名古屋市中心市街地活性化推進シンポジウムに参加して

記:2001.11.1

 2001年10月2日に名古屋市内で開催されました「名古屋中心市街地活性化推進シンポジウム」に参加して参りました。副題に「お活性化基本計画イメージしゃれで楽しいにいわいのあるまちづくりをめざして 〜あなたがまちづくりの主役〜」と付いていました。

 シンポジウムは、基調講演「魅力的でにぎわいの都市空間」(講師:瀬口哲夫氏・名古屋市立大学芸術工学部教授)、「オフィス街におけるビル低層部の店舗化の取り組み」(講師:合場直人氏・大手町丸の内有楽町地区再開発計画推進協議会事務局長)に続いて、パネルディスカッション「広ブラの復活とまちのにぎわいの再生・・・大いに夢を語り合う」が行われました。パネルディスカッションは、基調講演を行った講師2名に加え、関戸美恵子氏(NPO法人起業支援ネット代表理事)、三阪朋彦氏(名古屋工業大学大学院工学研究科研究員)、弓野麻衣子氏(名古屋リビング新聞社編集部副編集長)、館雄聡氏(経済産業省中小企業庁経営支援部商業課中心市街地活性化係長)の方々がパネリストとして参加されました。会場には、200名を越す聴衆の方が訪れており、立ち見もでるほど超満員でした。スーツ姿の男性がかなり見られ、関係者が多かったように思いますが、やはり日本の消費市場を引っ張っている女性の参加者がもっと欲しかったところです。

 今回、シンポジウムの会場では、大正〜昭和初期頃にかけてのにぎわっている広小路通の様子を写したパネル展示もされていました。少し前までは、名古屋と言えば地下街というイメージが強く、地上には人がいなく、もぐらのように地下街に人があふれていたという時代もありました。最近では、多くの都市で地下街がふつうに見られますが、他の都市に先駆けて、地下街をどんどんつくっていった名駅(名古屋駅界隈)、栄は、いまでは迷路のような地下街が広がっています。
 地上に人が流れるようになった背景をみますと、栄南にパルコができ、その後、ナディアパークがオープンしたことにより、名古屋の中心市街地も面的な広がりができたように思います。地上にも人が流れるようになり、栄から大須(昔ながらの情緒ある商店街と先端のパソコンショップ群が入り交じる不思議な空間)にかけて、人が地上を歩き、回遊性が出てきています。

 栄から南方面の大須への回遊性はでてきていますが、栄から西方面の名古屋の2大繁華街の名駅と栄を結ぶ“広小路通”に人の流れを取り戻そうという動きが活発化しており、今回のパネルディスカッションでも取り上げられていました。新たな店もオープンするなど徐々に回遊性もでてきつつあるようです。かつては、商業集積地のイメージが強い「栄」、オフィスビルなど多くビジネス街イメージの強い「名駅」という感じでしたが、JRセントラルタワーズのオープンで2大商業集積地になりつつあります。この意味からも、2つの繁華街を結ぶ“広小路通”の活性化が必要になってきていると言えます。

 この2つの繁華街を結ぶ“広小路通”の要(かなめ)となる部分が、堀川が流れている納屋橋界隈と思います。納屋橋界隈には、キャッツなど劇団四季の新名古屋ミュージカル劇場はありますが、まだまだ栄まで人の流れを生み出すまでは至っていないようです。ミュージカルの場合、目的志向が強く、あまりぶらぶらと街を歩かないという傾向もあるようです。堀川という視点で少し述べますと、堀川がきれいになりつつあります。以前に比べれば、汚泥がたまり、悪臭をはなっていた臭いはなくなってきているようです。これは、地下鉄工事現場の地下水や庄内川から水を取り入れるなどして浄化が進んだことが大きいようです。また、今年の夏、堀川の湖畔に若者向けの飲食店(納屋橋CUBES)ができたり、船着き場ができたりしています。今後、水上バスを走らせようという構想もあります。
 少し堀川の歴史を紐解いてみますと、1610年に徳川家康の命で、福島正則が普請奉行となって造られました。納屋橋の欄干中央には、福島正則の紋を中心に三英傑の紋がレリーフされています。堀川は、名古屋城築城に伴って木材などの資材を運ぶために造られ、昨年シャチが迷い込んだ旧東海道・七里の渡し(現在の名古屋市熱田区の宮の渡し公園)から名古屋城まで続いています。さらに上流部分は、庄内川につながっています。先ほどの七里の渡しは、江戸時代(東海道)は、ここ七里の渡し(宮の宿)から桑名宿(三重県桑名市)までは海路となっていました。ですから、江戸時代は、熱田神宮近くから海が広がっていたわけです。現在は、埋め立てが進み、河口は、七里の渡しから3キロほど先にあります。昨年の迷い込んだシャチは、3キロほど泳いできて七里の渡しあたりで方向感覚を失ったわけです。(補足:シャチは、無事元気に大海原にもどっていきました)

 広小路通では、最近「広ブラ」なるイベントも開催されています。大正から昭和初期にかけて、流行のカフェや映画館目当てに、若者がぶらぶらと広小路通を歩くことを「広ブラ」といったそうです。今まさにかつての賑わいをもう一度取り戻そうとお洒落でロマンティックな名古屋のメインストリートに生まれ変わろうとしています。

 名古屋中心市街地活性化推進シンポジウムで示された名古屋中心市街地活性化基本計画は、今回のコラムの中で取り上げました名駅、栄、大須など含む名古屋の中心市街地約580ヘクタールを対象にしています。この基本計画は、平成13(2001)年度から平成22(2010)年度を計画期間とし、新たな経済・社会情勢の変化や法制度の改正等に対応して、必要に応じた見直しを行っていくことになっています。基本計画ができて、今後の事業展開への流れとしては、TMO構想、TMO計画、そして事業実施へと向かうことが想定されます。

 名古屋圏は、これから2005年の日本国際博覧会(愛知万博)、中部国際空港の開港など控えており、世界各国や国内各地から多くの人が訪れ、交流が活発になっていくことが想定されるだけに、期待感が持てる地域のように思います。これからどのように変わっていくのか楽しみなところです。“大いなる田舎”“ものづくりのメッカ”という自然環境、産業基盤の充実した良い点は引き継ぎつつ、名古屋ならではの新たな魅力をどんどん打ち出していってもらいたいものです。名古屋は、名古屋ならではの(変わった?)食文化があり、いわゆる“合わせ技”が得意であり、これらの絶妙なバランス感覚のある名古屋パワーをいろいろな面で生かしていってもらいたいものです。

補足:TMO(まちづくり機関:Town Management Organization)とは・・・中心市街地に係わるさまざまな組織との調整役となって、各種のまちづくり活動に対し、一体的総合的な管理運営を担当し、区域内の商業を活性化させる役割を担います。

By Nagura

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