美 瑛(日本・北海道)

視察日:1996年9月6日

 美瑛町は、北海道のほぼ中央に位置し、倉本聡氏の「北の国から」で有名な富良野町の北隣にある町です。美瑛から富良野にかけては、十勝岳や美瑛岳をはじめとする十勝岳連峰に抱かれ、なだらかな丘陵地帯が続いています。行った時は、ラベンダーの終わりのころでしたが、よくコマーシャルに出てくるような緑いっぱいののどかな田美瑛 イメージ園風景の中を車を走らせていますと、本当に爽快な気分になります。

 ここ美瑛町は、約170人が建築協定を結び、家並みを45度の切妻で統一されるなど整然とした町並みづくりが進められています。事業は、1989年から始まり、2001年完の予定となっています。第4期事業のJR富良野線美瑛駅に近い本通沿いには、グレーや茶の建物が建ち並んでいます。周辺を美しい丘陵の農地に囲まれた中を車で走ってきて、交差点を曲がると急にこの町並みが目に飛び込んできます。なかなか強烈な印象です。

 町並み整備は、本通の拡幅と換地に伴い、商店から住宅までほとんどの建物が建て替わりました。建築協美瑛 イメージ定の主な内容としては、先程挙げた45度の切妻屋根の他に、地元産の美瑛軟石を足元に配する、商店の場合、メーカー支給の看板は原則として認めない、原則として2階建てとする、歩道上に旗などを置いてはいけない、などの取り決めがなされています。

 車を降りて、少しこの本通を歩いてみました。たしかに、整然としておりきれいに整備されていましたが、行った時間帯が悪かったのかあまり人通りがなく、にぎわいのある風景が感じられなかったのが残念です。

 ここ美瑛は、1894年(明治27年)に移住開墾が始まりました。したがって美瑛の歴史は100年程で、人口・農地とも急増したのは、戦後(1945年)になってからです。人口は1960年をピークに減少を続け、1980年には新過疎地域の指定を受けるに至っています。しかし、観光客はここ数年急増しており、年間約100万人とも言われています。この観光客の急増の現象は、写真家前田真三氏の緩やかな起伏の丘陵に広がる農地の風景の写真で美瑛が全国に知られるようになってからだそうです。このような流れの中で、町並み整備が進められています。

 事業計画も半ばを過ぎており、21世紀には新しい町並みが誕生することになっています。人のふれあいのある町、にぎわいのある町などソフト面の仕掛けも重視して、豊かな自然にはぐくまれた町並みに育て上げていってほしいものです。

 この辺りは、夏に訪れますと、鮮やかな紫色のラベンダーが丘の斜面を埋め尽くし、紫色のじゅうたんが幾重にも広がった雄大な景色を見ることができます。もう少し早く訪れることができれば、この目で見ることができたのですが・・・。

By Nagura

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