石巻 〜 宮城県北東部を訪ねて (日本・宮城)

視察日:1999年10月28日

 宮城県石巻市(人口:約12万人)を訪ねて参りました。石巻市は、仙台市に次ぐ宮城県第二の都市です。100万人墨汁一滴外観を抱える仙台市からみますと約8分の1ほどの人口で、仙台市への一極集中が伺えます。JR仙石線の快速を使えば、仙台から1時間ほどで石巻に着きます。

 旧北上川の河口に広がる石巻市は、江戸時代から物流の拠点として栄えてきた歴史をもつ日本有数の港町です。また、石巻市街地にある標高約56メートルの小高い丘に位置する日和山公園は、鎌倉時代の葛西氏の居城跡と言われています。

 石巻は、NHKの全国ネットでもマンガを利用した“まちおこし”でも紹介されていますし、新聞、雑誌紙上でもよく取り上げられていますので、ご存じの方も多いことと思います。“マンガ”をキーワードにまちおこしの起爆剤にしようとしているまちは、日本全国でみるとけっこうあります。ゲゲゲの鬼太郎などのキャラクター像を商店街に設置した鳥取県境港市、漫画本を寄贈してもらう「一人一冊運動」から始まった岡山県川上町の「吉備川上ふれあい漫画美術館」、兵庫県宝塚市の「手塚治虫記念館」、秋田県増田町の「まんが美術館」、高知県香北町の「アンパンマンミュージアム」などあります。

 ここ石巻の取り組みを見ていきますと、本格的な展開はこれからですが、建設計画などが進みつつあります。石巻の取り組みの大きな特徴は、官民一体となって進められている点です。市が打ち出している「マンガランド構想」を見ますと、中心部の旧北上川河口に臨む中州に宮城県出身の故石ノ森章太郎さんの作品を取り入れた「石ノ森萬画館」を2001年開館予定です。同館は展示だけでなく、漫画に関連した情報産業の人材育成も手がける計画です。ちょうど私が訪ねた時(1999年10月旧石巻ハリストス聖教会28日)に「石ノ森萬画館」の建設予定地に看板が設置されているところでした。また、石巻市沖合いの田代島を「マンガアイランド」として整備する計画も国や県の補助金がついています。
 マンガランド構想を進める市民ボランティアの活動拠点とも言えるのが、一番上の画像に写っている「墨汁一滴」です。行った時は、残念ながら閉まっておりましたが、石ノ森章太郎さんをはじめさまざまなマンガ家の直筆色紙やポストカード、フィギュアなども販売されており、2階ではコーヒーを飲みながらくつろげる空間が広がっているようです。

 石ノ森章太郎さんのもともとの出身は、同じ宮城県にある中田町というところです。ここ石巻から北に行ったところにあり、石巻とは、北上川で結ばれています。石巻は、石ノ森章太郎さんが学生時代に映画館などのよく通った思い出深い場所だったようです。石ノ森章太郎さんが通われた中州にある映画館「岡田劇場」は、今でも残っていました。私の時代ですと、石ノ森章太郎さんというと、子供の頃見た仮面ライダーが懐かしく思い出されます。当時、スナック菓子のおまけに仮面ライダーのカードが付いており、カード欲しさ、それもある特定のカード欲しさに、食べきれないほどのスナック菓子を駄菓子屋で買った記憶が残っています。

 そもそも、石巻市がマンガを起爆剤にまちおこしをしようとした背景を見ていきますと、どこの町の中心市街地も同じような状況のところが多いですが、郊外に大型店が進出して、市中心部の衰退が深刻になって、“シャッター通り”という不名誉な呼ばれ方をしていることがまず挙げられます。実際サンファンバウティスタに、石巻市の中心市街地を歩いてきましたが、事前に“シャッター通り”とイメージをインプットしていただけに、まだまだいける、そんなに酷い状態ではないという感じがしました。(他でもっと酷い状態を見てきているだけに)しかし、宮城県内で第二の都市という視点で見ていきますと、第二の都市としては寂しいという面は否定できないものはあります。

