野家断絶が命じられました。
 そして、皆さんもドラマ、芝居などでご存じのクライマックスとなる元禄15年(1702年)12月14日に浅野内匠頭の家臣・大石内蔵介(おおいしくらのすけ)率いる46名の同志(赤穂四十七士)が、吉良邸に討ち入り、吉良上野介の首級をあげて、浅野内匠頭の無念を晴らしたというものです。

 しかし、なぜ浅野内匠頭が刀を抜いたのかは、いろいろな通説はありますが、実際のところ、現在に至るまでわかっていないのが実情です。この浅野内匠頭の真意がわからないことが、いろいろな憶測を生み、それぞれの時代の劇作者たちが想像を働かせ筋書きをつくってきたわけです。ですから増上寺の畳替え事件などのいじめ話もどこまで真相を得ているのかはわからないといったところです。半年ごとに放映されている日本人に馴染み深い人気番組“水戸黄門”と同様に、大枠では史実に沿っていますが、所々ではドラマ・芝居に映えるように脚色も加えられているのでしょう。
 ドラマにしても芝居にしても、描き出す視点・展開によって受けるイメージはかなり変わってきます。今回の大河ドラマ「元禄繚乱」を吉良上野介ゆかりの地では、吉良さんをていねいに取り上げられることに期待が高まっています。今回の「元禄繚乱」には、吉良町の住職が時代考証などに協力していることもあり、今までとはちょっと違った描き方がされています。悪役であることには変わりありませんが、今まで登場することがあまりなかった妻や愛人も出てきて、浮気が発覚して夫婦げんかをする場面など人間くさく描かれてい東条城跡イメージるそうです。また、吉良上野介を石坂浩二さんが演じること自体、制作側の認識が変わったという声も聞かれます。
 視点はどうしても大石内蔵介にいってしまうと思いますが、吉良上野介の立ち振る舞いにも注目して「元禄繚乱」を見られてはいかがでしょうか。

 今回、吉良町を訪れ、まず初めに吉良家の菩提寺である華蔵寺に行ってきました。ここ華蔵寺は、江戸初期に吉良家の菩提寺となり、吉良家13代から18代までの墓を護っています。吉良氏はもともと足利氏の名門の出で、鎌倉初期に足利義氏が三河守護になり、この吉良の地に住んだことから吉良氏と称しています。室町中期には、有力大名の一つとなり、室町幕府を支えています。そして、江戸期には、旗本高家(はたもとこうけ:幕府の正式職名で礼儀作法担当)筆頭となり、高家衆を指導する役も務めています。
 今回、訪れましたところどころに“吉良の里”をアピールする大河ドラマ「元禄繚乱」の“のぼり”が立てられていました。一番上の画像は、華蔵寺の本殿と吉良家の墓のある間のお堂を写したものですが、画像の中に「元禄繚乱」の“のぼり”も見られます。

 上から2番目の画像は、黄金堤を背景に“赤馬に乗った吉良上野介の像”を写したものです。ちなみに赤馬に乗った吉良上野介の像は、ゆかりの地各所でも見られます。もちろん銅像は、赤毛ではありませんが、吉良上野介がこの赤毛の馬にまたがって、領地内をまわったといわれています。
 そして、銅像の背景に写っているのが黄金堤で、吉良上野介の善政を物語る一つと言われています。現在の吉良町の新田地帯は、当時増水のたびに隣藩上流平野の水がこの細い谷を抜けて南下し、そのつど大水に悩まされていました。そこで吉良上野介が、領内の老若男女こぞって工事に参加し、一晩で長さ180メートルの堤防を築き、その後、水害がなく良田になったと伝えられることから「黄金堤」の美称で呼ばれています。黄宮崎海岸イメージ金堤から水害を免れた水田の稲穂が黄金色に見えたとも言われています。また、黄金堤には、現在も「ソメイヨシノ」の桜並木(約50本)が続いており、桜の名所としても有名です。桜の花が咲き乱れる春にでも、吉良上野介も赤馬の上からかも知れませんが眺めた黄金堤に行かれてみてはいかがでしょうか。

