商売繁昌の神様として有名な豊川稲荷
の門前町・豊川市を訪ねて 
(日本・愛知)

2007年5月19日

 商売繁昌の神様として全国的に知られている豊川稲荷の門前町・豊川市(人口138,184人、49,017世帯:2007年4月1日豊川稲荷ナギの木現在、面積102.05平方キロメートル)を訪ねてきました。全国的に豊川稲荷として呼ばれていますが、実際は、曹洞宗のお寺で「豊川閣 妙厳寺(とよかわかく みょうごんじ)」と言います。正月三が日だけで100万人以上の方が「商売繁昌」「家内安全」「福徳開運」などのご利益を授かりに参拝されます。

 「商売繁昌」と「商売繁盛」は、どちらの表記も使われていますが、このレポートでは「商売繁昌」という表記で使っています。特に意味はありませんが、なんとなく「商売繁昌」の方が感覚的にピンときます。ちなみに、違いを調べてみますと、木村荘八の「東京繁昌記」において、当初の新聞での掲載時に「盛」の字が使われ「繁盛」という皮切りになったそうです。作者自身の付記によりますと、本来は「昌」の字が用いられていたのが、1946年(昭和21年)の登用漢字の制定以来、「盛」の字を使ったといいます。しかし、出版社から刊行されるときには、出版社内部と相談の上、従来の「繁昌記」に戻されたそうです。

 豊川稲荷は、およそ700年前の室町時代に開創され、今川義元、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、大岡越前守忠相、渡辺華山などの武人文人達の信仰を集めました。豊川稲荷は、京都の伏見稲荷、佐賀の祐徳稲荷とともに日本三大稲荷とされています。正月に豊川稲荷にお参りに行ったことがありますが、ものすごい人で、参拝するだけでもたいへんでした。今回は、豊川稲荷を隅から隅まで、豊川市観光ボランティアガイドの栗田さんにご案内頂きました。

 一番上の画像は、豊川稲荷の入り口あたりにあり、総門をくぐったところの右手にある鎮守堂の前で、観光ボランティアガイドの栗田さんに「ナギの葉」門前の商店街について説明を受けているところです。行った日は、土曜日で参拝客も多く、我々のグループ以外の方も多く集まってきました。その様子が画像からご覧頂けると思います。画像の後ろにある大きな大木がナギの木です。右手に小さく見えるのが鎮守堂です。

 ナギの木は、常緑の高木で、神社やお寺に植栽されることが多いです。このナギの葉は、簡単には切れないため「よい縁が切れないということで、お守りとしてこの葉を頂きもっているといい」「財布に入れておけばお金にも縁がある」と説明を受け、皆、ナギの葉を持ち帰っていました。ちなみに当方も1枚頂いて帰ってきました。ナギの葉を見ますと、竹の葉のように縦に繊維が走っており、おっしゃるように、横方向には簡単には切れません。たしかにご利益があるのかも知れません。ふと、京都に行った際の舞妓さんから頂いた千社札のことを思い出しました。舞妓さんの千社札を財布に入れておくと、お金が舞い込(舞妓)むというものです。ちなみに、その千社札も財布に入っています。

 上から3番目の画像は、御本殿を写したものです。現在の御本殿は、明治27年に当山29世福山黙童禅師が改築を発願し、明治41年に起工以来、明治、大正、昭和と三代にわたり、昭和5年に竣工したものです。総欅(ケヤキ)造り、妻入二重屋根三方向拝の構造で、間口十間余(約20メートル)、奥行き二十一間余(約40メートル)、高さ百尺余(約30メートル)あります。丸柱は、尺八寸(約54センチ)から三尺(約1メートル)のものが72本あり、近代建築で比類ない壮大壮麗な殿堂となっています。

 御本殿で参拝した後、御本殿の右手奥の境内をぐるっとご案内いただきました。御本殿から右手奥に少し行きますと、樹木が豊川稲荷の御本殿うっそうと茂っており、樹木の中の参道の両側に祈願の千本幟(のぼり)が立ち並んでいます。千本幟をくぐり抜けるように歩いていきますと、大黒堂があります。大黒堂は、土蔵造りのお堂で大黒天を祀っています。

 お堂の前に立っている石像は、手に触れ摩することにより、福徳を授かると言われており、かなり削られた状態になっていました。お堂の中には、以前にお堂の前にあったほとんど削りとられて石像の形をなしていない状態のものも置いてありました。それだけ、多くの人に福徳を与えてきた表れと思います。

