5年に一度のはんだ山車まつりを訪ねて(日本・愛知)

視察日:2012年10月6日

 5年に一度、愛知県半田市(人口119,642人、47,814世帯、面積47.24平方キロメートル:平成24年12月1日現在)ではんだ山車まつり風景行われる「はんだ山車まつり」を訪ねてきました。半田市は名古屋市の南に位置し、名古屋駅から電車で約30分とたいへん便利な立地にあります。半田は、古くから知多半島の政治・経済の中心であり、港湾都市として発達してきたまちです。知多半島で最初に市制を施行したのも半田市です。

 伊勢湾海上の人工島に中部国際空港(セントレア)愛・地球博(愛知万博)に合わせて2005年に開港しましたが、中部国際空港の開港に伴い、新たにこの地方(知多半島)へ営業所の設置を図る企業が増えました。中部国際空港そのものは、常滑沖の常滑市にありますが、半田市内に拠点を置く企業が多くなっています。また、中部国際空港の開港により雇用も生み出され、空港関係者の多くが半田市内に居住を構えているそうです。知多半島にある高校の約3割程度が半田市に集中していることもあり、子弟の教育の面から半田市を選ぶ傾向があるようです。

 半田の市民の方に半田の魅力を聞いてみると、まず、出てくるキーワードが「山車」「蔵」「南吉」「赤レンガ」の4つです。今回は、その中の「山車」について、はんだ山車まつりを通して紹介していきますが、その前に他の3つについても少し触れていきたいと思います。先ほど、半田は港湾として発展してきたと述べましたが、半田は古くから酒、醤油、味噌などの醸造業が盛んでした。江戸中期から酒粕を用いた酢の醸造が始まると、江戸のにぎり寿司ブームもあり、樽詰めされた酢は尾州廻船によって、江戸に運ばれました。

 海外のスーパーにも並んでいる調味料や納豆を主力商品としているミツカンは皆さんもご存知ではないでしょうか。そのミツカンは江戸時代中期の1804年に、中野又左衛門によりここ半田(当時は尾張国半田村)で酒造業として創業しはんだ山車まつり風景ました。そして、先ほど述べたように日本酒の製造後に残る酒粕を用いて酢をつくり、江戸庶民に寿司が広がっていきました。ミツカンの商品にもプリントされている「三本線に丸を付けた」ミツカンのロゴをご存知でしょうか。

 創業家の家紋にも由来していますが、三本の線は、酢の命でもある「味」「利き」「香り」の意味を持っており、下の丸は「天下一円」を意味しています。ミツカンは半田に本社を構えており、本社の横には、日本唯一の酢の総合博物館「酢の里」があります。以前、見に行ったことがありますが、江戸時代から現在までの酢づくりの歴史や製造工程などが見学でき、醸造酢の歴史と文化を探ることができます。

 ミツカン本社界隈には、当時、船で江戸に運び出した半田運河が残っています。その半田運河周辺には、ミツカンはじめ酒造業の黒板に囲まれた蔵が立ち並んでおり、入り江に美しいたたずまいを映し出しています。半田運河周辺は、今もなお江戸時代の当時の風情が残っており「蔵のまち」として散策コースとして人気があります。

 次の「南吉」とは、童話作家として有名な新美南吉のことです。新美南吉は、ここ半田で生まれました。2013年には新美南吉生誕100年を迎え、生誕地の半田市および新美南吉が安城高等女学校で教師生活を送った安城市では、まち挙げて新美南吉生誕100年事業が数々計画されています。安城では、童話作家というよりは、教師をしていたこともあり南吉先生として慕われています。安城の模様は、以前の視察レポート「童話作家の新美南吉が安城高等女学校の先生として通った安城市のみゆき商店街を訪ねて」で紹介しておりますので、合わせてお読み頂けたらと思います。

 「赤レンガ」とは「半田赤レンガ建物はんだ山車まつり風景」のことで、明治31年に「カブトビール」の醸造工場として建設されたものです。建設されて110余年経ちますが、現在もしっかりと残されており、半田市の象徴的な文化遺産になっています。

 赤レンガ建物はビール工場としての歴史があるとともに、第二次世界大戦中はビール工場としての役目を終え、中島飛行機製作所の衣糧倉庫だったこともあり、戦闘機からの超低空での攻撃を受け、建物の壁には今もその時の機銃掃射跡が生々しく残っています。半田赤レンガ建物は年に数回、内部を公開しており、その時には、復刻版のカブトビールも飲むことができます。カブトビールを飲んだことがありますが、黒ビールに近くワインのような味もする当時の明治時代が香りが感じられます。また、以前、一般公開された時に行った時に視察レポート「赤レンガ建物&南吉のふるさと半田を訪ねて」で紹介しておりますので、合わせてお読み頂けたらと思います。

 少し前置きが長くなってしまいましたが、今回行った5年に1回のはんだ山車まつりは第7回目になります。5年前のはんだ山車まつりにも行きましたが、その時は学生たちの取材・撮影に同行しており、ゆっくりと見ることはできませんでしたが、今回は、さじき席で食べながら飲みながら1台1台の山車をじっくりと堪能することができました。はんだ山車まつりは5年に1回ですが、毎年春に、それぞれの地域(10地区)で山車まつりが開催されています。5年前は、各地区の春の山車まつりも学生たちと一緒に取材・撮影しました。