 上から3番目の画像は、東条城跡の復元されたやぐら、門を写したものです。東条城跡は、中世(鎌倉〜室町時代)の姿がよく保存された貴重な史跡として、現在は古城公園として整備されています。先程出てきました足利義氏によって築かれたもので、古絵図によると居城東条城は、後ろを山、前を沼沢と地の利を得た城で、広さは東西がおよそ100間(180メートル)、南北は80間(140メートル余)と伝えられています。現在でも、頂上にあるやぐらから周りを見渡しますと、当時の面影が感じられます。

 ざっと紹介しました華蔵寺、黄金堤、東条城跡の位置関係は、距離にして一辺1キロ〜1.5キロほどの三角形の頂点にそれぞれの史跡があるという感じです。場所的には、上横須賀駅(名鉄西尾線)北2キロほどのところにあります。車で行かれるならば、華蔵寺の駐車場に車をとめて歩かれてるのがいいのではないかと思います。(黄金堤と東条城跡にも駐車場はあります)ちなみに一番広い駐車場は、黄金堤ですので、込んでいる場合はこちらを利用されたらと思います。
 また、「赤馬の径(みち)」と名づけられた観光モデルコースもあります。もちろん華蔵寺、黄金堤、東条城跡は含まれており、その他に人生劇場公園(尾崎士郎生誕地)、小牧陣屋跡などがコースに入っています。この「赤馬の径」は、上横須賀駅を起点として、史跡・名所などを円を描くように巡って、またスタート地点である上横須賀駅に戻ってきます。1周7キロほどで、ゆっくりと歩かれても2〜3時間ほどで回れるのではないかと思います。健康にも良いですし、自然の中を歩いていきますので、日頃お疲れの方はリフレッシュにもなると思います。「赤馬の径」の案内図は、上横須賀駅に置いてあるとは思いますが、行く前に予め名鉄の最寄りの駅などでご確認いただけたらと思います。

 吉良上野介のゆかりの地を訪ねた次いでに、懐かしさもあり、三河湾の海辺方面へも足を伸ばしてきました。この辺りは吉良温泉として観光地でもありますが、企業の保養所や研修所も多くあります。上から4番目の画像は、宮崎海岸の浜辺を写したものですが、すっかりきれいに整備されており、名称も“吉良ワイキキビーチ”とハワイの海辺をほうふつとさせる姿に生まれ変わっていました。
 ここ吉良温泉界隈には、子供の頃に来たこともありますが、サラリーマン時代の新入社員教育の合宿研修の時に、海辺沿いにある吉良研修所で3日間ほどかんづめ状態でしごかれたというか教育を受けたことが記憶に残っています。何事もスタートが大切であり、社会人としての姿勢を鍛えられた場として吉良は印象に残っています。
 ここでもう一人吉良出身の有名な方を紹介します。先ほど紹介しました「赤馬の径」のコースにも入っています小説「人生劇場」で一世を風靡した日本的作家の尾崎士郎氏です。尾崎氏の生家は上横須賀駅近くにあり、母校である横須賀小学校には尾崎氏自身が自分を励ます言葉でもあったという「くじけるな くじけるな くじけたら最後だぞ 堂々とゆけ」という石碑が建っています。横須賀小学校の子供たちは毎朝この言葉を唱えているそうです。尾崎氏は“張り切ろうとする気持ちが常に人間を新鮮にする”とも述べています。
 実は、この“人生劇場の碑”が吉良温泉の三河湾を見晴らす高台の上に建てられています。新入社員教育の合宿研修の時に、毎朝ラジオ体操のあと、ここ吉良研修所から“人生劇場の碑”のところまでマラソンをさせられました。行きは登り坂でしたので、けっこうきつかったことを覚えています。しかし、“人生劇場の碑”のある高台からの朝日に映えた三河湾の眺めは最高でした。今から思えば、“人生劇場の碑”まで懸命に走っていったことそのものが、一番の教育だったという気もいたします。

By Nagura

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