天竜川東岸に広がる市町村合併して
大きくなった磐田市豊岡地区を訪ねて 
(日本・静岡)

2005年5月1日

 静岡県磐田市(人口174,334人:平成17年4月1日現在、面積164.08平方キロメートル、東西約11.5キロメートル、南北27.1キロ花咲乃庄入り口メートル)の豊岡地区(旧豊岡村)を訪ねてきました。市町村合併して大きくなった新しい磐田市は、平成17年4月1日に磐田市、福田町、竜洋町、豊田町、豊岡村の5市町村が合併して誕生しました。新磐田市のまちづくり計画では、将来像を「光と風・水と緑 ひとが、まちが、いま輝き出す〜自然あふれ、歴史、文化薫るゆとりと活力のまち〜」としています。

 磐田市の歴史を少し紐解いてみます。奈良時代には、遠江国分寺と遠江国府が置かれ、古墳時代の約500基以上の古墳が現存するなど歴史が語り継がれています。江戸時代には、東海道53次の見付宿として繁栄するなど東西交通の要所として発展してきました。近年では、地場産業である繊維産業に加え、金属、自動車、楽器などの工業都市として、磐田市全体の製造品出荷額等では静岡県下トップクラスです。また、農業産出額も静岡県内屈指で農・水産物として温室メロンやお茶、白ネギ、海老芋、中国野菜、シラスなどが有名です。都市部と農村部が均衡ある発展を遂げている地域と言えます。

 自然環境も素晴らしく、磐田市は、天竜川東岸に広がっています。そして、天竜川が流れ込む太平洋の遠州灘にも面しています。天竜川は、長野県の諏訪湖を源として中央・南アルプスの間を南下し、さらに奥三河(愛知県)、北遠(静岡県)の山岳地帯、遠州平野(磐田市)を流下し太平洋に注いでいます。天竜川は、流域面積5,090平方キロメートル、幹川延長213キロメートルの国内でも屈指の急流河川です。

 今回の視察レポートでは、磐田市における旧豊岡村の豊岡地区を紹介していきます。磐田市の北部に位置する豊岡地区には、弘法大師の開山伝説のある獅花咲乃庄の当主子ケ鼻(ししがはな)公園や天竜川ラブリバー公園など山と川の両方の自然にあふれています。獅子ケ鼻公園は、遊歩道やアスレチックが整備され、春は桜、初夏は新緑の中で森林浴、バードウォッチング、秋は紅葉と四季折々の自然を満喫でき、ハイキングに最適です。また、公園内には獅子の横顔に似た奇岩がそびえ立っており、獅子ケ鼻の名の由来になっています。天竜川ラブリバー公園は、鮎釣りで有名な天竜川の河川敷に、親水池を中心に芝生広場、砂利広場、じゃぶじゃぶ池、護石ケ浜を設けた親水公園となっています。

 次に、今回訪ねてきました天竜川界隈にある「花咲乃庄(はなさかのしょう)」と「とれたて元気村」を紹介していきます。一番上の画像は、花咲乃庄の入り口部分を写したものです。花咲乃庄は、平成13年にオープンした総合文化施設で、天保時代から昭和40年頃まで栄えた造り酒屋の屋敷を、資料館、ギャラリー、そば茶屋、庭園などに活用したものです。

 花咲乃庄の歴史を紐解いていきますと、近代末期、造り酒屋として栄えた大箸家は、金融業をも営み、当主藤治郎が活躍したのは幕末期で、一代で天竜川流域でその名を知らぬものはいないほどの在郷商人にのし上がりました。大箸家は、嘉永の頃(1850年頃)には一貫地村(現磐田市豊花咲乃庄古い道具岡地区)の庄屋も努めた旧家です。当主藤治郎の才覚は高く、浜松藩、地元の旗本の調達金に応じ、近隣諸村への融資にも応えていました。1867年(慶応3年)の1年間で動かした金は数万両にも上り、当地域での金庫番でありました。現代に至るまで蔵には調達品、美術品の数々が保管されていました。

 実際にその数々の調達品、美術品を花咲乃庄で見ることができます。蔵の資料館などを見てきましたが、掘り出し物でいっぱいでした。水野越前守から拝領した杯、勝海舟の書、NHK開局当時のラジオ、ラッパ付蓄音機、昭和のブリキの看板、サザエさんのマンガの本など私が見ても懐かしいと思うものもたくさんありました。上から3番目の画像は、蔵のひさし部分に置かれた大八車と酒樽を写したものです。江戸末期の天保の時代から昭和40年ごろまで続いた大箸酒造では、「男山」「錦鷹」「鳶正宗」「福泉」など数々の銘酒を造っていました。ちなみに、上から3番目の画像に見える酒樽は「男山」のものです。

