発明が生まれるとき、そこには様々なドラマがある。ネクタイ加工業を営む矢吹明子さんが、そのドラマのヒロインである。(写真)

好景気に沸いたバブル期、多数のネクタイ加工業者が、一時間で50本ものネクタイを縫製する一台2千万円のドイツ製機械を購入していた。矢吹さんもこの機械を導入したかったが、ネクタイの加工をしていた夫が闘病生活に入り、購入資金のメドが立たなかった。

「それなら私が作ってみせる。」と宣言する明子さんに周囲は驚いた。当の明子さんは、ネクタイ作りに関しては全くの素人で、加工場に顔を出すこともほとんどなかったからだ。それから一年半の間、試行錯誤の連続の中、資金はたった二十万円で自力で完成させた。しかも2千万円のドイツ製機械の欠点をすべてクリアーしたものであった。

意地と忍耐で完成したこの機械と小売店での厳しい製品検査で培われた技術のお陰で、工賃が1本80円の相場のときに1本500円を手にすることができた。その後、倒産知らずといわれたネクタイ業者が相次いで倒産した。それは、好景気に沸いたバブル期に高額機械を導入した時のツケが原因だという。

明子さんは「お金がなくて幸い、それで機械を発明して今があるんですもの」という。洗濯機の屑取りネットの発明で素人発明家の羨望の的となった笹沼喜美賀さんが生前、私に「生き方もアイデアよ」とおっしゃった。不運を幸運に変えるのもアイデアである。