 人間が病気にかかる場合もそうですが、ぎりぎりまで体が弱っているのにも関わらず無理をすると、どん底まで落ち、回復するのにものすごく時間がかかるか致命傷になってしまいます。しかし、体が弱っている段階で、方向転換し、体をいたわる方向にもって行けば、比較的短時間で回復傾向に向かいます。まちの活性化においても、人間の病気の場合と同じことが言え、このバランス感覚が大切だと思います。石巻市の場合を見ていますと、私が実際に歩いて感じた限りでは、“シャッター通り”と言われるほどどん底まで落ちていなく、まだ体力が残っている段階で、うまく方向転換が進みつつあるように思います。

 これから、実際に構想を現実にしていく段階でたいへんですが、がんばって頂きたく思っております。市民含め商店街の中にも、マンガランド構想に対して、心配したり懸念する声もあると思いますが、マンガランド構想の取り組みをテレビ、新聞・雑誌紙上で見ている限り、マンガランド構想を実現することが“目的”ではなく、まちの活性化の一つの起爆剤の“手段”として、しっかりと捉えている点が伺えるだけに大丈夫なのではないかと感じております。

 上から2番目の画像は、中州(中瀬)にある白壁に瓦屋根というビザンチン様式を模した八角形の建物が美しい日本最古の木造教会の「旧石巻ハリストス正教会堂」を写したものです。また、上から3番目の画像は、仙台藩主・伊達政宗公の命を受けた支倉常長(はせくらつねなが)ら一行が慶長18年(1613年)にここ石巻からローマへ旅立った木造大帆船のサン・ファン・バウティスタ号を写したものです。

 今回、ここ石巻で夕方になり、その後、津山町、登米(とよま)町、古川市、岩出山(いわでやま)町、中新田(なかにいだ)町などを回りましたが、暗くなってしまい、写真撮影はうまくできませんでしたが、各町の雰囲気をざっとつかんで参りました。また、次の機会(いつか定かではありませんが)にゆっくりと昼間回って、皆さんにお伝えしたいと思っております。見所だけをかいつまんで説明しますと、北上川の雄大な眺めが絶景です。特に、河北町から津山町に向かう北上川に沿って走る道路は、ドライブコースに最適です。津山町は、気候風土が杉の生育に適しており、町の総面積の85%が杉の森林で占められています。津山町ならではの森林をテーマにした施設「もくもくランド」があります。登米町は、藩政時代には登米伊達家の城下町、明治時代は登米県庁が建てられた場所で、歴史がいっぱい詰まっているまちです。古川市は、ササニシキの米作りの発祥地であり、新幹線が止まる県北の中核都市です。岩出山町は、仙台に城を移す前の伊達政宗公が青年期を過ごした居城の場所でもあります。中新田町には、日本屈指のパイプオルガンを備え、音響がすばらしいことで世界の演奏家の間でも高い評価を受けている室内楽ホールの「バッハホール」があります。

 上記で説明しました市町村含め、今回、ざっと車で通り過ぎたところを含めますと、宮城県内の半分近くの市町村を回ったのではないかと思います。全体的に見て、ハード面の整備が進んでいる様子が伺えました。今回、表面的に通りすぎただけですので、どこまでソフト面の取り組みが進んでいるかわかりませんが、これだけハード面が素晴しいだけに、今後、ソフト面をより充実させ、より魅力ある“まち”にしていって欲しいものです。

 今回、宮城県(石巻〜宮城県北東部)を訪ねるにあたりまして、当方のメールマガジン「地域・まちづくり情報&コラム」をお読みいただいております仙台市在住の後藤さんにご案内いただきました。最後に、紙面(ホームページ・メールマガジン上)を借りまして、お礼申し上げます。ありがとうございました。

By Nagura

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