ランチェスターの人物像と法則を考察する

記:1999.8.2

 以前にランチェスターに関して勉強したことがありますが、先日参加させていただいた「九州ベランチェスターイメージンチャー大学」の中で、ランチェスターの専門家として名高い竹田陽一氏の講義を聞いて、再び昔の本を引っぱり出してきて、紐解くとともに新たにランチェスターに関する書籍などを購入してきて、空いた時間を利用して読んでいる次第です。
 今回、ランチェスターを読み解いていくに当たっては、ランチェスターに絞りこまずに古くは、孫子の兵法、歴史上の人物の戦略、また新しくは、MBA(経営学修士・ビジネススクール)、コンサルタントの一倉定、船井流などあらゆる角度、視点から総合的に読み進めています。今回のコラムでは、ランチェスターに的を絞って紹介していきます。

 日本において、ランチェスターの法則の普及にもっとも貢献された方は、故田岡信夫氏ではないかと思います。ビジネスの世界では、広くランチェスターの法則が知れ渡っていますから、皆様方も田岡氏、竹田氏などの本を読まれたり、セミナーなどに参加されて既にご存じの方も多いのではないでしょうか。
 ランチェスターとは、そもそも何かと言いますと、ランチェスターという人が考え出した法則が出発点となっています。ランチェスターの人物像につきましては、後ほど述べます。ランチェスターが示した原理原則が、“効果的に勝つための方法”としてランチェスター戦略として、現在も様々な業界、業種で活用・応用されているわけです。
 ランチェスターの法則をざっと紹介しますと、法則には“第一法則”と“第二法則”の二つがあります。通常ランチェスターの法則と言えば、“第二法則”のことを指します。
 第一法則は、一般に「一騎討ちの法則」と呼ばれています。古代の戦闘のような弓とか槍など原始的な武器を使った戦いは、基本的には一人が一人しか狙い撃ちできない一対一の戦い、すなわち一騎討ち型の戦いとなるわけです。仮に、A軍5人、B軍3人で一騎討ち型の戦闘が行われた場合、A軍は3人戦死して2人生き残り、B軍は3人戦死して全滅してしまいます。要するに、数の多い方の軍隊が、多い分だけ生き残り勝利するというのがランチェスターの第一法則です。
 第二法則は、一般に「二乗法則」「確率戦闘の法則」「集中効果の法則」などと呼ばれています。一騎討ち型の第一法則に対し、機関銃のように一人が何人もの敵を同時に射撃できる近代兵器を使った戦闘の場合を想定しており、損害量はどうなるかから導かれたものが第二法則です。仮に、A軍5人、B軍3人と先ほどの第一法則の例と同じ場合を想定しますと、同じ性能の機関銃を使って戦闘した場合、A軍一人当たりがB軍から受ける攻撃力は、A軍は5人だから5分の1に分散され、B軍が3人だから、5分の1を3つ受けることになり5分の3となる。逆にB軍一人当たりがA軍から受ける攻撃力は、B軍は3人だから3分の1に分散され、A軍が5人だから、3分の1を5つ受けることになり3分の5となります。A対Bの攻撃力の比は、「5分の3」対「3分の5」で分母を合わせますと「15分の9」対「15分の25」となり、分子に注目すると9対25となります。B軍3人の二乗の9、A軍5人の二乗の25と、それぞれが戦闘前の相手兵士の数の二乗分の攻撃力を受けていることがおわかりいただけることと思います。よって、B軍が全滅した場合のA軍の生き残り兵士数の式は、A軍の二乗からB軍の二乗を引いた数の平方根(ルート)となります。数字を入れてみますと、5の二乗の25から3の二乗の9を引いて16となり、その平方根で4となります。B軍が全滅した場合のA軍は4人残っていることになります。第一法則の時は、2人生き残りましたが、第二法則においては4人生き残り、戦い方、戦う兵器により違いがはっきりでます。
 A軍5人、B軍3人というのは、あまり現実味が感じられませんので、A軍100人、B軍50人の場合を仮に想定しますと、B軍が全滅した場合のA軍の生き残りは、第一法則の場合で50人、第二法則で86.6人となります。単純に戦う効率を見ますと、第二法則の方が第一法則に比べ1.7倍(86.6/50)良いことがわかります。このランチェスターの二つの法則が、現在のビジネス上にいろいろと応用されて引き継がれています。

 二つの法則の説明が長くなってしまい、少々頭が痛くなってきている方もいらっしゃるのではないでしょうか。ここで、ランチェスターの人物像と豊臣秀吉の用いた戦法を紹介します。ランチェスターは、1868年日本で言う明治元年にイギリスで生まれています。ガスエンジン会社に入社し、ガスエンジンの設計と製作に携わる技術として過ごし、29歳の時に自ら自動車会社を設立しランチェスターカーを製造しています。その後、自動車会社を売却し、飛行艇をつくる会社の技術コンサルタントを経て、「ランチェスター研究所」を設立しています。先ほど説明しました二つの法則は、ランチェスター研究所を設立翌年の45歳(1914年)の時に雑誌連載の「飛行機が今後、戦争にどう使われ、戦争をどう変えていくと思われるか」の中の一部として発表されたものです。連載は全体で19編あり、ランチェスターの法則はその中のたった2編であり、この二つの法則は本人の予想以上に、一人歩きを始めたようです。

 ここで時間はさかのぼりますが、ランチェスターが生まれる300年以上前の戦国時代の豊臣秀吉の戦略を見ていきます。秀吉は、戦うに当たって、敵に関する情報を周到に集め、自軍の兵士の数が敵よりも少ないと分かれば、決して戦おうとはしませんでした。その場合は、むしろ敵と和睦を結び、その間に、懸命に兵力の増強をはかったのです。そして実際に戦う場合は、常に敵の5〜6倍の兵力を擁して戦場に臨んでいます。毛利と戦っているとき、明智光秀の謀叛を聞き、急いで引き返したため十分な兵力数を準備できなかった山崎の合戦の時でさえ、敵の2.5倍の兵力数を擁していました。
 このように常に敵を圧倒する兵力数で戦ったわけですから、勝つのは当然といえば当然ですが、むしろそういう勝ち方の鉄則を守ったところに秀吉のすぐれた戦略性が感じられます。時代はかなりさかのぼりますが、ランチェスターの法則に合い通じるものが感じられるのではないでしょうか。

 ランチェスターの法則を応用して、第一法則から弱者必勝の戦略、第二法則から強者必勝の戦略なるものも生まれています。強者必勝の戦略は、物量戦、複合戦、間接戦、広域戦、包囲戦などから第二法則の法則から導きだされています。逆に、弱者必勝の戦略は、局地戦、接近戦など重点主義に徹し一点突破で進んでいくところから第一法則から導きだされています。

 時代はいくら移り変わっても、原理原則というものは変わりませんから、ランチェスターの法則においても、孫子の兵法や歴史上の人物の戦略などにおいても学んでいくことは大切なことだと思います。
 あまり一つの事例に執着することなく、いろいろな場面を幅広く、バランスよく捉えて、自分の頭の中でシミュレーションしていくことが良いのではないかと思います。もっぱら、歴史上の人物は往々にして、超個性的な人物、天才肌という人が多いですから、戦略を勉強する上での入り口としては、ランチェスターの法則や孫子の兵法などの方がそれなりにまとまっていますので、入りやすいのではないかと思います。
 これからの世の中、生き抜いていくには、戦術をより生かすためにも、しっかりとした一本筋の通った戦略は不可欠となってきます。

By Nagura

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