“防災の日”を迎えて
「緊急地震速報」について考える

 記:2006.9.6

 9月1日は「防災の日」です。各地で防災訓練が行われており、テレビなどでも地震の特集番組が放映されていました防災の日イメージので、皆さんも地震について考えられたのではないでしょうか。ちなみに「防災の日」は、1923年の9月1日に起きた関東大震災の教訓を忘れないようにと、また、この時期に多い台風への心構えの意味合いを含め、1960年に制定されました。

 末尾で述べておりますが、年に2回、防災に関してのコラムを書いておりますが、今回は、旬な「緊急地震速報」について紹介しながら考えていきたいと思います。個人的には、完璧ではありませんが、画期的なシステムというか取り組みと思っております。最も、「紙とはさみは使いよう」という例えがあるように、効果的に生かせるかどうかは、このシステムを活用する側の我々ひとりひとりの防災意識がこれから問われてくると言えます。

 また、今年の大きな変化として、「防災の日」に繰り返されてきた東海地震を想定した政府の訓練がなくなったそうです。地震を予知し、首相が警戒宣言を発令するという形で1979年以来続いてきましたが、今年は首都直下地震の訓練が中心となっています。これまで東海地震が特別視されてきましたが、東海地震だけでなく、東南海地震、南海地震もあることが背景にあるようです。学者の間では、東海地震、東南海地震、南海地震が同時に起こることもあると予測されています。

 今回、「緊急地震速報」に触れますが、予知から如何に地震が起こった際の被害を少なくするかという「減災」に軸足が移ってきていると言えます。そのような状況のなか、政府は、来年(2007年)1月に、予知できずに突発的に東海地震が起きた場合の訓練を初めて実施する予定となっています。

 今回のコラムでは、「減災」という視点で見ていきます。まず、一つ目が旬な「緊急地震速報」です。ここのところテレビ、新聞等で紹介されていますので、既にご存知の方も多いと思いますが、「緊急地震速報」は、震度5弱以上の地震がくる十数秒から数秒前に「何秒後に地震が来ます」と伝えるものです。ですから、先ほども少し述べましたが、活用する側のその十数秒から数秒の間に如何に行動するか、対応するかが問われている訳です。大きな範囲で予知と言えば、予知にも入りますが、その仕組みを簡単に紹介します。

 東海地震など海溝で発生する巨大地震は、速度の速い初期微動(P波:秒速7〜8キロメートル)に続き、大きな揺れをもたらす波(S波:秒速3〜4キロメートル)が伝わってきます。この速度の差を利用し、震源に近い地震計がとらえた初期微動から震源や規模などを推定し、気象庁が速報を出すというものです。利用形態にもよりますが、情報料は月額10万円程度だそうです。しかし、震源が内陸でごく浅い地震波の速度の差はほとんどない直下型地震(被害が大きな半径25キロ以内)は、速報が間に合わないということです。また、誤報もあり、2006年4月に伊豆半島東方沖で起きた最大震度4の地震では、連続して起きた揺れを個別に見分けられず「最大震度7」と誤報しています。

 しかし、2004年から試験的に運用されている「緊急地震速報」システムが注目されたのは、2005年8月の宮城県沖を震源とする地震で、「宮城県南部で震度5弱程度以上」との速報が約16秒前に流れました。気象庁の試算では、東海地震でも静岡県で約10秒前、東京都心で約40秒前に速報できるとしています。2006年2月の千葉県北西部を震源とする地震では、猶予時間でストーブの火を消したり、玄関を解錠したりすることができたそうです。

 「緊急地震速報」は、世界初の試みで、2006年8月1日から始まりました。ただ、当面は、鉄道や建設、研究機関などの特定利用者ですが、来春(2007年春)にも、一般向けの速報が予定されています。現在は、一般向けの速報提供に向けて、効果と影響を見極めている段階と言えます。鉄道会社は、速報を受け取ると、運転士に緊急停止を指示するシステムを稼動したり、建設会社では、高さ100メートルを超える超高層ビルの建設現場の安全確保などに利用しています。ただ、駅や百貨店でいきなり速報を流すと出口に人が殺到してパニックを懸念する声も挙がっています。防災を根底から変える可能性はありますが、混乱を助長する恐れもあり、学者の間でも賛否両論あるようです。

