江戸の当時と今も変わらぬ絶景の
富士山を望む浮世絵の世界を歩く
(日本・静岡)

視察日:2012年5月13日

 3年ぶりに、安藤広重が描いた東海道五十三次の興津宿から由比宿まで歩いてきました。興津宿から由比宿の間は、急斜面と海に挟まれた地形から交通の難所富士山を望むさった峠と言われたさった峠があります。さった峠からは、駿河湾が一望でき、富士山を望むこともできます。また、遠くに伊豆半島や三保の松原で有名な三保半島もみることができます。安藤広重は、ここさった峠から浮世絵を描いています。

 ここさった峠から安藤広重が描いた浮世絵は、東海道五十三次の作品の中で「由比(さった嶺)」として描かれており、急斜面の崖と駿河湾の海にそびえ立つ富士山の浮世絵をご覧になったことがある方も多いのではないでしょうか。昔、お茶漬けのパッケージの中に入っていた「東海道五十三次カード」を集めた方はさぞかし記憶にあるのではないでしょうか。当方も一生懸命、東海道五十三次カードを集めた記憶が残っています。

 さった峠からは、現在も安藤広重が眺めた江戸時代と変わらぬ駿河湾と絶景の富士山を望むことができます。また、安藤広重が描いた東海道五十三次の作品の中で「由比(さった嶺)」は、当時と同じ景色が望める唯一残された場所と言われています。さった峠の中間点となる峠には展望台があり、そこには、さった峠を紹介する案内版があり、安藤広重の浮世絵「由比(さった嶺)」の写真が載っており、まさに浮世絵の絵と同じ富士山の絶景の景色を展望台から望むことができます。また、曇っていて富士山が見えない際も、案内版の浮世絵の「由比(さった嶺)」の隣に晴天時に撮影した現在の写真が載せてあり、江戸時代と変わらぬ構図(眺め)を確認することもできます。

 冒頭で3年ぶりに興津宿から由比宿まで歩いてきましたと述べましたが、3年前の時は、小雨模様の中で、富士山の絶景を望むことができませんでした。今回、そのリベンジ(再挑戦)も兼ねて歩いてきました。3年前に行った際の模様は、視察レポート「安藤広重の浮世絵にも描かれた東海道の難所・さった峠(興津宿から由比宿へ)を訪ねて」で載せておりますので合わせてご覧頂けましたらと思います。さった峠の峠今回は、晴天には恵まれましたが、かなり雲が多く富士山が望めるかどうかの五分五分の状態で興津宿から歩き始めました。

 上から3番目の画像は、さった峠の展望台から写したものです。画像上から冒頭で述べました急斜面と海には挟まれた地形がご覧いただけ、江戸時代に難所といわれた由縁がお分かりいただけると思います。画像上に見える崖のすぐ下にJRの東海道本線が走っており、その隣に国道一号線が走っています。そして、さらに、海にはみ出るように、東名高速道路が走っています。また、展望台からの画像をご覧頂きますと、安藤広重の浮世絵「さった峠」をご存知の方は、江戸時代とあまり変わらない構図がお分かりいただけると思います。

 そして、肝心の富士山の絶景がどうなったかということですが、スタート地点の興津駅を降りた時は雲が多く、今回も難しいかなと思いましたが、歩き始め展望台まで来た時には、雲はありましたが、高度の高いところは少しずつ雲が切れてきて、なんとか富士山の雪のかぶった上部分を拝むことができました。上から3番目の画像上では、雲が白く、なおかつ富士山の雪の冠った頂上あたりがみえているだけに、白と白のコントラストで分かりにくいかも知れませんが、画像上の中央の上あたりに台形型に少し見えるところが富士山です。峠を過ぎて由比宿に歩いて行くにつれて、雲も次第にとれてきて、一番上の画像の方が見やすいかも知れません。一番上の画像の中央あたりの上の方に、台形型の富士山を見ることが出来ます。

 先ほど、さった峠の展望台から海に飛び出るような感じの東名高速道路を眺めることができることを述べましたが、この日は、休日にも関わらず、あまり車が走っていませんでした。さった峠を歩いたちょうど1カ東名高速&駿河湾を望む月ほど前に、新東名高速道路が開通したことも影響しているように感じました。既存の東名高速道路と新東名高速道路は、山を挟んでほぼ並行に走っており、2012年4月14日に御殿場ジャンクションと三ヶ日ジャンクション間の162キロメートルが開通しました。新東名高速道路は、まだ建設過程で、2014年度に、浜松いなさジャンクションから豊田ジャンクションの約53キロメートルが開通し、その後、順次、海老名と厚木間(2016年度)、厚木と伊勢原北間(2018年度)が開通し、最終的には、2020年度に伊勢原北から御殿場間が開通し、全長254キロメートルの高速道路が完成します。

 大きく既存の東名高速道路が海側を走っており、それと並行するように山側に新東名高速道路が走っています。新東名高速道路の建設そのものには、賛否両論いろいろありますが、役割として、交通渋滞の緩和とともに、東日本大震災以降、注目されているのが、大規模災害時における緊急網としての高速道路の新たな役割というか価値が高まってきています。

 さった峠のある由比は、静岡県清水区に属しており、南海トラフの東海地震、東南海地震、南海地震の3つの地震が連動する巨大地震における新想定(2012年8月29日に発表)では、最大津波高さ11メートルと予想されています。上から3番目の画像で見られるように、東名高速道路は海にはみ出すように走っており、11メートルもの津波が来れば、完全に波に冠ってしまいます。東名高速道路だけでなく、国道一号線、そして、鉄道の東海道本線もすべて、水に冠ってしまいます。まさに、東海道における交通の大動脈が寸断されてしまいます。その際に、新東名高速道路が、緊急網としての役割を果たすわけです。

