“NPO時代がやってきた”と
“新時代の商人の道と明日の商店街(JAPAN SHOP)”と“中心市街地活性化シンポジウム”に参加して

記:1999.3.9

 1999年3月1日に大阪で行われましたシンポジウム「NPOの時代がやってきた」を聴講してきました。内容ジャパンショップイメージは3部構成で、第1部「NPO新時代を支えられるか」、第2部「NPO法こう活用する」、第3部「新時代NPOをどうする」という流れで、10時から16時30分まで、1日かけてパネルディスカッションが行われました。パネラーには、三重県知事の北川正恭氏、市民ボランティアネットワーク代表の堀内正美氏、地雷廃絶日本キャンペーン運営委員の目加田説子氏、大阪大学副学長の本間正明氏など総勢13名の方が参加されました。
 NPO法(特定非営利活動促進法)が昨年(1998年)12月1日に施行されたばかりということもあって、500人ほど入れる会場には、ほぼ満席の状態でした。私自身もここまでの盛況には驚きましたが、主催者側も予想以上の盛況に驚いているようでした。聴講されていらっしゃいます方を見ますと、全体的に50歳代、60歳代以上と思われる方が多かったです。女性は、全体の3割ほどで40歳代以上の方が多かったように思います。若い世代の人たちは、1割にも満たなく、大阪大学経済学部創設50周年記念シンポジウムということもあり、阪大の学生ではないかと思われます。
 パネルディスカッションは、行政サイド、市民団体それぞれに戸惑い、スムーズにいかない部分も多々あり、かなり白熱した議論が展開されました。市民団体等のNPOを取得する側からは、手続きに時間がかかりすぎる、税制優遇措置がないなど意見が出され、教授人含め行政サイドからは、今まで趣味的な意味あいでやってきた市民団体がNPOを取得するには、より公共性とプロフェッショナル性が求められるなど厳しい意見も出されました。
 結果的には、今回のシンポジウムで結論が出たわけではありませんが、NPO法の施行により、行政サイドも市民サイドも互いに試されているという方向性に収束していきました。行政サイドは、従来の一方的な“教えるとか、与えるとか”という態度ではなく、NPOとパートナーシップを持って取り組んでいく必要性があり、市民団体等のNPO側としても、行政サイドとパートナーシップを組むということは対等ということであり、先程述べました公共性とプロフェッショナル性がより求められるということです。
 今回のシンポジウムの中で、地雷廃絶日本キャンペーン運営委員の目加田説子氏が、今回の「NPOの時代がやってきた」というタイトルよりは「市民の時代がやってきた」とした方がピッタリとくるのではないかと提案されたことが印象に残りました。まさに、ひとりひとりの市民が試される時代、本当の意味での市民参画の時代を迎えつつあると感じました。

 次に1999年3月5日に東京ビッグサイトで行われました’99ジャパンショップの特別講座「新時代の商人の道と明日の商店街」の模様を述べていきます。2部構成で、1部は放送タレントの永六輔氏が「21世紀に生きる商人の道」というタイトルで講演され、2部は商店街に明日があるというテーマで“一店逸品運動”で有名な静岡市呉服町名店街理事の池田浩之がコーディネーターの進行のもと話されました。
 永六輔氏は、全国各地を回っており、各地の事例を交えながら、商人(あきんど)の真髄なるものを話されました。その中で特に強調された点を3つ挙げますと、まず一つ目は、商人(あきんど)は、声を出さなきゃダメということです。店の中にいて客が来るのを待っているのではなく、店の前へ出て声を出し、声を出すことにより活気が出てきて、声が出ている商店街には人が自然と集まってくるという流れです。二つ目は、起源なる元は何だったのかと探るというか原点を見つめることが必要ということです。商店街の元は何だったのか?と考えていった場合、豊臣秀吉が始めた“楽市楽座”の市(いち)に近づいていき、そこから今あるべき商店街の姿を考えるという発想が大切ということです。三つ目は、“活力”はおもしろくなければ長続きしないということです。商売は、今日明日で急に変わるものではなく、長年続けていくには、“おもしろおかしく”という心にゆとりを持ってやっていくことも必要ということです。
 2部の静岡市呉服町名店街における“一店逸品運動”は、6年間継続してやってきていることにまず驚きました。“継続は力なり”と感心いたしました。最初は、参加者も少なくかなり苦労したそうですが、続けていくうちに参加者も増え、一店逸品運動を楽しみにするようになってきたということです。一店逸品運動とはどのようなものか簡単に説明しますと、年に1回3月に、参加各店の一押しの商品を逸品としてチラシ(約30万部配布)に載せるというものです。要するに、各店が持っている逸品を年1回披露しようというものです。そして、その中にはオリジナルで開発された商品も含まれています。今までに、新商品を40品目以上商店街の中で、議論しながら開発してきたということです。
 商業の専門家ではない永六輔氏の生活者としての視点には新鮮さが感じられ、商店街にしても、自治体にしても、国そのものにしても、従来の固定観念を捨て、新鮮な目で柔軟な発想・感性でものごとを見ていくことが大切だと実感いたしました。

