「蔵の街」知多半島の半田市を訪ねて (日本・愛知)

2004年11月14日

 歴史あふれる愛知県半田市(人口113,385人、41,447世帯:2004年10月1日現在、面積47.2平方キロメートル)を訪ねて参りました。行った日産業フェスティバルは、「はんだふれあい産業まつり」が開催されており、多くの人で賑わっていました。はんだふれあい産業まつりは、地元商業、工業、農業者の積極的な協力を得て、地域とふれあい、地域消費の促進と健全な産業育成を推進し、市民全体の産業まつりとすることを目的としています。

 半田市は、知多半島のほぼ中央に位置し、江戸時代から、海運、醸造、繊維などの産業とともに発展し、知多半島の経済、政治、文化をリードしてきました。恵まれた自然環境により江戸期から醸造業が栄え、早くから開けた海運により知多半島の産物である酒や酢、味噌、たまり醤油、木綿などが江戸、大阪などに運ばれていました。その醸造業に代表される製造蔵が半田運河沿いに今も現役で活躍しています。運河沿いに立ち並ぶ昔の面影を色濃く残す蔵の数々は、江戸時代にタイプスリップしたかのような、懐かしい情景が広がっており風情があります。

 一番上の画像は、はんだふれあい産業まつり会場で、子供たちがダンスパフォーマンスをしているところを写したものです。大勢のギャラリーがいるのが写真上から伺えると思います。ダンスをしている後ろ側には、半田運河があり、先ほど紹介しました蔵が広がっています。そして、写真上の奥に見える建物が酢で有名なミツカンの本社です。

 ミツカンの酢づくりのはじまりは、勇気ある挑戦だったそうです。江戸時代の1804年に創業したミツカンは、酒造業から分家独立したものです。学生アンケート調査風景当時、尾張国知多郡半田村で酒造業を営んでいた中野又左衛門が「酒をつくると大量にできる酒粕を何とか生かす道はないものか」と考えたのが始まりです。当時は、酢と言えば、米からつくるものでしたが、中野又左衛門は、酒づくりの過程で発生する酒粕を原料にした「粕酢」の醸造に成功し創業にいたった訳です。

 勇気ある挑戦というのは、酒屋が酢をつくるのは前代未聞の試みだったからです。というのも、お酢の醸造に欠かせない酢酸菌は、酒蔵に入ってしまうと中のお酒を全部ダメにしてしまうからです。酒づくりが失敗する危険を冒してのはじまりで、まさに勇気ある挑戦でした。そして、今や全国どころか海外へもミツカンの名が通っています。一番上写真の左手側に少し見える建物が、ミツカンが運営している博物館「酢の里」です。酢の里を見学するには、予約が必要です。私は、以前に行ったことがあり、昔のお酢づくりの様子や今のお酢づくりの様子を見ることができます。館内は酢の香りが漂っており、実際に発酵室の匂いを嗅いだ際は、鼻をつんざき、涙が出るほど強烈でした。無料ですので、是非ご予約を入れて、体験されてはいかがでしょうか。

 醸造が盛んな半田だけあって、醸造関連の産業遺産も残っています。「半田赤レンガ建物」と呼ばれるもので、1898年(明治31年)にカブトビール醸造工場として建設されたものです。半田赤レンガ建物は、大子供ブルドーザー体験量のレンガとビール造りの本場ドイツから輸入された鉄梁を使っており、全国でも最大級の規模を誇る建物です。明治建築界の巨匠・妻木頼黄(つまきよりなか)により設計され、ビール造り初期の遺構を今に伝える全国でも数少ない建物です。

 半田赤レンガ建物は、平成8年に半田市が建物含む工場敷地(およそ1万平方メートル)を買い取り現在に至っています。普段は、外観を眺めることしかできませんが、年に数回、一般公開も行われています。半田赤レンガ建物も、何か横浜の横浜赤レンガ倉庫のような賑わい、まちの核としての活用ができればと思っています。ちなみに、横浜赤レンガ倉庫群は1910年代の建物で、半田赤レンガ建物は、それより古い建物です。