 ここ花咲乃庄は、現在の当主が住居の一部を残し一般開放しました。花咲乃庄と名付けたのも現在の当主で、この貴重な屋敷を整備して、多くの人が来て見て触ることで“古人の知恵を学び、自らの花を咲かせるきっかけになること”という願いが「花咲乃庄」という名前に込められています。いい名前と思います。今回、屋敷の案内を当主にして頂きました。上から2番目の画像でお客様に説明しているのが当主です。また、花咲乃庄には、飲食施設「そば茶屋・一貫」があり、極上の北山蕎麦90%を用いた手打ち蕎とれたて元気村の外観麦が売りで、そばの実御膳を食べてきましたが、なかなか美味でした。さらに、食べながら菖蒲や枯山水の見える庭園を見ることができ、景色も堪能できます。この時は、庭園で大道芸もやっていました。

 上から4番目と5番目の画像は、とれたて元気村の駐車場部分の看板と店内を写したものです。とれたて元気村は、天竜川に架かる浜北大橋の東側にあり、地場産品を販売しています。新鮮な野菜などを求めて年間30万人ほどが訪れ、売り上げも4億円を超える盛況ぶりです。私が行った時は、午後3時頃で、既に売り切れているものもありましたが、それでもけっこう賑わっていました。

 とれたて元気村は、1998年にオープンし、地元で取れる農産物をPRしようと、旧豊岡村と農協などが出資する第三セクターが運営しています。ところ狭しと農産物が並べられており、野菜の入ったポロエチレンの袋には生産者の名前やバーコードが張ってあります。また、農産物以外にも、凧などの民芸品や加工品も販売しています。あと、印象的なのが店内に額に入れて飾ってある元気村「村民憲章」です。そこには「私達は栄養たっぷりで、安全な特産品を愛情こめて育てます」「私達は新鮮で、美味しさいっぱいの旬の味を自信と責任を持って届けます」「私達は明るい笑顔と真心で、農業と農村の素晴らしさを伝えます」と書かれており“とれたて元気村”の思いが込められています。

 とれたて元気村には、隣接してお食事処味里もあります。地元産の旬の農産物を味わうことができます。日本一の生産量を誇る豊岡産のとれたて元気村の店内海老芋(えびいも)は、その品質の良さが高級料理の旬な味覚として重宝がられています。海老芋の収穫は9月から3月(12月が最盛期)で、その期間であれば、お食事処味里で海老芋を使用した郷土料理を食することができます。海老芋はどのようなものか少し紹介しますと、里芋科里芋属の根菜で里芋に似ていますが、曲がった形が海老に似ていることから海老芋と名付けられたようです。海老芋は、ふつうの里芋と違って煮ても形がくずれず、食味は、里芋の中でも最高といわれています。煮物やおでんなどに最適と言えます。今回、旬な季節でないため食べることはできませんでしたが、ち密で粘り気があり、柔らかいのにモチモチッとした風味はほかに類を見ない美味しさだそうです。

 最後に、磐田市が進めている「スポーツのまちづくり」を紹介します。磐田市は、戦前からスポーツ界において国際レベルで活躍する多くの人材を輩出するとともに、近年では、Jリーグ(サッカー)のジュビロ磐田のホームタウンとして、全国的にもスポーツのまちとして認識されています。平成16年3月に磐田市は、スポーツのまちづくり基本計画を策定しています。サッカーをはじめとする様々なスポーツを振興し、子どもからお年寄りまでが多様なレベルで生涯を通じてスポーツを楽しむことによって、心身の健全な発達や健康増進を図り、地域間交流を盛んにするとともに、産業振興や地域活性化などを図ることを目的としています。重点整備テーマとして「小・中学校グランドの芝生化」「総合型地域スポーツクラブの育成」「スポーツによる健康づくりの推進」「スポーツ合宿やスポーツ大会の拠点づくり」を挙げています。

 市町村合併して大きくなった磐田市は、山、川、そして海とさまざまな魅力がありますので、今回紹介しました現当主がご案内してくれる花咲乃庄や新鮮な地元の産品があふれているとれたて元気村はじめ、皆さんも訪ねてみてはいかがでしょうか。

By Nagura

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