松尾芭蕉のふるさと・伊賀上野を訪ねて(日本・三重)

視察日:2012年2月22日、1月27日、2011年12月16日

 松尾芭蕉のふるさと・伊賀上野(旧上野市や旧伊賀町などが合併し現在は伊賀市:人口98,662人、39,669世帯、面銀座商店街の通り積558.17平方キロメートル:平成24年4月30日現在)を訪ねてきました。 伊賀市は、三重県の北西部に位置し、北は滋賀県、西は京都府、奈良県と接しています。近畿圏、中部圏の2大都市圏の中間に位置し、それぞれ約1時間の距離です。

 伊賀は京都・奈良や伊勢を結ぶ大和街道、伊賀街道、初瀬街道を有し、古来より都(飛鳥、奈良、京都など)とつながっていました。また、江戸時代には、藤堂家の城下町や伊勢神宮への参宮者の宿場町として、交通の要衝として栄えてきました。三重県そのものは、歴史・文化的な背景を受け、東海地域に属していますが、伊賀は、地位的条件や文化的背景から「伊賀は関西」という考え方が古くから定着しているそうです。

 上から2番目の画像は、伊賀上野観光の玄関口でもある伊賀鉄道の上野市駅前に立つ松尾芭蕉の銅像を写したものです。ちょうど芭蕉さんの銅像の真後ろに見える三角屋根が上野市駅の駅舎です。各地をさすらい、旅に生き、旅に人生を見い出した漂泊の詩人松尾芭蕉は、伊賀国上野の生まれで、まさに現在の伊賀市です。上から2番目の画像における芭蕉さんの銅像の細かい姿勢までは見づらいと思いますが、旅笠を背負い手に杖を携え、大空を仰いでいるような悠然とした立ち姿です。生誕地の伊賀上野から新たな旅に出立しようとしているようにも見えますし、旅先で、俳句を詠もうと周りの景色を仰ぎ見ているようにも感じます。

 ご存知の方も多いと思いますが、松尾芭蕉の生涯をざっと振り返ってみます。松尾芭蕉は1644年(寛永21年)に、先ほど述べたように、現在の伊賀市の伊賀国に生まれました。松尾家は準武士待遇の農民で、芭蕉は6人兄弟の次男として生まれ、18歳の時に藤堂藩の侍大将の嫡子・良忠に料理人として仕えます。藤堂高虎を藩松尾芭蕉の像祖とする藤堂藩には文芸を重んじる藩風があり、芭蕉も良忠から俳諧の手ほどきを受けて詠み始めて才能を開花させていきます。そして、松尾芭蕉は、井原西鶴(芭蕉の2歳年上)、近松門左衛門(芭蕉の9歳年下)と並んで、元禄3文豪に数えられるほどになっていきます。

 なかでも、芭蕉が弟子の河合曾良を伴い、元禄2年3月27日(1689年5月16日)に江戸を立ち、東北、北陸を巡り岐阜の大垣まで旅した紀行文「おくのほそ道」はご存知の方が多いのではないでしょうか。全行程がなんと約600里(2,400キロメートル)で、日数にして約150日間(約半年)かけて巡っています。
 少し旅先での芭蕉の句を紹介します。日光で「あらたふと 青葉若葉の 日の光」、平泉で「夏草や 兵(つはもの)どもが 夢のあと」、山形領立石寺で「閑さや岩にしみ入る蝉の声」、新庄で「五月雨を あつめて早し 最上川(もがみがわ)」、越後の出雲崎で「荒海や 佐渡によこたふ 天の河」、そして、結びの地の大垣では「蛤(はまぐり)の ふたみにわかれ行く 秋ぞ」という句を詠んでいます。それぞれの句を詠んでいますと、旅先の風景とともに、芭蕉さんが旅先で感じた心の動きも感じることができるのではないでしょうか。今一度、じっくりと「おくのほそ道」を読んでみたくなったのではないでしょうか。

 上から4番目と5番目の画像は、ちょうど開催していた「伊賀上野城下町のおひなさん」の取り組みを写したものです。「伊賀上野城下町のおひなさん」は、昔ながらの雰囲気が色濃く残っている本町通り周辺で行われていました。商店街の方にご案内いただきましたが、本町通りは城下町さながらの町家や店舗が多く残っており、その約60カ所に「ひな飾り」が展示されています。上から4番目の画像は、商店街の婦人服のお店の店頭に飾られたおひなさんを写したものです。また、商店街の飲食店や和菓子処では、おひなさま限定の特別メニュー上野天神宮の食も充実していました、ひな菓子、雛もなか、おひなあられはじめ、おひなさんうどん、おひなさんパフェ、おひなさんオーレ、ひな御膳、おひなさんデザートセットなど各店、工夫を凝らした取り組みがされていました。

 町家やお店の店頭の約60カ所に、江戸時代から昭和後期にかけての約2,000体のひな人形が並んでいるそうです。また、メイン会場と言える本町通りにある町家の仲森邸をご案内いただきました。江戸時代に作られたひな人形の原型とされる川に流して厄払いした「流しびな(立てびな)」や「享保びな」をはじめ先ほど紹介しました松尾芭蕉も俳句に詠んだ伝統芸能「萬歳(まんざい)」を再現した「ひな萬歳」など貴重な人形の数々が展示されていました。上から5番目の画像は、町家の仲森邸に飾られていた竹筒にのった数々のひな人形を写したものです。かぐや姫のような趣きのある数々のひな人形がご覧いただけると思います。

