日本情緒が味わえる飛騨高山
&飛騨古川を訪ねて 
(日本・岐阜)

2004年4月25日

 日本情緒が味わえる古い町並みが残っている飛騨高山と飛騨古川を訪ねてきました。古川は、NHK朝の連続テレビ飛騨古川まつり小説「さくら」の舞台で脚光を浴び、さくら先生が下宿していた和ろうそく屋さんなど記憶に残っていらっしゃる方も多いと思います。ここ古川は、以前、古川町でしたが、現在は、近隣するノーベル賞の研究施設・スーパーカミオカンデで有名な神岡町はじめ、宮川村、河合村の2町2村が合併して、飛騨市(2004年2月1日誕生)となっています。

 また、今回行きました高山市も、来年(2005年)2月に、周辺の9町村(丹生川村、清見村、荘川村、宮村、久々野町、朝日村、高根村、国府町、上宝村)を吸収合併する形で、名前は変わりませんが、新「高山市」になります。来年(2005年)3月までの時限措置“合併特例債”もあり、市町村合併が進んでいますが、なかでも岐阜県は市町村合併が進んでいるエリアです。市町村合併には、賛否両論ありますが、そのあたりは、以前にコラム「各地で協議が活発になっている市町村合併について考察する」で述べておりますので、併せてご覧頂けましたら幸いです。

 新「高山市」は、人口約9万7千人となり、新市の面積は、2179平方キロメートルになり、なんと東京都(2187平方キロメートル)に匹敵します。新「高山市」は、東西約80キロ、南北約55キロの広大な面積で、全国の市町村で最も広い北海道の足寄町(1408平方キロメートル)や市では合併して最大となった静岡市(1374平方キロメートル)をはるかに上回り、現時点(2003年5月)では、日本一広い市となる予定です。しかし、まだ市町村合併で、新「高山市」以上の広大な面積飛騨古川・石畳の小径のまちが生まれる可能性があります。また、新「高山市」で魅力的なことは、合併することで、観光都市“高山”をさらに、上宝村の北アルプス、奥飛騨温泉郷、丹生川村の乗鞍スカイライン、高根村の野麦峠、荘川村の荘川桜などいずれも全国区の観光資源を新たに抱えることになります。

 それでは、まず飛騨古川から紹介していきます。一番上の画像は、「起し太鼓の里・飛騨古川まつり会館」の前で、ちょうど太鼓と獅子舞を披露しているところを写したものです。日本の奇祭と言われる「飛騨古川祭」は、町内に鎮座する気多若宮(けたわかみや)神社の例大祭で、ようやく桜が咲き始める4月19日、20日に毎年開催されます。祭は、神社本殿での神事、および古式ゆかしい行列が中心となり、19日の深夜に行われる天下の奇祭「起し太鼓」と両日に渡っての「屋台行列」が二大祭事として行われます。まさに、“静”と“動”の一大時代絵巻が繰り広げられます。行った日は、前の週に祭りは終わったばかりでしたが、飛騨古川まつり会館で、ハイビジョンの立体映像で、勇壮な祭りの様子を堪能してきました。

 起し太鼓とは、江戸時代から続く古川祭に登場する大太鼓のことで、かつては4月20日の午前1時ごろから明け方まで大太鼓を打ち鳴らし、町民を起こしながら巡行したことから、起し太鼓の名が付いたそうです。上から2番目の画像は、石畳の小道に沿って流れる瀬戸川と白壁土蔵の古川を代表する風景を写したものです。生活用水として使われていた瀬戸川には、約1000匹の鯉が飛騨古川の和ろうそく泳いでいます。鯉は3月下旬から11月下旬まで放流されており、瀬戸川をきれいにしようという運動から放流が始まり、昭和43年から続けられています。

 上から3番目の画像は、連続テレビ小説「さくら」の舞台・沼田家のモデルとなった老舗の三嶋和ろうそく店の店内を写したものです。現在は、7代目となる三嶋順三さんが受け継いでいます。和ろうそくは、イグサの中心部分である燈芯と和紙と真綿で芯を作り、ハゼの木の実から採った木蝋(もくろう)を塗り重ねて作りあげます。上から3番目の画像の中央に見られますが、三寺まいりに灯される高さ80センチの和ろうそくも作られています。