 5年に1回のはんだ山車まつりは、毎年、春に10地区で行われている祭りの山車が勢ぞろいします。その数は、なんと31台です。これだけの山車が一堂に揃うのは全国的にみても珍しいです。上から4番目の画像は、31はんだ山車まつり風景台の山車が勢揃いしたところを写したものです。画像上では、すべて写りきれてなく20台ほどの山車が写っていますが、それでも壮観さが伺えるのではないでしょうか。また、勢揃いした山車の周りには、人人人でごった返しているのがご覧いただけると思います。本当にものすごい人でした。2日間で約50万人の人出があったそうです。

 はんだ山車まついを見ていくにあたって、半田の山車には2つの大きな特徴があります。一つは、半田の各地域における山車まつりは、一部の大店の旦那衆や町衆のものではなく、庶民皆の力が合わさって運営されている点です。山車組みや町内のもの皆で楽しむ庶民の祭りとして発展してきた歴史があります。もう一つは、幕末の頃からそれまでの山車の形態から素木彫刻が施された彫刻山車へと変化してきたことです。地元の方は、山車に所狭しと施された彫刻の質と量は日本一と自負しているそうです。また、半田では従来「山車」のことを「やま」「おくるま」「おっくるま」「やまぐるま」などと呼ばれており、一般に「だし」と呼ばれるようになったのは昭和54年に5年に1回の「はんだ山車まつり」が始まってからだそうです。

 31台の山車の中でも、亀崎地区の山車(5台)が彫刻、刺繍、からくりなど全体的に豪華です。亀崎地区は半田市の北東部に位置し、衣浦湾に面し、三河地域を望めるエリアにあります。潮の香る海辺町でありながら、ちょっと坂を登れば小高い丘にたどり着き、三河湾を一望することができます。古くから産業が発展し、特に江戸時代からは醸造業や廻船業で栄え、古い街道や軒並みにその面影をみることができます。この古くから栄えてきた亀崎だからこそ、豪華な山車が今も引き継がれてきた経緯が伺えます。また、最寄駅のJR亀崎駅の駅舎は、開業当時の姿を今も残しており、現役として日本一古い駅舎として知られています。

 亀崎地区の春の祭りは、亀崎潮干(しおひ)祭として有名で、国の重要無形民俗文化財に指定されています。潮干祭はんだ山車まつり風景も見に行ったことがありますが、中でも、亀崎の山車5台が海浜への曳き下ろしは最大の見どころです。潮の退いた波打ち際に向かって一気に山車が曳き下ろされ、山車を曳く若者たちは腰まで水に浸かって綱を曳いています。

 まだ取り上げていない画像を紹介しますと、一番上の画像は、山車まつり会場に向かう山車を写したものです。豪華な刺繍がご覧いただけると思います。また、上から2番目の画像は、山車まつり会場に向かう通りに山車が待機している様子を写したものです。上から2番目の画像の右上に見えるのが先ほど紹介しましたミツカンの本社です。小さくですが、「三本線に丸を付けた」ミツカンのロゴも見えると思います。

 上から3番目の画像は、さじき席から1台1台入ってくる山車を写したものです。1台1台の山車が曳き廻されて目の前を通っていく様子は、勇壮華麗でまるで山車絵巻をみているようでした。なかでも、見どころであり、盛り上がるところが山車を90度回転させるところで、上から3番目の画像からお分かり頂けると思いますが、ちょうど90度回転させるカーブに近いさじき席で迫力ある山車の90度回転を見ることができました。ピタッとうまく回転できた山車組には、さじき席から歓声が上がりました。

 このようにさじき席から1台1台じっくりと山車をみることができ、地区ごとの山車の違いなど細かいところまで堪能できます。ちなみに上から3番目の画像で写っている山車の上には、子どもたちとともに元中日ドラゴンズの立浪和義選手が乗っていました。ちなみにはんだ山車まつりのPR大使は板東英二で、そのつながりで立浪もいたようです。また、会場には、板東英二コーナーもありました。

 最後に、山車のもう一つの見どころのからくり人形の上演について紹介します。先ほどの亀崎地区の5台の山車には、すべてからくり人形が載っています。上から5番目の画像は、亀崎地区の5台の山車が勢揃いして「からくり」を上演しているところを写したものです。からくりは、それぞれストーリーがあるとともに、あっと思わせるような仕掛けがあり、驚きがあります。

 少し亀崎のからくりの題目を紹介しますと、「唐子遊び」というからくりは、蓮台上で1体の唐子が逆立ちを行う離れからくりを楽しむことができます。「猩々(しょうじょう)」というからくりは、能装束人形が後ろ向きになった瞬間、猩々の面を付け、前を向き乱を舞う能の一場面を演じます。「傀儡(かいらい)師」というからくりは、傀儡師人形が船弁慶を演じる糸からくりで、傀儡師が首から箱を下げ胸のところで木偶人形を操る大道芸です。

 皆さんも機会がありましたら半田の山車を見に行かれてはいかがでしょうか。次回の5年後(2017年10月)のはんだ山車まつりを楽しみに待ちながら、毎年、春に行われる各地区のお祭りに行かれるといいと思います。10地区の春のお祭りをはしごすれば、31台の山車をじっくりと堪能ことができます。是非、からくりもじっくりと見て頂きたいと思います。

By Nagura

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