伝統文化“紙すき”体験を通して

記:1999.11.21

 先日、愛知県西加茂郡小原村(人口:約4,500人)にある「和紙のふるさと」で“紙すき”を体験してきコウゾの木々ました。小原村へは、豊田市街地から30分ほどで行くことができます。和紙のふるさとには、和紙工芸館、和紙展示館はじめ、レストラン、特産品売り場などがあります。
 小原村に入ると、紅葉の時期なのに、そこかしこで、桜を思わせる淡いピンクや白のかれんな花が見られました。この花は、四季桜といい、春と秋の2度かれんな花をつけるようです。四季桜は、小原村の木として約4,000本あり、まさに春を思わせる華やかさが感じられました。また、村内には、愛知県の天然記念物に指定された樹齢100年を越える名木もあります。

 和紙の産地は、日本全国に数々ありますが、ここ小原村は、昔から和紙の原料の楮(コウゾ)の生育に適しており、古く室町時代から紙の村として知られています。しかし、生活様式の変化により、全国的に和紙の需要は減少しているのも事実です。小原村では、その和紙を工芸和紙、美術品の域まで高めています。その背景は、のちほど中心人物になった人にスポットをあてて紹介します。

 “紙すき”の体験は、和紙工芸館でできます。流れとしては、小原和紙の沿革と紹介、制作手法の説明などの講習と実際に「葉すき」「字すき」「絵すき」「うちわ」の4種類から選択して和紙づくりを楽しむことができます。時間的に余裕があればすべて楽しむこともできます。金額的には、1種類あたり1,000円程度(絵すきは、2,300円)で、時間的には講習と実習で40分程度(絵すきは、1〜2時間)で、プラス乾燥の時間が1時間ほどかかります。乾燥の1時間ほど待っている時間は、和紙展示館や特産品売り場などで十分時間を費やすことができます。

 私は、実用も考えて「うちわ」を作ってきました。紙をすく作業そのものは、どの種類を選んでもほぼ同じで、木の枠を上下、左右に揺すりながら厚さが均一になるように紙をすいていきます。今回の和紙の素地の色は、小原村の四季桜をイメージした淡いピンクでした。その素地に、色で模様を少しつけて乾燥に入ります。そして、乾燥後、うちわとなる竹に紙を張っていく作業となります。その時に、もともと張ってある下紙の上に今回、自分ですいた和紙を張る形となるのですが、その間に“もみじ”をまぶします。そして、出来上がりとなります。出来上がった“うちわ”は、灯りにかざしてみるとなかなか我ながら趣が感じられました。うちわに灯りを通して見ますと、四季桜をイメージした淡いピンク地に、間にはさんだ“もみじ”が浮かび上がり、小原村の今の季節にぴったりの“四季桜に紅葉”になります。

 今回、行って来ました“紙すき”の体験は、「紙をすく」作業からですが、実際には、楮(コウゾ)の刈り取りから含めますと数多くの工程が必要となります。一番上の画像は、楮(コウゾ)の木を写したものです。この木が、紙の原料となります。楮(コウゾ)とは、クワ科の落葉低木で、繊維作物として栽培されています。簡単に“紙すき”前までの工程を紹介と、まず楮(コウゾ)を刈り取り、蒸して、皮をはぎます。そして、川でさらした後、ソーダで煮ます。その後、チリや傷を取り除き、繊維を叩き、ネリを加えてよくかき混ぜて、“紙すき”ができる状態となります。今回、我々以外で“紙すき”体験をされていらっしゃる方を見ていますと、若い女性のグループが目につきました。

 和紙を乾燥している待ち時間に、和紙展示館を覗いてきました。館内には、全国から集めた和紙作品、小原和紙を美術品の域まで高めた藤井達吉翁の作品、そして、現代の和紙工芸作家の作品などが展示されています。和紙でつくったとは思えないような作品も並んでいます。
 衰退の一途をたどっていた小原和紙を工芸和紙、美術品の域まで高めた人物・藤井達吉は、小原和紙の良質なことに着眼し、その素材を生かすとともに、創造の要素を加えて、多くの継承者を生み、今日の小原和紙工芸発展の礎(大正のころ)を築いていったのです。そして、現在の小原村では、襖、屏風、掛軸、色紙、人形、財布、ハンドバックなどが作られています。これに施される絵画的な模様は、楮(コウゾ)などの繊維を染めて、風景や静物、あるいは抽象的模様をすき込んだもので、丈夫で軽くあたたかな独特の美しさを持っています。
 また、興味深いのが、藤井達吉翁は、小原村の出身ではなく、外部(現在の愛知県碧南市の出身)からこの地に移り住んできて、小原和紙の再興に貢献したことです。移り住んできた方が、その“まち”の活力を与えることは現在でもよく見られますが、藤井達吉翁は、大正時代という昔に、小原村に“風”を送り込んだ一人と言えます。

 その他では、小原歌舞伎が有名です。神社に奉納する地芝居として始まった小原歌舞伎の起源は江戸時代中期と言われています。1960年の上演を最後に途絶えていましたが、1975年に村の人たちが小原歌舞伎保存会を立ち上げ、現在では子ども歌舞伎も行われています。歌舞伎と言えば、先日、郡上八幡に行った時に、地歌舞伎を見てきましたが、無形(ソフト)の財産としてたいせつに後世に受け継いでいきたいものです。また、昼食は、もう少し岐阜県よりに走った山の中にある大福魚苑で、ます料理と五平餅を食べてきました。ここは、つり堀もあり、自分で釣ったますをその場で料理もしてくれます。

 皆さんも伝統の和紙づくりにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。眺めているだけで心がいやされる和紙、日本の心を伝える和紙、その美しさと温もりを手にとって感じとることができると思います。また、今月(11月)いっぱいは、紅葉とともに、“四季桜”が楽しめるのではないかと思います。

 話変わりますが、先日、ボランティアネットワークを広げるとともに、無線を使った防災ネットワークの活動をされているNPO(特定非営利法人)愛知ネットの会合に参加してきました。NPO愛知ネット代表の天野さんを中心に活発な議論がされていたのが印象に残っています。防災の業務に携わってきた私としては、地震発生直後の行政が立ち上がる以前の活動においては、地元密着のNPO愛知ネットのような組織は重要な役目を担うと言えます。行政とのパートナーシップをうまくとって、これから進んでいって欲しいと思っております。防災関係に携わっていらっしゃる方は、是非、一度参加されてみてはいかがでしょうか。
 また、別の日ですが、愛知県西尾市で来年行われるイベント「西尾市電脳祭2000」の会合を少し覗かせていただいてきました。“触れてみよう感じてみようパソコンの世界”という謳い文句で、マルチメディアにおける浸透と親しみをめざして、子どもから大人まで、初心者からベテランまで、誰でも参加できるコンピューターの祭典だそうです。メディアによく登場している西尾で“三河おもちゃ花火”の商品開発をしている榊原さんはじめ、メンバーの方々の西尾のまちづくりへの思い入れの強さが伺えました。西尾市電脳祭2000は、来年(2000年)2月1日〜6日まで開催されますので、お近くの方は、ぜひ、足を運ばれたらと思います。

 西尾には度々行っていますが、一度じっくりと西尾市内を巡って、視察レポート上で皆様方に紹介したいと思っております。私が思うに、西尾界隈(一色町、吉良町、幡豆町含め)は独自の文化・歴史、商圏をもっており、良い意味で大型店も乱立なく、変に荒されてなく、21世紀に向けて可能性を秘めた地域と言えます。それだけに今までにない発想のまちづくりを全国へ発信していって欲しいものです。

By Nagura

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