 また、町家の仲森邸では、おひなこけしの製作体験や桜葛湯のおもてなしなどもされていました。さらに、松尾芭蕉のふるさとならではの俳句を投稿する「投句箱」が「伊賀上野城下町のおひなさん」のエリアのところどころに置かれていました。おひなさんにちなんだ俳句を詠んで投句箱に投稿すると、期間終了後の審査され、優秀作品には来年度、まちなかに飾られたり景品などが贈られるようです。趣きのある本町通りは、今回はたまたま「伊賀上野城下町のおひなさん」の催しが行われていましたが、普段の時も、通りから上野城を眺めることもでき、伊賀上野の風情が感じられるところで散策するのにお勧めです。

 上野城は、木造三層のこじんまりとしていますが見ていて何となく落ちつく城です。白壁の塗込めによる純日本建築様式で、たいへん美しく上野城城下町のおひなさんは、別名「白鳳城」とも呼ばれています。上野城は、1585年に伊賀の国を領した筒井定次が三層の天主を築き、その後、1608年に藤堂高虎が伊賀・伊勢の城主として、伊予今治城から移ってきました。藤堂高虎の時代に、徳川家康から命を受け大阪方(豊臣方)との決戦に備えて大拡張しています。しかし、竣工直前の五層大天主は、台風の暴風雨で倒壊し、再び建てられることはなかったそうです。

 上から3番目の画像は、上野天満宮を写したものです。上野天満宮は、「伊賀上野城下町のおひなさん」が行われていた本町通りの東の突き当たりにあります。上野天満宮は、文学、牛馬の神として、「天神さん」の名で親しまれており、菅原道真を祀っています。毎年10月には、上野天神祭が行われ、なかでも見どころは百数十体の鬼行列と9基のだんじりだそうです。鬼行列は、疫病退散の祈りを込めて恐ろしくもユーモラスな面を着けた鬼達がまちを練り歩きます。そして、鬼行列に続いて、雅調豊かな祭ばやしを奏でながら9基のだんじりがにぎやかにまちを巡行します。伊賀上野の秀でた文化性や芸術性が感じられる鬼行列やだんじりは400年の伝統を誇り、上野天神祭は、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

 一番上の画像は、昔ながらの道路幅の本町通りと違って、駅前に通じる道路が拡張され整備された銀座通りを写したものです。右端に商店街の街路灯がありますが、街路灯のお店の看板の下に少し見えづらいかも知れませんが、忍者のイラストとともに「頑張れ くノ一(くのいち・女忍者)」という表示がされているのがご覧いただけると思います。伊賀は伊賀忍者と呼ばれるように忍者の里としても有名です。伊賀国の地に伝わっていた忍術流派の伊賀流は、ここ伊賀と山一つ隔てた場所にある甲賀流とともに、忍術の中で有名な流派の一つです。

 忍者を前面に出したまちづくりも積極的に行っています。毎年春には、「伊賀上野NINJAフェスタ」のイベントが城下町のおひなさん開かれます。忍者に変身できる「変身処」がまちなかに配され、レンタル衣装で誰でも忍者になることができ、手裏剣打ちや吹き矢などを体験できます。また、伊賀市の市議会では、これまでに市議や市長など出席者全員が忍者の衣装を身に着けた忍者議会を開いたこともあります。その時は、議案提案も巻物を読み上げる形でなかなか凝っていたようです。

 最後に、伊賀上野の城下町の商店主たちの取り組みを紹介して締めくくりたいと思います。最近、社会的な大きな課題となりつつある買い物弱者とか買い物難民という言葉を聞いたことがないでしょうか。買い物弱者(買い物難民)とは、流通機能や交通網の弱体化とともに、食料品等の日常の買い物が困難な状況に置かれている人々のことを指します。買い物弱者の増加の兆候は、高齢者が多く暮らす過疎地や高度成長期に建てられた大規模団地等で見られ始めており、その数は600万人程度と推計されています。

 伊賀上野の城下町の商店主たちは、社会福祉協議会や商工会議所、まちづくり組織と一緒になって、そのような社会的な課題を踏まえて、「高齢化社会における買い物サポート事業の仕組みづくり」の話し合いを進めています。昨年度(平成23年度)、その話し合いのサポートを少しさせていただきました。今年度(平成24年度)は、商店主たちが社会福祉協議会などと一緒になって、話し合った内容を実際に実証実験として行って、さらに細かい地域ニーズを踏まえ本格的な展開に進む流れとなっています。

 大きく「出張商店街」と「カタログ販売による宅配」の2つの実証実験の取り組みを予定しています。「出張商店街」は、歩いて行ける範囲にお店がなく、買い物に困っている地域に出向いて、お年寄りたちが集まる地域のふれあいサロンなどの会場で、お年寄りたちのニーズを踏まえた商品を取り揃えて、出かけていって商店街を開くというものです。カタログ販売は、名前の通り、お年寄りたちも手に取りやすいカタログを作成して、御用聞きのように、カタログを配布して、その後に、再度、訪ねてカタログに載ってる商品の注文を受けようというものです。どちらの取り組みも実際に会ってふれあう対面を重視しており、いろいろな商品の中から商品を選ぶ楽しさとか、商店主と会話を通して味わう買い物の醍醐味を感じてもらおうということが根底に流れています。

 皆さんも一度、商店主たちはじめ社会福祉協議会など地域挙げてまちづくりに取り組んでいる芭蕉さんや伊賀忍者など見どころたくさんの伊賀上野を訪ねて見られてはかがでしょうか。上記で紹介しました秋のだんじりが巡行する祭や春の忍者体験のできる忍者フェスタ、3月のひな祭りなどイベントに合わせていくのもより楽しめていいと思います。

By Nagura

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