1998年サッカーワールドカップ・フランス大会

記:1998.7.15

 1998年6月10日に開幕した第16回サッカーワールドカップ・フランス大会も7月12日の決勝戦を持サッカーワールドカップフランス大会イメージって33日間にわたった熱い戦いの幕を閉じました。日本チームにとっては、1954年スイス大会の予選に挑戦してから以来、半世紀近い月日をかけての念願のワールドカップ初出場でした。

 決勝戦は眠い目をこすりながら早朝4時に起きて5度目の優勝を狙うブラジルと地元での初優勝を狙うフランスの戦いを見ました。試合は、けがと体調不良で精彩を欠いたロナウド選手(ブラジル)と大活躍のジダン選手(フランス)との差が出て、一方的な試合運びとなりフランスが初優勝を決めました。今世紀最後のサッカーワールドカップは、20年ぶりの開催国における新チャンピオンの誕生で幕を閉じました。同じ頃、日本では参議院選挙で一喜一憂しており、日本でも新たな政局が動き始めようとしていました。

 日本チームの戦いを振り返って見ますと、予選リーグ3連敗に終わってしまい、世界の壁の厚さというかサッカーにおける文化の違いというものが強く感じられました。後一歩で勝てるという試合も多く、完敗したという試合はなかったように思います。健闘したと言えばそうなのですが、攻めの甘さが目につきました。
 特に1998年6月20日にナントで行われたクロアチア戦は力を入れて見ていたのですが、この試合は、決勝リーグに出るには負けられない試合でした。結果0対1で負けてしまいましたが、勝てる要素は十分ありました。組織的には勝っていたように思いますが、やはり個人技では差が感じられました。個人技が低いためなのか、日本チームにはダイナミック差が感じられなく、奇跡が起きる(逆転劇が起きる)という期待感があまり感じられないのが難点のように画面を見ていて思いました。
 テレビ、新聞などの報道では「戦う意思・真剣味」が足りないとけっこう叩かれていましたが、世界に向けての第一歩となったことは間違いないでしょう。フランスのみならず世界に向けて日本もなかなかやるなという「顔見せ」にはなったことと思います。

 日本と戦い、日本と同様の初出場のクロアチアは、試合を重ねるごとに強くなっていったように感じました。そして終わってみれば、初出場で堂々の3位です。クロアチアのシュケル選手は、6得点のゴールを決め得点王に輝いています。初出場での3位は何と32年ぶりとのことです。

 それにしてもいろいろ話題の多かったワールドカップでした。約1カ月間の大会期間中に250万人以上のファンが会場で熱狂し、テレビの前には全世界で延べ400億人以上が釘付けになりました。
 1998年6月14日にツールーズで行われた日本対アルゼンチン戦では、サッカー中継では過去最高の視聴率67%(NHK総合とBSの合計)を記録しました。
 チケット騒動における被害は、日本を含め約10カ国にわたり約8万5千枚に及びました。これにより日本の旅行各社に数億円の重い代償を負いましたが、最もダメージを受けたのは、観戦を楽しみにしていた日本のサポーターたちです。日本からのツアーの中には「0泊3日の炎の弾丸ツアー」というのもありました。チケット騒動は、旅行会社含め日本人が賢い消費者となるために払った尊い授業料と割り切れば、何となく救われますが・・・。
 また、監督にとっても厳しいワールドカップとなりました。「結果がすべて」という人気スポーツの監督稼業だけに厳しかったようです。ベスト4が出揃った段階で、すでに敗れ去った28カ国・地域の半数にあたる14チームの監督が解任、辞任が決まっていました。

 サポーターのみならず、日本国民がこれだけサッカーを見たことは、いままでになかったのではないでしょうか。各国代表においてJリーグで活躍している選手が出ていたのも親近感を与えたことと思います。私個人的にもここまでワールドカップを見たのは初めてでした。特に準決勝の2試合(ブラジル対オランダ、フランス対クロアチア)は、見応えがありました。
 また、今回のワールドカップにおいても、長野オリンピックの時に利用したことのあるアサヒコムの結果速報の電子メールを利用しました。毎朝7時頃に、ワールドカップの試合結果&コメントが送られてきました。

 スポーツの枠を飛び越えて国際的な関心が集まったのが1998年6月21日に行なわれたアメリカとイランの試合でした。イラン革命以来、約20年にわたって犬猿の中にある両国だけに、試合の結果が外交に影響を及ぼしかねないと試合前に憶測が飛びました。
 両国は、共に初戦は敗れており、2戦目となるこの試合が一次リーグ突破の鍵となる試合でした。結果は2対1でイランが勝利を収めましたが、友好的な雰囲気の中で行われました。試合後に米国務省のルービン報道官は「イランチームの勝利を祝福するとともに、今後の試合での幸運を祈ります」と祝福を贈っています。関係改善へ向けての言葉とともに、サッカーそのものがアメリカ国内であまり盛り上がっていないことも伺わせています。
 アメリカが主導となっていない唯一といえるメジャーイベント「サッカーワールドカップ」ならではのなし得た言葉とも言えます。

 日本チームの予選リーグ敗退、観戦チケットの大量不足の中、健闘した(景気低迷下にW杯特需をもたらした)分野もありました。それは家電業界です。松下電器ではBSチューナー付きビデオデッキの6月の出荷台数が前年同月比60%増、日本ビクターでもW杯の試合時間に録画時間を合わせた特製ビデオテープ3本組が約40万パックが瞬く間に売り切れました。
 その他では、アシックスが4月に発売した日本代表チームのユニホームのレプリカは5月の連休までに5万着を完売しており、中田英寿選手が起用されているCMの健康飲料「オー・プラス」が6月末までの4カ月間で160万ケースを販売、家庭用ゲームソフトコナミの「ワールドサッカー実況ウイニングイレブン3」は80万本を出荷しています。
 電通総研では、W杯の経済波及効果を当初予想の1,600億円から1,800億円に上方修正しており、上方修正の要因について「家電製品の好調な売れ行きが観戦ツアーのキャンセルなどによるマイナス分を完全に補った」と説明しています。

 イングランドで生まれたサッカーは、芝の上でやるのが当然となっています。「芝生のサッカー場がいくつあるかがその国の文化をはかるバロメーターになる」とも言われています。日本において一般に使われているサッカー場はほとんどが土のように思います。サッカーそのものの質・技術を上げていくためにも今後芝生のサッカー場を増やしていくことが必要かも知れません。それがゆくゆくは文化へとつながっていくのでしょう。

 4年後の2002年には、いよいよ日韓共催のワールドカップを迎えます。今回のフランス大会の経験から監督の選手起用、チームづくりなどを含めた教訓がいろいろと得られたのではないかと思います。また、日本チームと同様に世界の壁の高さというかわきの甘さを露呈してしまった旅行業界も2002年に向けて学ぶことが多かったのではないでしょうか。
 是非とも、2002年の日韓のワールドカップに生かしていってもらいたいものです。併せて日本経済も2002年には力強さを取り戻していてほしいものです。

By Nagura

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