 次に、「減災」という視点で、テレビを見ていて、なるほどと思ったのが「被災前復興計画」の取り組みです。テレビで見たのは、三重県の熊野灘に面した大紀町の取り組みで、大地震が発生した場合に備え、津波被害が予想される錦地区(旧紀勢町錦)の住民を安全な高台に移転させる「被災前復興計画」づくりを進めています。2006年5月下旬から説明会も始まっており、住民合意や移転費用などの課題は山積みのようですが、全国初の試みとして注目されています。

 「被災前復興計画」は、一口で言えば、災害が発生した際のことを想定し、事前に被害を最小化につながる都市計画やまちづくりを推進することです。地震後に復興計画でお金をかける費用を事前に使って行うような感じで、トータルでは、費用も抑えられて、被害も抑えられるという一石二鳥とも言えます。1993年7月の北海道・奥尻島の北海道南西沖地震と直後の津波では、死者201人、行方不明者28人、負傷者323人、全壊家屋7600戸の被害が出て、復興するのに1174億円の費用がかかりました。地震後は、住民すべてが高台に移り住みましたが、北海道庁防災消防課の担当者は、「被災前計画のようなものがあれば、人的被害も出なかっただろうし、復興費用も道路や護岸、漁業関連施設など3分の1程度で済んだはず」と話しています。

 三重県大紀町の取り組みは、北海道・奥尻島および過去を教訓に、事前にやっていこうというものです。三重県大紀町は、戦時中の1944年の紀伊半島沖を震源とする東南海地震では、津波で死者64人、家屋の流出477戸、半壊235戸の大きな被害を受けています。いつ来てもおかしくない東南海地震に対して、津波による犠牲者と経済的損失を出した後に街を復興するよりも、津波が来る前に投資して、住民の命を守ろうというものですが、「被災前復興計画」の説明会では、住民からは、住み慣れた場所から移動することもあり、戸惑いの声が少なくなかったようです。現在、リアス式海岸の港の奥の大紀町錦地区では、約1000戸、約1450人が生活しています。

 三重県大紀町の「被災前復興計画」は、2008年3月末までに計画の素案を策定する方針で、今後、国や県に計画をアピールし、モデル地区への指定を目指しています。三重県も「非常にいい発想で、計画づくりにはできるだけ協力したい」と前向きに評価していますが「移転費用など大きな負担がのしかかる住民にどう理解してもらうかが大変だろう」としています。ちなみに、大紀町は、「被災前復興計画」を進行中ですが、津波への対策として、1998年に沿岸部に約500人を収容できる高さ約22メートルの円すい形の避難塔「錦タワー」を約1億3800万円かけて建設したほか、無線機や発電機を備えた16箇所の避難所を整備しています。

 今回、「減災」という視点で、「緊急地震速報」と「被災前復興計画」を見てきましたが、どう生かしていくかは我々ひとりひとりの意識にかかっていると言えます。「緊急地震速報」で、数十秒間で何ができるか、事前にシミュレーションして、地震が起こったら何をするかということが頭の中に描かれていないと、せっかくの数十秒間も生かせずに地震に遭遇してしまいます。生死を分けるのは、一瞬の行動です。1秒たりとも無駄にせず、生かす必要があります。

 また、「被災前復興計画」は、住民の立場から見れば、計画にはおおむね賛成でも、住み慣れた地、移転費用の問題などもあり、地震の発生は待ったなしの状態ですが、じっくりと議論を重ねていくことが必要だろうと思います。町、県、国という間の連携とともに、住民の意向をしっかり組んだ上で、住民側の協力体制、連携体制も求められています。逆転の発想とも言える全国初の「被災前復興計画」という試みだけに、漠然とした点を一つ一つ詰めていって是非、実現して欲しいと願っております。

 その他、地震についての必要最低限の備え(知識)については、「地震一口メモ」に載せていますので、一度ご覧いただき参考になさって下さればと思います。また、以前に、ある市の地域防災計画策定(地震対策編・一般対策編)に携わったことがあり、年2回、防災の日(関東大震災の起こった日)、阪神大震災の起こった日近くに、防災にちなんだコラムを今回同様に載せております。地震防災に関するコラムは、検索コーナー・テーマ別から見ることができますので、併せてご覧下さいませ。

By Nagura

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