 コラムで載せてあります画像は、「街づくり・流通 ルネサンス」をテーマにした’99ジャパンショップの様子を写したものです。3月3日の日に一日かけて回ったのですが、予想以上に込んでおり入場するのに時間がかかりました。特にデビットカード、ポイントカード、ネットワークを介したマーケティングなどのブースは人気を集めていました。また、特殊な眼鏡などを装着せずに立体が空中を浮遊しているような映像が見ることができる3D(三次元立体)映像を使った店頭ディスプレイはなかなか興味深かったです。元々技術畑を歩んでいただけに、思わず目がいってしまった次第です。

 次に1999年3月6日に豊橋で行われました中心市街地活性化シンポジウム「街のまん中は、元気のまん中」の模様を述べていきます。まず、この“街のまん中は、元気のまん中”というタイトルがなかなか良いネーミングだと思います。2部構成で、1部は日本開発銀行の藻谷浩介氏が「よみがえれ中心市街地−市民参加のまちづくり−」というタイトルで講演され、2部は日本青年会議所中心市街地活性化委員会委員長の笠原盛泰氏コーディネーターのもと先程の「街のまん中は、元気のまん中」というタイトルで豊橋市助役、地元商店街理事長など交えパネルディスカッションが行われました。
 藻谷浩介氏は、日本全国の3,000以上の自治体を実際に自分の足で歩いて見られている方で、なおかつ定点観測で何回も何回も繰り返して見られている点には感心いたしました。豊橋へも今回が3回目ということで、豊橋近郊の自治体にも詳しく、豊橋の現状をビデオで撮影した画像を見せながら、ポイントを的確に指摘されました。藻谷氏の現状の豊橋評としては、“豊橋は本来アイデンティティをもっと出せる街であり、潜在能力を秘めている。しかし、街の人が思っているほど実力はない”と述べられました。講演の中で、街にしても商店街にしても異分子を受け入れる土壌が必要だと述べられており、豊橋においては、外からの意見・発想などの異分子を受け入れながら、本来もっと出せるアイデンティティを追及していくことが街の活性化の方向性のようです。
 パネルディスカッションでは、商業者サイド、市民サイド、行政サイド様々な視点から議論が交されました。今まで、いろいろな中心市街地のシンポジウムを聞いてきましたが、今回はより市民レベルに近い視点というか観点で議論されていたのが印象に残りました。先程の異分子を受け入れるという視点では、住民の声をどう拾うか、新しい人が入ってくるシステムをどうつくるか、できない場合はできる人間を連れてくる体制、TMOなどで様々な意見を受け入れるシステムづくりなど議論が交されました。途中会場から生活者視点からの主婦の方の意見も出され、“主婦の発想”なるものを街づくりに生かさなければいけないと実感した次第です。
 豊橋は、名古屋からある程度離れており、名古屋圏に組み入れられていないだけに、これからの発展が楽しみな街です。そして、今回パネラーとして参加されていらっしゃいます豊橋市の助役は女性であり、女性の視点、主婦・生活者の視点からの街づくり、また他の市から赴任されてきたという新鮮な目で豊橋市を見られることを考えますと、中核市に移行することも合わせて、豊橋市はますますこれからの飛躍が期待できる街です。

By Nagura

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