90周年を迎えた華麗なステージ“宝塚歌劇”を見て

記:2004.4.11

 宝塚歌劇団が創立90周年を迎えました。1914年(大正3年)4月1日に第一回公演からちょうど、今春で90年の節目を迎え宝塚歌劇団90周年、さらに100周年に向けて歩み始めています。世界的でも類のない女性だけの歌劇団を立ち上げ、90年間続いていることに驚くとともに、最近は海外のお客さんの観劇も多く、歌舞伎などに並び、日本文化、日本芸能の域に達しているのかも知れません。今回、初めて見ましたが、完成度の高さが伺えました。

 今回のコラムは、華麗な宝塚歌劇団の世界を見ていくとともに、ファン(ヅカファン)を引き寄せ続ける裏方とも言うべき阪急電鉄歌劇事業部の集客戦略にも触れていきたいと思っております。

 今回、私は、たまたま宝塚歌劇団を初めて見る機会がありました。2004年2月の名古屋公演(雪組公演のミュージカル・プレイ「Romance de Paris」、レビュー・ファンタスティーク「レ・コラージュ」)を見てきました。会場は、“ヅカファン”と呼ばれる女性がほとんどで少し場違いのような感じも持ちました。完成度の高さは先程述べましたが、行く前は、入場料がけっこう高いなあ(A席7000円を購入)と感じておりましたが、実際に見るとミュージカル、レビューと盛りだくさんでコストパフォーマンスは十分あると感心した次第です。個人的には、ミュージカルよりレビューの方が自然に見ることができ、ラスベガスでショーを見ているような感覚さえ覚えました。ミュージカルは、ミュージカルそのものの完成度の高さは感じますが、女性が男役を演じるという部分で、見ていてまだまだ馴染めなかったというのが正直な感想です。

 それでは、まず、90周年を迎えた宝塚歌劇団の歴史を紐解いていきます。宝塚歌劇団は、阪急電鉄(当時は箕面有馬電気軌道)が、宝塚新温泉と呼ばれる遊園地をつくり、その遊園地へお客さんを呼び込む企画として、少女のみの出演者による「宝塚唱歌隊」が組織されたのが始まりです。その宝塚唱歌隊が、1914年4月1日に初めて公演を行い、歌と踊りによる華やかな舞台を連日訪れる観光客に披露しました。そして、その後、1919年に宝塚音楽歌劇学校の設立とともに、学校組織を母体とした「宝塚少女歌劇団」が誕生し、「清く、正しく、美しく」という精神が今も受け継がれています。

 タカラジェンヌを養成する兵庫県宝塚市にある宝塚音楽歌劇学校については、先月終わってしまいましたが、NHKの朝の連続テレビ小説「てるてる家族」で冬ちゃんが、宝塚音楽歌劇学校に入ったこともありご存知の方も多いこととは思います。冬ちゃんは、タカラジェンヌでなく、最後はパン屋になってしまいましたが・・・・。

 先月(3月30日)、その宝塚音楽歌劇学校の合格発表の模様がテレビニュースで流れていました。「タカラジェンヌの卵」になるには、なんと20倍以上の難関です。受験した1066人の中から競争率21.3倍という狭き門をくぐり抜けた50人が憧れのステージに向けて一歩踏み出しました。憧れのステージには、この学校を出ないことにはあがることができません。すべては、ここからはじまるということです。合格したタカラジェンヌの卵である少女たちは、2年間(予科1カ年、本科1カ年)、「清く、正しく、美しく」をモットーに芸能を基本とした女性としての教養を学びます。

 20倍以上の難関を乗り越えてタカラジェンヌを目指すだけあり、目的意識も高く、真剣に声楽、バレエ、モダンダンス、タップダンス、日本舞踊、演劇の実技はじめ、琴、三味線、ピアノ、茶道、狂言など舞台人としての基礎と豊かな表現力を身につけます。2年にわたって、音楽、舞踊、演劇等の芸能を錬磨し、舞台人としての素養を修得し、清純高雅な人格と教養を育て、立派な舞台人となって、卒業して宝塚歌劇団に入団します。ちなみに宝塚音楽歌劇学校の応募資格は、15歳から18歳の女子(中学校卒業あるいは高等学校卒業または在学中の方)で、面接、声楽、バレエの試験があります。

