東海道五十三次・池鯉鮒宿を訪ねて (日本・愛知)

視察日:1999年6月21日

 江戸時代、東海道五十三次の39番目の宿場町と栄えた池鯉鮒(ちりふ)宿を訪ねてきました。池鯉鮒宿は、現在池鯉鮒松並木の愛知県のほぼ中央に位置する知立市(ちりゅうし:人口約5万9千人)にあたります。慶長5年(1600年)に徳川家康が幕藩体制の確立にともない東海道の宿駅を定め、翌年、池鯉鮒(ちりふ)も宿駅として選ばれました。ちなみに、ここから徳川家康の生誕地の岡崎城下までは、4里(約16キロメートル)ほどです。

 池鯉鮒宿は、尾張(現名古屋市)と三河を結ぶ拠点として、多くの人と文化が行き交いました。東へ向かえば先程の岡崎ですが、西へ向かうと、有松絞りで有名な有松宿となります。尾張国と三河国の区分を少し明確にしておきますと、愛知県の中央辺りを流れる境川(東海道において現在の豊明市と刈谷市の市境)を挟んで、西側が尾張国と呼ばれた地域で東側が三河国と呼ばれた地域となります。現在は、愛知県として一括りとなっていますが、若干の地域性の違いは感じられます。

 一番上の画像が、当時の池鯉鮒宿の面影を色ごく残す松並木を写したものです。約500メートルに渡って、170本近くの松並木が続いており、往時の東海道の姿が伺え、なかなか見事な眺めです。ちょうど車が途切れたシャッターチャンスを狙って写真を撮りました。現在は舗装道路ですが、当時の土・砂利道を頭に思い浮かべますと、画像の向こうから籠を担いだ人、旅姿の侍・商人たちが歩いてくるような感じがいたします。
 また、写真に向かって左側は、遊歩道になっており、途中に水辺空間などもあり、松並木をゆっくりと散策できます。現在、暗渠化(用水の上に蓋をすること)が図られていますが、この遊歩道の下には、明治用水が流れています。隣の安城市では、暗渠化された明治用水の上八橋無量寿寺かきつばたをサイクリングロードとして整備されています。明治用水の成り立ち等の詳細は、視察レポート「安城の歴史・文化探訪」の項で述べてありますので、よろしかったら併せてご覧下さいませ。

 この松並木から1.5キロメートルほど東に行ったところの八橋町(当時三河の国・八橋)に、かきつばたの名所があります。無量寿寺境内の庭園が、かきつばたの名所となっており、毎年5月には約3万本のかきつばたが咲き誇り、全国から観光客が訪れます。この庭園は、室町期の古い原形と江戸中期の煎茶庭園の様式を残したものとしても有名です。また、かきつばたは、知立市の市の花ともなっています。上から2番目の画像が、無量寿寺境内の庭園のかきつばたを写したものです。残念ながら見頃は過ぎており、紫の鮮やかな花は見ることができませんでしたが、日差しを浴びて鮮やかな緑のじゅうたんが広がっていました。「かきつばた」へは、小学生の頃、写生大会で何度か来た記憶が残っています。