 大黒堂をさらに奥に行くと、霊狐塚(れいこづか)があります。ボランティアガイドさんがおっしゃっていましたが、遠いこともあり、霊狐塚まで行く人はあまりいないそうですが、今回は、隠れたスポットの霊狐塚もご案内頂きました。上から4番目の画像が霊狐塚を写したものです。画像から見にくいかもしれませんが、狐の像が800体以上あるそうです。この狐の像は石で出来ている石像で、祈願と成就のお礼として奉納されたものです。また、霊狐塚の手前にある奥の院は、旧本殿のもので、江戸時代後期の文化11年(1814年)に建立されたもので、本殿の梁に彫刻してある「登り龍」と「下り龍」は迫力と豪快さがあり一見の価値があります。

 上から2番目の画像は、豊川稲荷の総門から門前の商店街を写したものです。昼食は、門前の商店街にある和食処「松屋」さんの四季折々の食材が楽しめる豊川稲荷狐塚開運弁当を堪能してきました。豊川稲荷の門前周辺のお店では、豊川稲荷にちなんださまざまな工夫された稲荷寿司を発案して販売しています。ここ松屋さんでは、「味噌カツいなり」を販売しています。また、和食店ならではの季節によって五目、わさびなどの季節のいなり寿司もあります。

 その他のお店の稲荷寿司を紹介しますと、来恩さんの「菜めしいなり寿司」、門前そば 山彦さんのひじき、人参、椎茸、クルミ、竹の子の5種類が入った「いなほ稲荷寿司」、竹の和さんのヤマサのちくわと鯛そぼろをトッピングした「竹の和いなり」などがあります。変わったところでは、和洋菓子たねやさんの稲荷寿司の形をしたお菓子「稲荷寿司でシュー」、千石寿しさんの鰻と油揚げの意外なコンビネーションのその名も「鰻荷(うなり)寿し」などがあります。

 上から5番目の画像は、豊川駅・豊川稲荷駅から歩いてきて、門前の商店街に入るところに張ってあった昔なつかしいホーローの看板を写したものです。オロナミンC、蚊取り線香の金鳥とアース渦巻、殺虫剤のキンチョールとハイアース、オロナインH軟膏などのホーローの看板を見ることができます。商店街の入り口には、鳥居をかたどったアーチになっており、画像からも右上に少し見えますが「豊川いなり表参道 なつかし青春商店街」と書かれています。

 ここの商店街(表参道発展会)は、平成18年に経済産業省が全国の商店街の中から選定したがんばる商店街77選に選ばれて昔なつかしいホーロー看板います。ちなみに愛知県内では、ここ豊川の表参道発展会、瀬戸の銀座通り商店街名古屋の大須商店街連盟の3つだけです。ここ豊川の表参道発展会が選定された大きなポイントは、ハード先行のまちづくりから脱却して、若手商店主が中心となり、地域再生計画を活用したソフト先行まちづくりを推進してきたことです。先ほど、紹介しましたお店でいろいろな工夫をした稲荷寿司もその一つです。

 一番大きな取り組みは、何と言っても「いなり楽市」です。「いなり楽市」は、豊川稲荷表参道一帯で、原則3月から11月までの第4日曜日(但し、5月はゴールデンウィークに合わせて開催され、また11月は豊川稲荷秋季大祭に合わせて開催されているようです)の午前10時から午後4時まで開催されています。いなり楽市の基本コンセプトは「ちょっと懐かしいレトロな異空間」です。もともと、ここの門前の商店街は、昭和の古き良き時代の面影を残しており、それを皆さんにもう一度当時を思い出していただきたいという思いから“レトロ”をテーマにしています。イベント内容は、各商店が店頭で戸板を台にして自由市を繰り広げる「元気軒下戸板市」「フリーマーケット」「ちんどんや行列」「朝どり新鮮市場」「ストリートパフォーマンス」など盛りだくさんです。ちなみに、「ちんどんや」は、店主たちが自ら演じてやっています。

 最後に旬な情報として、行った時に、2007年6月1日のプレオープンに向けて、いなり楽市「いっぷく亭」が改装中でした。いなり楽市「いっぷく亭」は、まちづくりのための株式会社「豊川まちづくり そわか」が空き店舗を活用して運営するものです。1階が展示即売と休憩所、2階が文化教室となっています。その他、会議室、イベント会場としての貸し出しも行います。文化教室では、ヨガ、太極拳、手編み、草木染め、絵手紙、着付け、パッチワーク、舞踊などが予定されています。

 今回、豊川稲荷を視察するにあたり、豊川市観光ボランティアガイドの栗田さんにご案内いただきました。また、事前準備では、豊川市観光協会の梅田さんにご尽力いただきました。最後に、紙面(ホームページ・メールマガジン上)を借りまして、お礼申し上げます。ありがとうございました。いなり楽市「いっぷく亭」もオープンしますし、皆さんも機会がありましたら、ご利益のある豊川稲荷の参拝も兼ねて、「いなり楽市」に合わせてがんばる商店街を訪れてはいかがでしょうか。

By Nagura

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