“桜彩る”春満開の山形を訪ねて (日本・山形)

視察日:2001年4月27日

 これまでに、秋の山形冬の山形夏の山形を視察レポート上で紹介してきましたが、今回は、“桜彩る”春満開の山形を訪ね小学校と久保桜/長井市て参りました。4月末に訪ねたところ、今年の桜の開花は例年よりも少し早かったということでしたが、まだまだ鮮やかなの桜を見ることができました。今回、米沢市、長井市、白鷹町(しらたかまち)、山形市、新庄市と山形県内を南から北へのぼっていくような形で訪ねましたが、米沢市の市街地では場所により葉桜に近いものもありましたが、北の方へ行くほど桜の鮮やかさが目につきました。

 今回、長井市、白鷹町など山形県の置賜(おきたま)地域における古典桜を見てきました。この地域は、山形県内でも古典桜が多く、古典桜の里として知られています。古典桜は、いわゆる1本桜であり、桜前線で有名な桜並木が続く桜のじゅうたんのような「ソメイヨシノ」種とはまた違った趣きがあります。今回、10カ所近くの古典桜をみてきましたが、そのどれもが樹齢800年から1000年以上という古木です。先ほどの「ソメイヨシノ」種は、長くても150年ほどの寿命ですが、古典桜は「エドヒガン」種という長寿種の桜です。

 一番上の画像は、長井市にある樹齢1200年のエドヒガン種である東北地方で最大の居木「伊佐沢の久保の桜」(国指定天然記念物)を写したものです。画像上は小さいですが、画像の右奥に見える桜が「伊佐沢の久保の桜」です。高さ16メートル、太さ9メートル、枝張り東西22メートル、南北19メートルほどある立派な堂々とした桜です。隣には、小学校があり、小学校と伊佐沢の久保の桜の間にさえぎるようなフェンス等はなく、小学校の校庭と続いているような感じでまさにオープン空間です。画像上には、平日ということもあり、校庭で桜のもとで子供たちが遊んでいる風景もみられました。また、小学校の校庭の桜には、「伊佐沢の久保釜の越の桜/白鷹町の桜」の2世という札が掛っているものも見られました。子供たちと1200年という長い間をこの地で生き続けている桜という光景は、歴史の観があり、なんとも微笑ましかったです。
 ここを訪ねるちょうど数日前に、テレビのニュースステーションでライトアップされた「伊佐沢の久保の桜」を背景に中継をやっていました。中継のライトアップされた夜桜は、実際に今回昼間、太陽がさんさんとそそぐもとでみた桜とは趣きがまた違い、神秘性や気の遠くなるような年輪を重ね、その間の人々の思いや願いや伝説など背負ってきた重さのようなものも感じられました。「伊佐沢の久保の桜」には、坂上田村麿呂と土地の豪族久保氏の娘との伝説も残っています。「伊佐沢の久保の桜」には、平日にもかかわらず、観光バスや東北各地からのナンバープレートをつけた観光客でにぎわっていました。「伊佐沢の久保の桜」の周りには、茶屋や臨時郵便局もでており、休む人やはがきを買い求められる方もみられました。私も名物の「玉こんにゃく」(丸くしたこんにゃくをだんごのように4つ串にさしたもの)を食べましたが、おいしかったです。

 上から2番目の画像は、白鷹町にある樹齢800年といわれるエドヒガン種の「釜の越桜」(白鷹町指定天然記念物)を写したものです。どっしりとした存在感が画像上からも感じられることと思います。「釜の越桜」は、高さ20メートル、太さ6メートル、枝張り27メートル×22メートルあります。「釜の越桜」の釜の越という名は、地名を表しています。画像上からも見られる「釜の越桜」の木の下にある3つの巨石は、八幡太郎義家が西方の三麺峰に居陣したときに、この石でかまどを築き兵糧を炊いたという伝説がのこっています。地名山形県農業大学校/新庄市の「釜」は、この伝説に係わりがあると思われており、この石に炒り豆を上げて拝むと歯が強くなると言われています。

 古典の1本桜は、上記の「伊佐沢の久保の桜」、「釜の越桜」以外に、白鷹町にある「薬師桜」「子守堂(こもりどう)の桜」「十二の桜」「赤坂の桜」なども見てきました。世紀を超えて生き続けている桜、毎年きれいな花をさかせる桜を見ていますと、生命力、静かさのなかにある厳かさが感じられるとともに、このような風雅な季節を訪ねることができ、堪能することができました。

 上から3番目の画像は、新庄市にある山形県農業大学校の敷地内の広大な草原部分を写したものです。山形県農業大学校は、フルーツ王国の山形県の先進的な農業の担い手を輩出しています。海外研修などユニークな試みが行われているとともに、最近では、社会人や大学を卒業した方の入学希望者も増えているそうです。
 また、新庄市にある新庄城跡を整備した最上公園の桜は、米沢よりかなり北上していることもあり満開の見頃でした。公園では、ちょうど春まつりカド焼き大会が行われていました。カドとは、ニシンのことです。新庄市は、新潟県の長岡市と並び日本有数の豪雪地帯であり、その昔、雪深い内陸地方では、運送手段が乏しく、鮮魚は春の訪れを意味していました。新庄市界隈の最上地域は、雪解けとともに北海道からカド(ニシン)が入ってきて、集まった人々はカドを焼き、酒を酌み交わして春の訪れを祝っていました。今回、山形の地酒とともに、カド焼き、山菜などを食べてきました。脂ののったカド(ニシン)やテンプラで揚げ山菜などなかなかおしかったです。
 その他、新庄市には、先ほど日本有数の豪雪地帯と言いましたが、国の雪氷に関する研究機関とともに、雪国の生活や雪が暮らしに及ぼす影響などを分かりやすく紹介する「雪の里情報館」があります。「雪の里情報館」も見てきましたが、雪に関する蔵書が2万5千冊以上もあり、雪国の暮らし、文化などがパネルとともに映像で紹介されており、なかなか興味深い施設です。ここ最近は、暖冬の影響か雪が少なかったですが、今年(特に2001年1月〜2月にかけて)は、数年ぶりの豪雪で、雪に対する気持ちも新たに再認識されたのではないかと思います。

 今回、春の山形を訪ねて参りましたが、桜とともに、田畑が広がる風景などをみていますと、まさに日本の原風景をみているようでした。良き日本の原風景を数多く残しており、何かなつかしささえ覚えました。

By Nagura

リターンイメージリターンイメージリターンイメージリターンイメージリターンイメージ