 旬な話題として、“復刻!カブトビールプロジェクト”が昨年(2004年)10月末に試作をつくりました。今年(2005年)6月4日、5日の半田赤レンガ建物特別公開の際に、復刻!カブトビール3000本が限定販売されます。お近くの方は、是非、復刻!カブトビールを飲まれていかがでしょうか。“復刻!カブトビールプロジェクト”は、半田赤レンガ建物を通じ、まちづくり活動を進めてきた“赤煉瓦倶楽部半田”の熱い想いと、建物を訪れる方々のたくさんの希望に応えるべく、進められているものです。

 また、半田は山車(だし)のまちとしても有名です。日本の山車文化を伝える江戸時代から続く山車祭りは、半田のまちの大切な財産となっています。収穫祭おお鍋芋煮5年に一度、31台の山車が集結する山車祭りは、勇壮で、見事な彫刻や刺繍、からくり人形など文化の粋を集めた山車の豪華さは圧巻です。さらに、半田を取り巻く知多半島全体に目を向けますと、自然と歴史を歩いて巡る「知多四国八十八ケ所霊場めぐり」が人気があります。弘法大師の足跡として信仰を集める四国八十八ケ所霊場めぐりを地方にうつしたものを新四国霊場と呼びますが、知多半島は、日本三大新四国霊場として知られています。

 上から2番目の画像は、日本福祉大学の学生たちがアンケート調査を行っている様子を写したものです。アンケート調査は、文部科学省の現代GP(現代的教育ニーズ取組支援プログラム)に採択されたプロジェクトの一環として行われていました。現代GP(現代的教育ニーズ取組支援プログラム)とは、平成16年度の文部科学省施策で、各種審議会から提言等、社会的要請の強い政策課題に対応したテーマ設定を行い、各大学等から応募された取組の中から、特に優れた教育プロジェクト(取組)を選定し、財政支援を行うことで、高等教育の更なる活性化が促進されることを目的とするものです。

 ちなみに、現代GPのGPは、Good Practiceのことで、優れた実習という意味合いです。日本福祉大学は、現代GPに「知多広域圏活中部国際空港セントレア性化に向けた学生の地域参加(学部の実践型教育の強化を通じて)」で採択され、はんだふれあい産業まつり会場における学生たちのアンケートも蔵のまち・半田のまちづくりに生かしていくものです。また、同時に、知多地域の5市5町(半田市、常滑市、東海市、知多市、大府市、南知多町、美浜町、阿久比町、東浦町、武豊町)では、中部国際空港の開港(2005年2月17日開港)を間近に控え、「中部国際空港を核とする知多半島観光再生計画」の策定はじめ、知多地域の新たな発展の道を探る取り組みが進められています。

 上から3番目の画像は、子供たちのブルドーザー体験の模様を写したものです。上から4番目の画像は、大鍋で来場者に無料でふるまっていた調理風景を写したものです。上から5番目の画像は、空港間近に控えた中部国際空港(セントレア)のブースを写したものです。しっかりとはんだふれあい産業まつり会場でPR活動をしておりました。また、中部国際空港(セントレア)と言えば、一足先に空港特急に試乗してきまして、コラム「愛・地球博(愛知万博)&セントレア(中部国際空港)開港を控えて中部エリアのプロジェクトを考察する」の中で紹介しておりますので、併せてご覧頂けましたらと思います。

 半田市を取り巻く知多半島は、伊勢湾と三河湾に囲まれた豊かな自然と温暖な気候、そして、受け継がれてきた伝統文化があります。そして、これから中部国際空港の開港で新たな地域の発展が望まれています。“伝統と革新”が織りなす知多半島を皆さんも一度訪れてみてはいかがでしょうか。

By Nagura

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