 古川では、昼に、飛騨牛を食べましたが、とろけるような食感で美味でした。そして、古川を後に、高山に向かいました。高山は、観光地としてメジャーで、賑わっていましたが、観光だけでなく産業という視点でも今、高山は元気です。その元気なのは、地場産業ともいうべき匠の技が光る「飛騨家具」です。都心部のマンションの建設ラッシュで、新居を購入された方の多くが、家具も次いでに新調して、なおかつ自分の好きな家具に囲まれて過ごしたいという思いからか高級家具が売れています。海外の高級家具に負けないほど、好調なのが「飛騨家具」です。飛騨家具の企業のなかには、前年比37%アップというところもあります。

 豊富な木材資源と匠の技が結実した飛騨家具は、どっしりとした存在感があり、長年の使用にも耐えうる丈夫さが魅力です。今回、高山の古い町並みの散飛騨高山・古い町並み策とともに、飛騨高山美術館で、19世紀後半のフランスで、ガラスはじめ陶器、家具の分野で活躍した工芸家エミール・ガレ(1846年〜1904年)の数々の作品を見てきました。エミール・ガレは、「ガラスの詩人」と謳われ、日本でもガラス作品に対する人気や知名度は非常に高いです。しかし、1900年のパリ万博では、家具でもグランプリを受賞するなど、家具、陶器の分野でも活躍が著しく、ガラス製作とも相互に密接な関わりを持っています。今回、飛騨高山美術館では、エミール・ガレをあえて「ガラスの詩人」という視点ではなく、家具作家としての数々のガレが手がけた家具をみていますと、匠の技の飛騨家具に合い通じるものを感じた次第です。

 上から4番目の画像は、古い町並みを写したものです。画像からもご覧頂けると思いますが、ほとんどの建物が、江戸時代や明治時代に建てられた町家造りの家屋で構成されています。脇を流れる水路や黒い連格子を眺めながら散策を楽しめるとともに、伝統的な民芸品や味処の店舗が道の両側に広がっています。また、この情緒ある町並みを人力車に乗って巡ることもできます。上から5番目の画像が、人力車に乗っている観光客を写したものです。人力車は、徒歩とは少し違った高い目線から町を見ることができます。画像からもお分かり頂けますが、日よけ傘や膝掛けといったこまかな心遣いとともに、車夫の軽妙な語り口による案内も楽しめます。

 高山で有名なのが、春と秋に行われる「高山祭」です。高山祭は、京都の祇園祭、秩父の夜祭と並んで、日本三大美祭の一つに飛騨高山の人力車数えられています。美祭と言われる由縁は、春の桜、秋の紅葉のなかで、繰り広げられる祭りの華といわれる屋台行列の装飾美です。高山の屋台は、江戸時代の中ごろから登場し、江戸形の屋台と京都のからくり人形の東西の文化を取り入れた形が特徴で、東西文化が融合した独特で美しい屋台です。先程の飛騨家具に通じる匠の技が、荘厳で華麗、絢爛で豪華な屋台にも飛騨人の心意気が出ています。屋台は、祭り以外でも、高山市郊外にある「飛騨高山まつりの森」で屋台はじめ、からくりを見ることができます。

 今回、高山では、古い町並みを散策するとともに、高山陣屋をガイド付きでじっくりと見てきました。陣屋とは、郡代・代官の役所、役宅、御蔵、御門などの総称です。いわゆる今でいう行政、財政、警察などを併せたようなイメージです。ここ高山界隈の飛騨地域は、江戸時代、徳川幕府の直轄領でした。1692年に幕府直轄領となり、明治維新にいたる176年間に25代の代官・郡代が江戸から派遣され、治めていました。高山陣屋は、全国でも唯一、江戸時代の陣屋が当時のまま残っています。御門や大広間、吟味所などは、文化13年(1816年)の建築時のまま残っており、欠落した部分も復元され、江戸時代の姿がほぼ完全に復元されています。なかなか見ごたえがありました。

 あと、朝(午前中)でしたら、朝市がお勧めです。高山陣屋前(陣屋前朝市)と宮川沿い(宮川朝市)の2カ所で毎朝開かれています。新鮮な野菜や漬物はじめ民芸品など地元で栽培、加工された品々が並び、売り子のおばちゃんたちと雑談しながら素朴な雰囲気を楽しむことができます。今回、訪ねました古川、高山の飛騨地域は見どころたくさんですが、さらに奥飛騨温泉郷に足を伸ばして湯巡りを加えて、のんびりと泊まり掛けで行かれてはいかがでしょうか。

By Nagura

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