 前回のレポートで、さった峠を歩いた様子をだいぶ述べていますので、もう少し新東名高速道路に関連して、人気を集めているサービスエリアのさった峠の下り由比側観点からみていきたいと思います。先ほど、今回、さった峠を歩いた時は、新東名高速道路の開通から1カ月ほど経ったと述べましたが、新東名高速道路管内におけるサービスエリアの来場者数は、1カ月で590万人にのぼっています。この数値は、東京スカイツリーの開業1カ月の来場者数の581万人に匹敵しています。

 一昔前のサービスエリアは、あまり特色がなく、どこも同じような感じで、目的地に行くドライブの途中のトイレ休憩だったり、簡単な食事程度に留まっていたと思います。それが、今では、サービスエリアそのものがアミューズメント化してきており、食がものすごく充実していたり、観覧車などの遊具があったり、水族館を併設していたり、温泉があったりなどと楽しめる空間となっており、単なるドライブの途中の休憩場所でなく、サービスエリアを目的に行く人もいるようになってきています。その傾向は、数値となっても実際に表れており、NEXCO東日本管内のサービスエリアの売上高をみると、2007年の約200億円から2011年には400億円を超えています。わずか4年で約2倍になっています。

 今やサービスエリアは、いろいろなものがあり本当にサービスが多彩ですが、新東名高速道路における全国発の試みを少し紹介します。中日本高速道路は、高速道路事業収入以外の収益源として、旅行関連事業の育成に乗り出しており、旅行含めた新規事業の専門部署を新設しています。具体的に、新東名高速道路のサービスエリアを核としたレンタルバイクを絡めた旅行商品や有料イベント、旅行誌の発行などを計画しています。そして、高速道路事業以外の関連事業の営業利益を2017年3月期に、2012年3月期の7割増の102億円に高める計画です。

 中日本高速道路という道路会社が旅行商品を企画するのは全国的にも珍しいことです。実際の試みをみていきます由比宿と、中日本高速道路として初の有料イベントとして、5月に自転車と一緒に蒸気機関車に乗り込み、復路の約50キロメートルをサイクリングする「大井川SL&ダウンヒルライド」を実施しています。また、11月末までの期間限定でレンタルバイク事業も始めています。清水パーキングエリアには、オートバイが21台ずらり並んでおり、アメリカのハーレーダビットソンやイタリアのドゥカティなどの高級大型バイクも借りることができます。今後、レンタルバイクと絡めた宿泊付きの旅行商品を企画していくようです。また、有料冊子の発行も計画しており、まず、試験的に旅行ガイドブック「NDrive」の無料配布も始めています。

 上から5番目の画像は、由比の宿場にある由比本陣公園を写したものです。前回の視察レポートでも紹介しましたが、由比本陣公園は、江戸時代に参勤交代で訪れる大名の宿として設けられた本陣の跡地です。由比本陣公園内には、由比宿の歴史を学ぶことができる「東海道由比宿交流館」はじめ、明治天皇が御休憩された離れ座敷を復元した「御幸亭」、安藤広重の描いた作品を中心に約1400点の浮世絵を収蔵している「東海道広重美術館」などがあります。

 上記の東海道広重美術館も素晴らしいですが、浮世絵関連で、これまで行った美術館で印象に残っているところも少し紹介します。浮世絵好きな方はご存知かも知れませんが、東京の原宿駅から歩いて5分ほどの表参道から少し路地を入ったところにある「太田記念美術館」です。浮世絵専門の美術館で、こじんまりとしていますが、居心地がよく、ゆったりと浮世絵を思う存分堪能することができます。太田記念美術館は、太田清蔵(1893年〜1977年)が江戸時代末期から明治時代にかけて、欧米に膨大な数量の浮世絵などの秀品が流出した実情を嘆き、昭和の初めから半世紀以上かけて収集した浮世絵のコレクションを展示しています。太田清蔵が収集したコレクションはなんと約12,000点にのぼっています。

 最後に、前回のレポートでは、あまり紹介していない興津宿について少し紹介したいと思います。安藤広重は東海道五十三次の中で、興津宿の浮世絵も描いています。どのような絵を描いたかというと、興津川をかごと馬で旅人が渡っている様子を描いています。実際にさった峠に向かって歩いて行く時に、興津川を渡りましたが、それほど大きな河川ではありません。それだけに、浮世絵におけるかごと共に、馬に乗って旅人が渡っている様子も納得できます。

 興津の名産としては、「興津鯛」があります。興津鯛とは、アマダイの異名です。江戸時代に徳川家康がこれを食べ、ものすごく気に入り、調理した(あるいは献上した)奥女中の「興津の局(おきつのつぼね)」の名をとって、興津鯛となったと言われています。単にアマダイのことを指す場合もありますが、一般的には、一夜干しにしたものを興津鯛と呼んでいます。

 いろいろと脱線しながら紹介してきましたが、安藤広重の浮世絵における東海道五十三次の中でも、江戸時代と変わらぬ風景が見られるのは、ここさった峠だけに、皆さんも機会がありましたら、さった峠の展望台からの駿河湾と富士山の絶景を眺めてはいかがでしょうか。興津宿から由比宿までは約2里(8キロメートル)で、時間にして2時間ほどなので、ハイキングにちょうどよく、江戸時代の旅人になった思いで、浮世絵の世界を歩かれてみてはいかがでしょうか。あとは、天候および天気が良くても雲の動きなど天気予報をチェックして、候補日をいくつか挙げて余裕をもってベストな日に行かれるとより楽しめると思います。

By Nagura

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