丈 山 苑 (日本・愛知)

視察日:1997年11月18日

 丈山苑は、江戸時代のはじめ、武士を捨てた石川丈山が京都一乗寺に建てた詩仙堂を模したみごとな庭園と建物を丈山公園として整備したものです。丈山苑イメージ丈山苑は、石川丈山の生誕の地である愛知県安城市和泉町にあります。苑内は、文人石川丈山の心を汲み取るための空間が広がっており、静寂のときが流れています。本格的な和風庭園と書院が独特のくつろぎとゆとりの空間を演出しています。風流、風雅の世界を堪能することができます。

 丈山苑は、デンパークから車で5分程で行くことができます。観光バスはたぶん来ないと思いますので、人もそれほどいなく、本当に静寂な雰囲気を醸しだしています。本来は、多くの人が来なくてはここの経営も成り立たないのでしょうが、何となく人のあまりいない雰囲気がここ「丈山苑」の魅力をさらに増しているように感じます。行かれるならまだメジャーになっていない今でしょう。本当に穴場という感じです。風流、風雅、わび、さびの世界を堪能できる本当に静かで、落ち着く場所です。丈山苑イメージ忙しすぎる現代人には、もってこいでしょう。

 石川丈山は、武士から文人となった経歴の持ち主です。1583年三河国碧海郡和泉郷(現在の安城市和泉町)で松平家(後の徳川家)に代々仕えてきた三河武士の家に生まれました。丈山は、幼い頃から武芸に秀で、豪勇さで知られる三河武士のなかでも際立った存在であり、16歳の時に徳川家康の近習となります。しかし、1615年の大坂の陣で、先駆け禁止の軍令を犯した責を取りちっ居し、やがて武士をやめてしまいます。その後、風雅の道を志すようになり、特に漢詩文、書の一書体である隷書、また築庭で彼の才能がいかんなく発揮され、現在でも高く評価されています。

 苑内の建物は、詩仙堂を彷彿とさせる木造建築で「詩泉閣」と丈山苑イメージ名づけられています。邸内は、探幽の「画」、丈山の「賛」と伝えられる三十六詩仙の詩仙堂額(複製)をはじめ、隷書体の書幅など、丈山の感性をしのぶことのできる雰囲気を醸しだしています。庭園は、丈山の作庭した詩仙堂、東本願寺渉成園(枳穀邸)、田辺の醜恩庵(一休寺)の三庭園をイメージし、唐様庭園・回遊式池泉庭園・枯山水庭園を組み合わせた本格的な庭園であり、処々に丈山の漢詩碑も配してあります。

 ここ丈山苑は、時間がゆっくり流れているような雰囲気です。空気がちがいます。丈山がいかにも現代人にもっとゆとりを持てよといっているような感じです。世の中には、ゆとりを持たなければ見えてこないものもあります。自然を感じながら、一服お茶でも味わうゆとりを常にもっていたいものです。

By Nagura

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