アカウミガメが産卵にやってくる自然の神秘・
遠州灘の中田島砂丘を訪ねて 
(日本・静岡)

2003年7月13日

 静岡県浜松市(人口600,863人、226,454世帯:2003年8月現在)界隈を訪ねて参りました。浜松は、7年ほど中田島砂丘・鳥コンテスト前に、浜松駅に隣接する形でオープンしたアクトシティ(平成6年完成)の紹介以来となります。浜松市は、ものづくりのメッカでもあります。繊維産業、オートバイや軽自動車、モーターボートなどの輸送機器、ピアノをはじめとする楽器などが浜松を代表する産業として発展を遂げてきているまちです。

 なかでも、ほぼ100%の全国シェアを誇るのがピアノの生産を中心とした楽器産業です。楽器産業の発展により、昭和54年から「音楽のまちづくり」が進められています。国際的なコンクールや芸術性豊かな公演など質の高い事業をはじめ、音楽を通した国内外の交流事業、アクトシティ浜松や楽器博物館の開設、アクトシティ音楽院の創設、そして、市民自らが参加し創り出すさまざまな文化事業など国際レベルから市民レベルに至るまで、数多くの取り組みが行われています。ちなみに、私の住んでいる愛知県安城市でも“音楽のあるまちづくり”が市民主導で進められており、今年も市民が参加する安城市民音楽祭が11月に行われます。地元ならではの、伝統芸能のお神楽などの披露も併せて行われます。

 前置きはこのくらいにしまして、今回のメインである「中田島砂丘」を紹介していきます。中田島砂丘は、鳥取県の鳥取砂丘、千葉県の九十九里浜、鹿児島県の吹上浜砂丘などと並び日本有数の砂丘の一つです。中田島砂丘は、約640ヘクタールの広大な遠州灘海浜公園の一角にあり、東西4キロメートル、南北600メートルに及ぶ砂丘です。砂丘を越えると、どこまでも続いているような太平洋が広がってい中田島砂丘ます。また、ここから見る水平線に沈む夕陽はとってもロマンチックで人気があります。

 砂丘と言えば、自然が織りなす芸術作品とも言うべき紋様が思い浮かぶのではないでしょうか。ここでも、遠州灘から吹く風と砂とが造り出す風紋は、風の強さ、向きによって生き物のように紋様を変えていきます。行った日は、それほど風は強くはありませんでしたが、砂丘ならではの紋様が見られました。上から2枚目の画像は、砂丘の様子を写したものです。画像からは少しわかりにくいですが、雰囲気だけでもご覧頂けましたらと思います。

 神秘な世界という点では、初夏から秋にかけて、夜にアカウミガメが産卵に上がってきます。アカウミガメは、世界中の熱帯から温帯の海域に分布しており、日本では、茨城県以南の太平洋と能登半島以南の日本海岸に生息しています。全長は、甲長69センチから103センチとかなり大きいです。1回の産卵数は、100〜150個で、70日くらいで孵化します。主に、沖合に岩礁がある静かな砂浜に上陸して産卵します。まさに、遠州灘の中田島砂丘は、産卵に適した環境と言えます。

 アカウミガメの産卵は、上記に示したエリアの日本各地の海岸で見られますので、御存知の方も多いことと思います。国内の大規模な産卵地は天然記念物として保護されているようなところもありますが、多くの産卵地では開発による砂の流出、オフロード車の乗り入れなどが問題になっています。その浜松城ような状況のなか、各地の生息地では、卵の掘り出しから孵化放流事業が展開されています。

 一番上の画像は、中田島砂丘で人力飛行機の飛行テストを行っている学生たちを写したものです。砂丘には、あと、3つか4つの学生のグループが飛行テストをしていました。テレビ局と思われる取材陣も来ておりました。琵琶湖で行われる鳥人間コンテスト出場の練習だったのかも知れません。画像の後ろは、砂丘の入り口部分にあたりモチノキやヤマモモなどの自然林が見られますが、コアジサシ、ツバメなどが飛来する野鳥の森として貴重な場ともなっています。

 その他、遠州灘海浜公園内には、公園はじめ、サッカー場、アスレチック広場、プール、浜松まつり会館などがあります。浜松まつり会館は、浜松の伝統の祭り、浜松まつりの歴史や、実物大の大凧、御殿屋台の展示をはじめ、臨場感あふれる音と光と映像が浜松まつりを疑似体験させてくれます。中田島砂丘に行かれた次いでにご覧になられてはいかがでしょうか。また、上から4番目の画像は、遠州灘海岸沿いで唯一の日帰り天然温泉の八扇乃湯の入り口部分を写したものです。中田島砂丘より、静岡よりに少しいった天竜川の河口近くにあります。八扇乃湯は、“美人の湯”として女性に人気のあるスポットです。マグネシウムの含有量が日本トップクラスの温泉で、マグネシウムを多く含んだ温泉は美肌効果があると言われており、潤いのあるみずみずしい肌をつくるということから“美人の湯”として女性ファンがついているようです。肌の老化防止以外にも、神経痛、関節痛、冷え症、慢性の皮膚病にも効果がある八扇乃湯ようです。中田島砂丘を歩かれた疲れを八扇乃湯で癒すのもいいかも知れません。

 最後に、浜松観光で欠かせない“浜松城”を紹介します。上から3番目の画像が浜松城を写したものです。浜松城は、三方ケ原台地の東南端にあって、徳川家康が築いた城です。浜松城は、三河国内岡崎城内(現愛知県岡崎市)で誕生した家康が、青年期(29歳から45歳)の17年間を過ごした城で、別名出世城と呼ばれています。

 家康にとって、浜松在城17年間は、徳川300年の歴史を築く試練の年であったと言えます。有名な姉川、長篠、高天神城、小牧・長久手の戦いもこの期間に行われ、特に1572年の三方ケ原合戦は、家康の生涯における難戦で、関ヶ原合戦以上とも言われています。出世城と言われる由縁は、家康が天下をとり徳川300年の歴史の基礎を築いただけでなく、江戸幕府が開かれた後も、ここ浜松城主から様々な人材を輩出していることもあります。徳川幕府の間に浜松城は25代の城主が在籍し、在城中に、老中に5人、大阪城代に2人、京都所司代に2人、寺社奉行に4人が登用されており、なかでも水野忠邦は、天保の改革でよく知られています。現在でも、自動車業界の勝ち組みと言われるホンダ、トヨタは、浜松エリアを発祥としており、出世城としての浜松の地はいまでも生き続けているような気もします。(補足:トヨタグループの始祖の自動織機を発明した豊田佐吉の生誕地(江戸末期の1867年)が遠江国(現在の静岡県湖西市)です。豊田佐吉の成功のもとに、息子の喜一郎がつくった自動車会社が現在のトヨタ自動車(愛知県豊田市)です)

 皆さんも機会がございましたら、雄大な自然が広がる遠州灘の中田島砂丘はじめ、歴史ある浜松城など盛り沢山の浜松を訪ねてみてはいかがでしょうか。今も生き続ける出世城としての浜松を訪れますと、新たな展開が広がっていくかも知れません。

By Nagura

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