 八橋と聞くと、多くの人が京都の銘菓の米粉に砂糖と肉桂粉を混ぜて薄く短冊状に切って反りをつけた焼き菓子または生八橋を思い浮かべるのではないでしょうか。銘菓の八橋は、江戸時代の箏曲家・八橋検校にちなむものといわれ、かれの墓参りに訪れる人々のために参道の茶店が売り出したのが始まりとされています。
 かきつばたで有名なこの三河の国の八橋は、銘菓の八橋とは違って平安の歌人在原業平(ありわらのなりひら)が「かきつばた」の5文字を句頭に入れて歌を詠んだことで有名です。在原業平が筆者とされている「伊勢物語」の九段の中で、京(京都)から東の方へ住むべく国を求めていく藤田屋大あんまき下りの中で、平安時代の初期(800年代)にこの地を訪れたことが描かれています。かきつばたの美しく咲く水辺に腰をおろして、乾し飯(ほしいい:餅米を乾燥させたもの)を食べかけた時に、「かきつばた」という5文字を、それぞれ五七五七七の句の頭にすえ、旅の心を詠むよう友からうながされ、一首詠んでいます。その句は、「らころも つつなれにし ましあれば るばるきぬる びをしぞおもふ」というもので、歌の意は、からの衣を着つづけていると、柔らかく身に馴染むが、ちょうどそのように、いつも身近にいて親しんだ妻は、都に住んでおり、その都を後にやってきた旅路の遠さがやるせないというものです。かれの歌に胸をうたれ、皆、乾し飯の上に涙を落としたと伊勢物語で描かれています。伊勢物語の昔から広く知られているかきつばたの名勝地の八橋は、いくら時代は変わったとしても、今も昔も、かきつばたの美しさは変わらないことと思います。

 ここで少し知立名物の「大あんまき」を紹介します。市内には、いくつかの大あんまきの店がありますが、上から3番目の画像が種類豊富な大あんまきを売っている「藤田屋」を写したものです。ご存じない人もいると思いますので、大あんまきを簡単に説明しますと、イメージ的にはどら焼きに似ており、小麦粉を練って焼いた長方形の皮であんこを巻いたものです。形は、楕円形をした筒上のもので、片手に乗り切らないほどけっこうボリュームがあります。
 藤田屋は、交通量の多い国道1号線沿いにあり、トラックの運転手、バスの観光客にも大あんまきは人気を集めています。あんは、白あん、つぶあんの2種類があり、普通の大あんまきに加え、チーズ大あんまき、揚げたテンプラ大あんま知立神社多宝塔きなどもあります。普通の大あんまきが1本140円、チーズ大あんまきが1本160円、テンプラ大あんまきが1本170円です。私は、今までに、普通の大あんまきとテンプラ大あんまきを食べたことがありますが、テンプラ大あんまきは1本食べるだけで十分腹がふくれます。大あんまきは、名鉄知立駅でも売られており、3本セット、6本セットなどまとめて購入すれば、1本当たりお買い得になります。

 上から4番目の画像は、知立神社にある国の重要指定文化財になっている「多宝塔」を写したものです。毎年5月2日、3日に知立祭り(1年ごとに本祭と間祭が交互に行われる)が行われ、5台の山車(高さ7メートル、重さ5トン)が出ます。山車の上では、国の指定重要無形民族文化財に指定されている「山車文楽とからくり」が上演されます。知立のからくりは、浄瑠璃にあわせて、からくりだけでものがたりを上演する珍しいものです。
 また、からくりの仕掛けには、人形の体内に仕組まれたバネ・ゼンマイによって自動的に動くものと、人形の体内に10数本の糸をひそませ、樋の中を通して数メートル後方から糸で操って操作するものがあります。知立のからくりは、後者に属し、技術的にゼンマイ型よりはるかに高い技術が要求されます。からくり人形は、人々をひきつける不思議な魅力を持っておりますが、仕組みを理解し、さらにどのように操っているのか観察しますと奥行きが広がり、より楽しめるものと思います。

 知立市は、三河地区においては、小都市ですが、文化・歴史があり、今回いろいろと巡ってみて、思った以上に魅力的な場所が多くありました。一つ一つの場所は、けっこう整備されているのですが、回遊性がいま一つ悪いのと、ソフト面からのピーアールが足りないように感じました。
 知立市を含めた西三河5市(安城市、刈谷市、碧南市、高浜市、知立市)では、2003年ころをめどに合併(5市が合併すれば人口約45万人で愛知県内で名古屋市に次ぐ規模になる)が検討されています。知立市は、文化・歴史の観光拠点として一体的に整備していけば、江戸往時の文化交流拠点としての池鯉鮒の賑わいが蘇ってくるものと思われます。

By Nagura

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