 それでは、次に、“ヅカファン”という熱狂的なファンに支えられながら、90年周年を迎えた現在も人気を誇る裏舞台というべき集客戦略に目を向けてみたいと思います。宝塚歌劇団が「清く、正しく、美しく」をモットーにしているだけあり、ファンの“ヅカファン”の方たちもたいへん統率がとれていて、礼儀正しいように、今回見にいって感じました。観劇中も、アイドルのコンサートとは違って、たいへん礼儀正しく見ており、終わった後は、名古屋の中日劇場でしたが、1階のロビーでタカラジェンヌを見送るために、整然ときちんと整列している姿には驚きました。

 今、宝塚歌劇団専用というか自前の劇場は、本拠地である兵庫県宝塚市にある「宝塚大劇場」と東京にある「新・東京宝塚劇場」です。本拠地である「宝塚大劇場」は、ファンからは“ムラ”の呼び名で親しまれています。宝塚大劇場が2527席で、新・東京宝塚劇場が2069席あり、宝塚歌劇団は現在、花組、月組、雪組、星組、宙(そら)組の5組と、組横断の組織「専科」があり、それぞれが2000席を超す座席を大観衆で埋めるソフト力というか集客力はすごいと思います。

 私が観劇したのは、専用劇場でなく、名古屋の中日劇場であった雪組の公演です。中日劇場は、1440席あり、名古屋公演は、1月31日から2月19日までほぼ毎日、2回公演をこなしています。ざっと20日間の2回公演で6万人余り(座席)が予約時点ですべて完売しており、一緒に行った方のなかには、名古屋公演の同じ舞台を2、3回目という方もおりました。名古屋でさえ、これだけの集客力があるのがご理解いただけるのではないでしょうか。名古屋公演は、客席稼動率は100%で、そして、かなりの確率で、熱狂的なファンが2回、3回と複数回行っているように思います。

 宝塚歌劇団の公演の損益分岐点は客席稼働率87%で、ほぼ満員の状態が経営的に求められています。それだけに集客力が求められます。劇場ビジネスは、固定費を大幅に削減するのが難しいと言われています。人件費や衣装代、舞台関連の費用などの仕込みの部分のコスト削減には限界があり、華麗なステージが売りなだけに、核となるそこに手をつけては、宝塚歌劇団の魅力そのものがなくなってしまいます。ちなみに、2002年度の新・東京宝塚劇場の客席稼動率は101%、宝塚大劇場が94%といずれも高水準を維持しています。両劇場だけで、年間入場者数は計200万人を超えています。

 客席稼動率から見ても素晴らしい集客力を誇っており、その集客戦略の一端を少しみていきたいと思います。まず、大きなポイントは「宝塚友の会」の存在です。さまざまな特典があり、なかでも「宝塚友の会」の会員組織経由のチケット販売において、個人客をかなり取り込んでいます。優先的にいい場所をとることができます。あと注目する点として、貸しきり公演で企業など団体も取り込んでいます。「宝塚友の会」の歴史も古く、昭和9年に設立され、はじめは「宝塚女子友の会」と女性のみでした。戦後(昭和26年)に男性も入れるように、「宝塚友の会」になりました。収益性という面では、チケット販売以外に、飲食部門やグッズ販売の物販事業も黒字を維持しています。

 宝塚歌劇団としての悩み所は、熱狂的なファンに支えられている反面、熱狂的なファンを大切にしつつ、新たなファン層の開拓を如何にしていくかというところです。それと、客席稼働率87%が損益分岐点と劇場収入には限界があることも確かです。そこで、新たなファン層の開拓と新たな収益源のビジネス展開を狙ってはじめた一つが、CS(衛星放送)と思います。2002年に始めたCS(衛星放送)の「タカラヅカ・スカイ・ステージ」は視聴料金が2625円と「スカパ!110」の中で最も高額ながらも、1年半で加入数が3万件を超えています。

 今回のコラムでは、初めてみた宝塚歌劇団のショーが印象的だったこともあり、宝塚歌劇団を紐解いてきました。阪急グループの創始者・小林一三氏が乗客誘致の一環で始めた少女歌劇が90年目を迎え、今や日本有数のエンターテイメントとなっています。1974年のベルサイユのバラで、国民的ブームとなり、これから100周年に向けて、日本発の世界的なブームを引き起こすかも知れません。阪急グループは、宝塚ファミリーランドからは事業撤退しましたが、宝塚歌劇団は成長を続ける勝ち組みだけにこれからの展開が楽しみです。

By Nagura

リターンイメージリターンイメージリターンイメージリターンイメージリターンイメージ