城を背に車山からくりの犬山祭を訪ねて(日本・愛知)

視察日:2010年4月3日

 愛知県犬山市(人口75,813人、28,715世帯:2010年2月28日現在、面積74.97平方キロメートル)で行われた犬山祭を犬山祭のさくら訪ねてきました。犬山祭は、毎年4月の第1週の土曜日、日曜日に行われています。お祭りは、土曜日の一日目を「試楽祭(しんがくさい)」、二日目の日曜日を「本楽祭(ほんがくさい)」と呼ばれています。今回、土曜日の試楽祭(しんがくさい)を見てきました。

 犬山祭は、今年で376回目を迎え、江戸時代から約380年の伝統があり、ちょうど桜が満開の犬山城下に13両の車山(やま)が繰り出し、歴史絵巻のような絢爛豪華そのものです。犬山では、山車(だし)のことを車山(やま)と呼びます。

 精巧な彫刻や水引幕で彩られた車山の巡行が呼び物で、各町内から引き出されて町を練り、激しく方向展開する「車切(しゃきり)、どんでん」が見所です。また、夕暮れからの夜車山(よやま)では、車山に付けられた365個のちょうちんに明かりがともり、昼間とは違った幻想的な世界が広がります。上から5番目の画像は、ちょうちんに明かりが灯った夜車山を写したものです。

 犬山祭は、2日間で約50万人の人出があるそうです。今回、ボランティアガイド「犬山歴史観光ガイド・ナイスで犬山」の方にご案内頂きましたが、犬山祭は2日のうち、いずれかはよく雨に降られるということでした。しかし、今回は、行った日の土曜日は快晴で、翌日も予報が晴れであり、今年はかなり人出がでるのではないかということをおっしゃっていました。

 上から2番目の画像は、犬山城の下の針綱神社前に集まった車山を写したものです。画像からもご覧いただけますが、車山の上部に「からくり人形」が備犬山祭の車山えられています。画像上から5、6両の車山がご覧いただけますが、犬山の車山は全国的にも珍しく13両あるすべての車山に見事な仕掛けのからくりを備えています。車山の高さは約8メートルあり、重さは3トンを超えるそうです。

 また、犬山は、以前に「雄大な川と城の“まち”犬山を訪ねて」「犬山市の住民参加のまちづくりを訪ねて」でも紹介しておりますので、併せてご覧頂けましたら犬山祭が行われた犬山城の城下町の様子がよりお分かりいただけるのではないかと思います。また、少し足を伸ばしたところにある明治村リトルワールドなども見所ですので、末尾で少し紹介しております。

 犬山祭は、満開の桜、そして桜に映える犬山城、そこに、メインの13両の車山が繰り出し、春のぜいたくな一日を楽しむことができました。一番上の画像は、針綱神社前の桜を写したものですが、露店の後ろに見事な満開の桜がご覧いただけると思います。また、上から3番目の画像は、城下町のメインの通りから犬山城の方向を写したものです。沿道の桜も見られますが、画像の奥に犬山城をみることができます。肉眼ではしっかり見えましたが、画像上からは、中央の樹木の中から少し天守閣の角張ったところが見えますが、わかりにくいと思います。

 先ほど少し述べましたが、上から2番目の画像でみられる犬山の車山の特徴は、13両すべてにからくり人形があることです。1両ずつ順番に車山の上で、演技をみせる「車山からくり」を披露していきます。からくり人形は、ゼンマイや糸で動く人形のことです。車山からくりは、江戸時代に尾張犬山祭の城名古屋の東照宮の祭礼に登場したからくり人形が始まりとされており、その後、流行になって尾張全土に広がり、ここの犬山の車山のように作られた車山からくりの多くが今もなお活躍しています。からくり人形は、現代のロボットに合い通じるものがあり、この名古屋を取り巻くエリアがものづくりが盛んになったのかも知れません。からくりは、針綱神社近くにある犬山市文化資料館別館「からくり展示館」でからくり人形の実演もやっており、祭りの時でなくても見ることができます。

