名古屋の下町・円頓寺商店街界隈 (日本・名古屋)

視察日:1998年10月19日

 円頓寺(えんどうじ)商店街は、名古屋市西区にあり、大須商店街(名古屋市中区)とともに名古屋の下町の雰囲気が漂う商店街です。「いっぺん円頓寺商店街へきてちょー!」「やっとかめだなも、円頓寺イメージじょうぶにしてりゃーした」などの昔ながらの名古屋弁が聞こえてきそうなところです。

 行った日は、平日の午後ということもあり、買い物客はまばらでしたが、夏に5日間にわたって行われる「円頓寺七夕まつり」では、アーケードが人人人でごった返します。
 私が行った時は、アーケードの改修作業が行われており、商店街活性化の取り組みを行っている様子が伺えました。
 円頓寺界隈は、かつては飲食店、日用品の商店に料亭、芸者置屋、映画館、寄席、銭湯などがそろっており、大須商店街とともに繁華街の活気を競ったところです。市電が走り、名鉄瀬戸線の瀬戸〜堀川間が開通(1921年)したころから急速に発展しました。しかし、モーターリゼーションの発達によって、市電は廃止され、名鉄瀬戸線も堀川〜土居下間が廃止され、なおかつ拍車をかけるように、商店街を分断する形で市道江川線が拡幅され、人出を奪われて正直なところかつての繁栄は姿を消している状態です。皆さんもご存じのように名古屋の道路は広く、市道と言えども、片側4車線以上ありますから、まさに分断という言葉どおりです。

 円頓寺商店街は、名古屋駅から歩いても20分ほどですし、地下鉄「国際センター」駅からなら歩いて10分かからない程の距離で、ちょうど名古屋駅と名古屋城の間くらいの良い立地にあります。円頓寺界隈には、これから紹介しますが昔ながらの町並みが保存されており、名古屋周辺でしかみられない珍しい風習も残っています。今後、注目されることが予想される“文化”というキーワードの観光資源が豊富にあることからも、商店街を中心とした観光資源の発掘が待たれているところです。数年後には、昔ながらの雰囲気を残しながら、かつてのにぎわいを取り戻し円頓寺イメージていることでしょう。

 商店街の名前の由来になった円頓寺は、承応3年(1654年)の創建で、商店街の通り沿いにあります。こちらは「えんどうじ」ではなく、正しくは「えんどんじ」と読みます。境内には、鬼子母神像を祭ったお堂があり、この像は、初代尾張藩主徳川義直公の側室が懐妊したとき、名古屋城の棟木の余材で彫って寄進し、安産を祈ったと伝えられています。この言い伝えが、明治も半ば過ぎになって、子授けや安産のお寺として、大変なにぎわいのきっかけとなったそうです。

 円頓寺商店街の商店には「ありとある譬(たとえ)にも似ず三日(みか)の月」という俳句が染め抜かれたそろいののれんが所々に架けられています。中央の写真がさすがに文字までは読めませんが、そののれんを写したものです。この俳句は、松尾芭蕉が元禄元年(1688年)、長良川でウ飼見物をしたあと、円頓寺を訪ねたときに作った句だそうです。

 また、円頓寺商店街の軒道の路地を入っていきますと、屋根の上に小さな社が祭ってある民家が見かけられます。これは「屋根神さま」と呼ばれるもので、名古屋周辺でしか見られないと言われる珍しい風習だそうです。幕末か明治維新のころに「お札が空から降ってきて屋根に落ちた家に設けられた」とも伝えられています。昔は、屋根神さまを中心に地域住民の親睦が図られていたそうですが、戦後は次々と姿を消し、今では円頓寺周辺も5つ6つ残る程度となっています。今回私が少し歩いただけでも、2カ所見つけることが円頓寺イメージできました。その内の一つの銅板ぶきの唐破風様式の立派な「屋根神さま」が下の写真に示してあるものです。屋根の上に立派な社が祭ってあるのが伺えると思います。

 また、この「屋根神さま」のある所から少し堀川の方に歩きますと、四間道と呼ばれる土蔵の一部は建造当時のまま現存されている土蔵造りの蔵が並んでいる風景も見られます。四間道は、有松(名古屋市緑区)と同様に、名古屋市の町並み保存地区に指定されています。
 四間道は、元禄13年(1700年)の大火の後、防火のために堀川沿いの問屋筋の裏の道を四間(約7メートル)に広げたことから「四間道」という名がつけられたと言われています。

 尾張名古屋は城で持つといわれますが、円頓寺界隈は、名古屋城のすぐ近くにあり、お膝元という感じです。名古屋城も最近整備されてきていますし、名古屋城に行かれる次いでにでも、円頓寺界隈を散策されて、名古屋文化を探究されてみてはいかがでしょうか。

 円頓寺商店街は、昔は年中お祭り騒ぎで、浴衣、屋台・・・にぎわいがあったところです。七夕まつり、師走の大売り出し、土日ともなると若者も集まりますが、昔ながらのにぎわいへの復活の挑戦が今始まっています。
 文化資産を多く持っていますから、これをうまく盛り込んで復活への道を歩んでいってもらいたいものです。

By Nagura

リターンイメージリターンイメージリターンイメージリターンイメージリターンイメージ