 犬山のまちづくりは、10年前ほどから定点的に何回となく訪れてみてきておりますが、10年前とは見違えるほど、城下町のまち並みの整備が進み、観光客も増えてきていると思います。まだまだ発展過程とは思いますが、充実してきており、名鉄とのタイアップなどで知名度、PRも行っており、これからの伸びしろがある楽しみなまちです。犬山の城下町の魅力は、犬山城と城下町の外周を堀で囲い込んだ城郭構造をそのまま残しているところです。車山が常時展示されている「どんでん館」に、江戸時代の古い地図と現在の地図が展示してあり、それをみますと、見事に、江戸時代のまち割と現在のまち割があまり変わっていない様子が伺えます。

 上から4番目の画像は、城下町のメインの通りにある建物を写したものです。画像上から屋根が緩やかなふくらみのあるカーブ状になっているのがご覧いただけると思います。この建物は、登録有形文化財の「旧磯部邸家住宅」です。江戸期の建築様式を持つ木造家屋で、主屋は幕末に建てられています。画像から見ら犬山祭のまち並みれる緩やかなふくらみのある屋根は「起り屋根(むくりやね」」と呼ばれています。犬山市内の町家(まちや)では、唯一ここだけです。

 正面は2階建てで、裏は平屋の「バンコ2階」で、江戸期から呉服商を営んでいたようです。起り屋根は、裕福な家の象徴だったようです。間口が狭く、奥行きが長い「ウナギの寝床」のようになっており、実際に奥を見てきましたが、中庭、裏座敷、土蔵などありました。奥行きが長いのは、京都の町家でも見られるよに、江戸期の税金は間口の広さで決まっていたことが影響しています。

 今回は、行きませんでしたが、以前行ったことがある犬山城の東にある庭園の有楽苑もなかなか趣きがあり、落ち着くところです。有楽苑には、国宝茶屋如庵があります。如庵は、茶の湯の創世期に尾張の国が生んだ大茶匠・織田有楽斎が建てた茶室で、昭和11年に国宝の指定をうけた茶道文化史上貴重な遺構です。京都山崎妙喜庵内の侍庵、大徳寺龍光院内の密庵とともに、現存する国宝茶席3名席の一つです。

 余談ですが、一番上の画像の露店の一部が見える「やきそば」という文字は、「富士宮やきそば」の露店です。現在、多くのまちで食のまちおこしが行われており、B級グルメの祭典の「B-1グランプリ」も毎年盛り上がっています。B級グルメの先駆者というか、代表格が「富士宮やきそば」でご存知の方も多いことと思います。富士宮やきそばの露店は、画像上の犬山城前の広場だけでなく、犬山駅に近いところにも富士宮やきそばの露店がありました。メジャーになりつつあると感じた次第です。

 富士宮やきそばは、ジューシーな豚の背油と魚系のダシが絶妙な風味のやきそばで、モチモチした麺の食感が特犬山祭の車山提灯徴です。戦後引揚者によって工夫された独特な製法(蒸した後に湯通しせずに油をコーティングする)が現在もそのまま残る富士宮の蒸し麺は、他地域で普及している麺と一線を画すもののようです。

 富士宮市内には150軒以上あると言われているやきそば店では、鉄板上でその蒸し麺にキャベツ、肉かす(豚の背油からラードを絞った残りかす)を加え、ウスター系ソースで焼き上げ、魚系(鰯(いわし)や鯖(さば))のだし粉をかけて仕上げるという伝統的な調理法を守っています。

 犬山には、今回紹介しました犬山祭が行われた界隈には、犬山城はじめ城下の古いまち並み、木曽川うかい、有楽苑などあります。また、少し足を伸ばした近隣にも見所がたくさんあります。例えば、明治村リトルワールド、日本モンキーパーク、日本モンキーセンター、お菓子の城などあります。

 明治村は、明治の古い歴史ある重要文化財などの建築物を保護するために一カ所に集めた博物館のような感じで明治のいろいろな暮らしの体験ができます。リトルワールドは、123万平方メートルという広大な敷地の中に、世界各地から集めた4万点もの民俗資料と22カ国、33施設の野外展示家屋があり、各国の食をはじめ、世界の生活や文化に触れることができます。皆さんも、犬山城はじめ古いまち並みとともに、少し近隣に足を伸ばして、泊りがけで犬山観光を満喫されてはいかがでしょうか。

By Nagura

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